58.ケーキバイキング
「ただいまー、霞」
「お帰りなさい。ナギ」
霞が玄関に歩いてくる。その顔は幸せに包まれていた。
「十六夜ちゃんとお団子屋さん行けてよかったね」
「はい。とっても楽しかったです。また今度一緒に行く約束もしました 」
霞は嬉しそうだった。ほんの数日前までは仲間に会えない寂しさをどこかに抱えていた。今は、霞の一番の相談相手である十六夜が来てくれたおかげて霞も前よりも安心しているようだった。
「今度はサツキちゃんも誘って4人でも行きましょう! 」
「うん。いいね!サツキともよくいくんだよ 」
2人は廊下を歩いてソファへと腰を下ろした。
「その前にナギは明日、サツキちゃんとお出かけですね 」
霞が優しい笑顔を浮かべてナギを見つめる。
「うん。ずっと約束してて、やっと行けるから楽しみなんだ 」
ナギも嬉しそうに足を前後に動かしていた。
ーーーーー
今日は待ちに待ったケーキバイキングの日。サツキとは駅前のモニュメントの前で待ち合わせ。駅前は平日とは違い、親子連れや私服の学生たちで溢れていた。楽しみで仕方がなかったナギは、約束の時間より少しだけ早く到着していた。
約束の時間になると、ナギの視線の先には見慣れた人影が見えた。その人物は、肩から下げた小さなカバンを揺らしながらナギの方へと走ってくる。
「おはよう!ナギ 」
少し息を切らしながら、サツキがナギに明るい声で笑顔で挨拶をする。
「おはよう、サツキ 」
ナギもそれに笑顔で答える。
「じゃあいこう!今日は思いっきり食べるぞ〜! 」
「私も!夕ご飯いらないくらい食べちゃおう 」
サツキは両手をあげて気合い十分。ナギもそれに乗るように大袈裟に見せる。二人は自然と笑いが込み上げてきた。
「いらっしゃいませ。二名様ですね 」
サツキはコクリと頷く。店内は大盛況。水玉模様が可愛い水色のワンピースのような制服の店員のお姉さんが席に案内してくれる。
「やばいやばい、テンション上がってきた 」
サツキは声を弾ませて店内を見回す。パステル調のピンクや黄色の壁紙に、おしゃれなケーキのイラストが飾られている。店内の様子もあちらこちらから楽しげな声が聞こえ、ケーキやフルーツの甘い匂いが店内に充満していた。
「はぁ、楽しみすぎるね…… 」
ナギも席に向かいながらすでにテンションは上がっていた。
「こちらですね 」
二人用の席に辿り着き座る。
「無料券の方は、制限時間100分となっていますのでよろしくお願いしますね。美味しいケーキ、楽しんで行ってください 」
店員のお姉さんが一礼して次の案内へと戻って行った。
「じゃあ……早速…… 」
「ケーキ取ってこよう!」
二人はテンション高めに席から立ち上がり、ケーキが並ぶテーブルへ。
「うわぁ、やばいやばいやばい!」
目の前にはチョコケーキやショートケーキ、そしてフルーツタルトにマカロン、ティラミスまでたくさんのケーキやスウィーツが並んでいる。
「これも、これもこれも……あぁ、天国じゃん 」
サツキはトレイに乗せたお皿に次々とケーキを盛っていく。ナギも後ろからサツキほどではないにしろ、かなりの量を盛っていく。
席に戻って来た二人の前には大皿料理のようにケーキが敷き詰められたお皿が並んでいた。
「ねぇ……ナギはしゃぎすぎだって 」
サツキはナギのありえないほどの量の皿を見て笑いながら揶揄う。
「それ、サツキに言われたくないんだけど 」
サツキはナギの皿の量にプラスでクッキーなども乗っている。
「だって、やっと来れたし、テンション上がっちゃってさ…… 」
「まぁ、気持ちは私もわかるよ 」
二人はお手拭きで手を振き、いよいよ食べる準備をする。
「ねね、せっかくだし写真撮ろう!」
「いいねいいね! 」
サツキが携帯を取り出して内カメラにする。二人は並んだケーキが山盛りのお皿と一緒に笑顔で撮る。
「よし、撮れてる 」
サツキは写真を確認して頷いた。
「てことは、いよいよ……」
「うん。そういうことだよ…… 」
二人は顔を合わせて期待に満ちた笑顔を見せ合う。
「いただきまーーす!!!」
