60.先輩として
気を感じた先は学校からほど近い路地。
そこにサツキは先に到着していた。
「お待たせ!」
ナギと霞が息を切らせながら駆けてきた。
「さて、行こうか 」
十六夜の言葉に全員が頷き、指輪を気配のする方に構える。
次の瞬間、禍々しい渦が現れた。
四人は一歩ずつ踏みしめて中へと入っていった。
ーーーーー
渦を抜けるとそこは常世の世界。相変わらず不気味な世界が広がっている。空は光を拒絶したような暗い色、空気の重さまで違うように感じる。
「サツキ、頑張ろうね 」
「もちろん!今日もさくっと終わらせて、帰ろっ! 」
サツキがナギに向かってグッドサインを見せる。その明るさに自然と表情が緩んだ。
「では、ナギ準備を 」
「サツキもね 」
ナギとサツキは顔を合わせて頷きあう。
「「"魔装"」」
二人は指輪を掲げて高らかに叫ぶと、二人の体をそれぞれまばゆい光が包む。
光が収まると、魔法装束へと変わった二人が立っていた。
「私たちも気を引き締めて行きましょう、十六夜 」
霞の凛とした声に、十六夜は静かに頷く。
「では、奥へ行きましょう」
「うん、しゅっぱーつ! 」
サツキが片手を上へと突き上げて元気に叫ぶ。まるで夏休みの探検にでもいくような明るさに、みんなつい笑ってしまった。適度に緊張がほぐれた足取りで奥へと進んでいく。
ーーーーー
「……!?ナギ、きます 」
霞の声に四人に緊張が走る。
霞と十六夜はすぐに刀の姿へと変わる。ナギとサツキはしっかりと握りしめた。
前方から小さなもののけが群れをなしてこちらへと迫ってくる。
サツキは一気に駆け上がる。
「ナギ!私が倒しきれなかった分、よろしく!」
「了解! 」
ナギも刀を構えてサツキの後ろに続き駆ける。
「行くよ、"月下幻影"!」
サツキの分身が十人ほど現れる。
「やぁやぁやぁ!」
サツキの分身が次々に小さなもののけたちを斬りつけて、数を減らしていく。だが、倒れないもののけもいる。分身か本体か分からないが、サツキに向かって攻撃を繰り出そうとしている。
「させない!」
後ろからナギが鋭い一閃をお見舞いする。サツキの攻撃だけでは倒せない少しタフなもののけも、ナギの攻撃力なら簡単に倒せる。
次々に二人の息のあった分担で数を減らしていく。
「これで終わり!"炎の術"」
サツキとサツキの分身は火の玉を飛ばし、一体に集中放火をする。
もののけの群れは全て霧散した。
それを確認すると、サツキは分身たちは影に溶けるように消えていった。
「いぇーい!やったね 」
「うん、バッチリ 」
ナギとサツキはハイタッチして喜んでいる。数がいても手数で押せるサツキがいてくれるおかげで、ナギは今までよりずっと少ない消耗で済んでいる。
「サツキ、大丈夫?疲れてない?」
「ぜんっぜん!分身が頑張ってくれてたから私は正直そんなに動いてないし 」
両手を頭の後ろに回しておどけてみせる。一緒にいると二人は恐ろしい常世の世界にいても、まるで通学路で歩いているように明るく話している。
(「ふふっ、二人とも元気ですね 」)
(「緊張感ってもんがないね、全く……」)
(「それ、十六夜がいいますか?」)
霞と十六夜が伝心で言葉を発さずに話をしている。
人の会話を邪魔しないように。
「さて、そろそろいいかい?二人とも 」
十六夜が人の姿に戻り、腕を組んで立っている。
「この奥から強い反応を感じる。なかなかの骨のありそうなやつだ」
十六夜は奥を見つめている。その静かな声がいつもよりも真剣で、二人の表情が一気に引き締まった。
「サツキ、気を引き締めて行こう 」
「うん……行こう」
十六夜はその様子を見てふっと笑い、刀の姿に戻った。
四人は再び奥へと向かって歩みを進めた。
ーーーーー
進むごとに、奥からただならぬ気配が濃くなっていく。
ナギはちらっとサツキの方を見ると、顔が少し強張っている。
(サツキにしては珍しいなぁ……)
サツキはまだ常世の世界にきた経験が少ない。奥から漂う気配は一緒にきた中では1番強い。
「サーツキ! 」
ナギはあえていつもの帰り道で話す口調で話しかけた。驚いた顔でナギの方を見る。ナギはサツキがいつもしてくれるようにニッと笑って言った。
「顔こわいよ〜!リラックスリラックス!落ち着いて深呼吸〜 」
「ナギ…… 」
「体が固まってると、動けないよ!」
サツキは目を閉じて深呼吸し、その場でぴょんぴょんと軽く跳ねたりする。顔の緊張も、少し固まっていた体の筋肉もほぐれたような気がした。
「ふぅ……ありがとう。ナギ! 」
サツキの声にはいつもの明るさがあった。
「ふふん、先輩だからね 」
ナギはちょっと得意げに胸を張った。
(ふふっ、ナギは前より頼もしくなりましたね)
霞は密かにナギの成長が嬉しくなった。
その時、
大地が激しく揺れ、轟音が響く。地響きは空気まで震わせた。
「な、なに……!?」
サツキの声に恐怖が滲む。
「来る!」
奥から現れたのは、片手に火のついた棒を持った5mほどの鬼だった。
「デカすぎない……?」
サツキの声には温度がない。
「だ、だいじょうぶだよ」
ナギもかつてない大きさのもののけに、平気を装っているが流石に声が震えている。
(まずい……!)
二人の恐怖を十六夜は感じとった。すぐに二人を励まさないと、恐怖で押しつぶされてしまう。
「……サ」
「大丈夫です!!二人とも」
十六夜が声を出すまえに、刀の姿でナギの手に握られている霞が大きな声で叫んだ。
「……霞」
「私と十六夜がついています。絶対に負けません。必ず、二人を守って打ち払ってみせます!」
霞の言葉に二人は落ち着きを取り戻した。
「うん、ありがとう霞 」
「私もいけるよ!十六夜もいるし、ナギも……霞ちゃんもいるもん」
二人はいつもの調子に戻って戦闘態勢に入った。
(「やるじゃないか、霞」)
(「私だって、先輩ですから」)
表情は見えないが、きっと霞は今得意げな顔をしているに違いない。十六夜はそう思った。
「じゃあ、行こうか。サツキ」
「オッケー! 」
サツキは背中から鞘に入った刀を握り、真っ直ぐにもののけを睨みつけた。
「ナギ、私たちも!」
「うん、力を貸してね霞 」
ナギももう一度刀を握り構える。
「「行くよ!!」」
ナギとサツキは同時に鬼のもののけへと駆け出した。もう迷いもない、その瞳には確かな覚悟の意思が宿っていた。