61.火の壁
「ナギ、椿の舞の準備を!相手の攻撃力が高そうです。少しでも威力の高い技で、なるべく攻撃回数を減らしましょう」
「うん、わかった 」
ナギは息を吐き、力を溜めるために集中を始める。以前までならこの隙を作るために色々と策を練っていた。
が、今は違う。
(「十六夜、頼みます!」)
(「任せな」)
伝心によって霞と十六夜は連携の合図を出す。
「サツキ、あたしらで注意を引きつけるよ 」
「了解!」
サツキは十六夜に返事をすると、一気に速度を上げて駆け上がる。鬼は何か近づいてくる気配だけしか認識ができない。
「くらえー!"炎"の術 」
素早く後ろに回ったサツキは炎の玉を飛ばす。鬼に2発ほど当たる。すぐさま炎の飛んでくる方へその手に持った長い棒で叩きつける。
「遅い遅い!」
サツキはすでに素早く離れた場所からまた炎の玉を飛ばす。ダメージはほとんどないものの、鬼はどこからともなく飛んでくる炎の玉に気を取られている。
「いいのかな、私にばっか気を取られてて!」
サツキは音しか聞こえないような速さで走りながらイタズラっぽく笑う。
「ナギ!やっちゃって!」
サツキが気を引いている間に、ナギの足元と刀に光が集まり、力を溜めていた。
「ありがとう、サツキ!……行くよ!」
ナギは溜めた力を一気に放つ。
「"椿の舞"!」
目にも止まらぬ居合い抜きを鬼の足へと繰り出す。
「ごぉぐ……」
鬼はバランスを崩して膝をついた。
「大きいと、足元は狙いやすいね!」
「このまま畳み掛けるよ!サツキもう一回お願い!」
「了解!」
ナギは一旦力を溜めるために距離をとる。サツキはまた気を引くために走り出した。
「ごぉぉぉ!!」
鬼は雄叫びをあげてながら回転し、手に持つ火の棒で周りを薙ぎ払いはじめた。
「わっ……」
サツキはすぐに後方へ宙返りをし、なんとか棒の届く範囲から逃れ、ナギの横へ。
「サツキ!大丈夫?」
「うん、なんとか。でも……」
鬼の周りを囲むように火の壁が揺らめき立っている。
「あれでは、接近が難しいですね」
霞が険しい声で言う。ただでさえ火の攻撃に弱い霞にとっては突破が難しい。
「だったら、私たちで火を消そう!」
「だけど、サツキ。今使える術であれを消す方法は……」
「とりあえずやってみるよ!」
サツキはすぐさま駆け上がる。
「行くよ!"水弾の術"」
水の玉を飛ばし炎へとぶつける。だが、ジュワッと音を立ててすぐさま蒸発してしまった。
「威力が足りないって言ってるだろ」
十六夜は呆れた声で言う。
「で、でもなんとかしないと。これじゃあ近づけない」
サツキは焦りと炎の熱で額にじんわりと汗を滲ませている。
「ごぉぉぉ!」
鬼がサツキへと棒を振り下ろす。
「……っ」
間一髪のところでかわす。棒は地面に叩きつけられたと同時に大地を震わせた。
「あっちは、武器が長いから炎の中からでも攻撃できてずるい!」
サツキはナギの元へと帰ってきて、作戦会議を始める。
「あいつの攻撃はどうやらあの棒だけみたいだね。威力は高いが、間合いを間違えなければ攻撃をくらうことはないよ」
「ですが、こちらの攻撃がほとんど届かないのでこのままでは膠着状態です」
十六夜と霞が冷静に戦況を分析する。
「空中からなら、いけるんじゃない?」
サツキが閃いたように言う。目の前にある炎は地面から約2mほどの高さくらい。魔装をしている二人ならジャンプをすれば簡単に飛び越すことができる。だが、ナギは首を振った。
「サツキはともかく私は空中だと隙だらけ。狙われたらひとたまりもないよ」
サツキには瞬身の術などの空中でも使える回避術がある。ナギにはそれはない。あの大きさの棒を刀で、しかも空中で受け止めるのは魔装で強化されているとはいえ難しい。
「だったら、やっぱり火を消すしかないか 」
サツキとナギは腕を組み考え始める。
「はぁ、仕方ないね 」
十六夜がため息をつきながら話を始める。
「サツキ、いきなり本番だけど一つ方法があるよ」
「ほんと!?」
サツキは声を弾ませ、背中に背負う刀に目線を向ける。
「あぁ、今頭に送るから」
サツキの頭の中に技のイメージが送られてくる。
「ふんふん……成る程……」
サツキが顎に手を置き、頷いている。
「いけそう?サツキ 」
「うん。行ける……と思うけど。十六夜、これ十六夜は大丈夫なの?」
サツキが眉を顰めながら少し心配そうな声で十六夜に聞く。
「私は、霞と違って炎なんかにビビらないからね 」
「別に、私も怖がっている訳では……」
十六夜が揶揄うようにいい、霞が少しムキになって言い返す。
「まぁ、私のことは心配ないよ。それより、できそうかい?」
「……うん。任せて!思いっきり走るから!」
サツキは明るい声で腕を上へと突き上げた。
「ふふっ、じゃあ決めようじゃないか。」
「うん!」
サツキが屈伸運動を始める。ナギが側にゆっくりと歩いてきた。
「サツキ……。気をつけてね。」
ナギの表情は暗く炎の方をぼんやり眺めている。
「心配しないで。それより、火を消したらずばーって強烈な一撃よろしく!」
サツキは笑顔でグッドサインを出した。ナギはいつも通りのサツキの様子に安心し、思わず笑ってしまった。
「うん。そこは任せて!」
ナギも親指を立ててグッドサインを返す。
「霞、私たちは準備しておこう!」
「はい、ナギ! 」
ナギも腕を伸ばしたり軽くその場で跳ねたりして体をほぐす。
(「なかなか、いい感じじゃないか」)
(「はい。本当に頼もしいです」)
二人はこっそりと伝心で話している。
(「十六夜、無理をしてはいけません。もちろん、サツキちゃんにもです」)
(「わかってるよ」)
ナギはサツキを信頼しているように、霞も十六夜のことを信頼している。
(「任せましたよ、十六夜」)
(「あいよ!あんたは1発叩き込む準備だけしてな」)
サツキはふうっと深く息を吐く。
「じゃあ、行くよ!」