声を合わせて食べ始める挨拶をする。そして、ケーキにフォークを入れて口へと運ぶ。口の中に広がる生クリームの甘さとフルーツのちょっとした酸味が弾けて、二人の顔はとろけるように綻んだ。
「おいしすぎる…… 」
「幸せ…… 」
二人はケーキを次々に口へと運ぶ。その度に感嘆の声をあげ幸せそうな顔をする。
「贅沢すぎるよ、こんなにたくさん食べられるなんて 」
「ほんとサツキのくじ運さまさまだね 」
ナギがサツキにそういうと、サツキは得意げに胸を張っていた。
二人のお皿のケーキはみるみるうちに減っていき、もう半分くらいになった。
「ふぅ、結構食べた 」
「でも、せっかくのバイキング。もう少し食べたいよね 」
ここからは吟味しながらおかわりに入ることも考え始める。
「よし、なら一旦休憩しよっと。時間はまだまだあるし! 」
「それもそうだね! 」
二人はフォークを一旦置く。そして、温かいお茶や紅茶で口の中の甘さをリセットする。
「ふぅ……こういう時のお茶って本当に最高だよね 」
「わかる。とかいいつつ、サツキは割とさっきからジュース飲んでるよね 」
「えへへ 」
サツキは恥ずかしそうに頬をかいている。
「……誘ってくれてありがとね、サツキ。すごく楽しい 」
ナギが落ち着いた声でサツキにお礼を言う。
「私も、ナギとこられてよかったよ 」
二人はまた笑い合った。この間までは二人はすれ違っていて、ケーキバイキングの話さえも無くなってしまうところだった。それが今は以前のようにまた戻ることができた。二人にとってそれは何より幸せだった。
「ねぇねぇ、十六夜ちゃんとは仲良くやれてる? 」
ナギが紅茶を飲みながらサツキに聞いた。
「もちろん!時々揶揄われてるみたいでちょっと腹立つときもあるけど 」
サツキは自信満々な声で言った。
「十六夜とは家事とかも分担してるから、すごく助かってる。料理も私より上手いんだよ! 」
「へぇ、そうなんだ 」
ナギは頷いて聞いていた。
「霞ちゃんは? 」
「あぁ……えっと、霞は料理は得意ではないかな…… 」
ナギは少し誤魔化すように目線を右斜め上に向けながら答えた。霞は料理も頑張ろうとはしているものの、不器用なところがあって上達は遅い。機械にも弱く、最近ようやく炊飯器の炊飯ボタンを押せるようになった。
「そうなんだ…… 」
「あ、でもでも……霞は部屋の掃除とかはすごく上手なんだよ。いつもテーブルとかもピカピカにしてくれてて 」
霞のいいところも紹介しないと、と慌てて霞を褒めた。
「へぇ、すごいね! 」
「そうそう。それと、霞は今ベランダでお花を育ててるんだよ 」
「お花? 」
サツキはストローを咥えながら聞き返した。
「そう、お花が好きみたいで。一生懸命毎日水をかけたり記録したり……もうすぐ咲きそうって楽しみにしてた 」
霞の楽しそうな顔を思い出して、微笑ましく笑ってしまった。
「趣味があるのはいいね!十六夜ってば団子くらいにしか興味ないからな 」
サツキは呆れているようではあるが、楽しそうに笑った。
「お団子が好きだって言ってたもんね。霞も食べるのが好きで、毎日料理を美味しそうに食べてくれるから嬉しくなるんだ 」
「へぇ、そうなんだ。霞ちゃんは好きな食べ物とかないの? 」
「えっ? 」
ナギは考えてみる。霞は何を食べても美味しそうに食べてくれる。だが、よく考えると好きな食べ物の話はしたことがない。
「甘いものは好きだって言ってたけど……今度聞いてみよっと 」
「そうなんだ、甘いものが好きならケーキバイキング喜ぶかもよ 」
「そうだね!今度は霞たちも一緒にこれたらいいね!」
「いいね!それ。……でも、十六夜はここにきても団子ばっかり食べてそう 」
二人はそんな様子を想像してぷっ、と笑ってしまった。
「さて、そろそろ第2陣といきますか!」
サツキが力強く立ち上がる。
「うん!行こう行こう 」
ナギも一緒に立ち上がり、再びケーキを取りにいく。
「もう絶対取りすぎだよね 」
「なんの!これくらい食べ切ってやる 」
二人はまた楽しくケーキを食べ始める。こうやって過ごす時間が、二人にとっては大切な時間だった。