表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/108

57.十六夜にお返しを

霞がナギと出会うよりずっと昔。

前の主人に仕えていた頃の話。



♢♢♢

霞と十六夜は団子屋の前の長椅子に座っていた。十六夜はいつもの装束を、霞はボロ布のような装束を着て横に座っている。

「……暗い顔だね。大丈夫かい?」

「大丈夫です。」

霞は小さな声で呟いた。その声には感情がなく、瞳にも光がほとんどない。

「たまには団子でもどうだい?私がご馳走してやるよ。」

十六夜は団子を一串持ち上げ、霞にに見せた。わざといつも通りの軽い口調で話したのは霞がお金を持っていないことを知っていたので、それを気づかってのことだった。

「いえ、私には必要ありません。」

感情の起伏もない声に心が苦しくなった。日に日に十六夜の知っている霞でなくなっていくことが見ていられなかった。

「人間と違って、食べ物は私たちの生命維持活動にはいりません。」

十六夜を一瞥し、霞はきっぱりと言い切った。

「そうはいっても、たまには息抜きが必要だろ?それに、あんたは食べるのを……。」

「必要ありません。」

霞は少しだけ大きな声で話を遮った。

「私たちはもののけを倒すためという使命を果たす道具です。それ以外は何かを求める必要はありません。主人に仕え、主人の命に従い、主人のためにもののけを倒す。ただ、それだけなんです。」

霞はなんの感情もない声で語っていた。まるで人形のように表情も固まってしまっていた。


「霞……あんた……。」

そのセリフは現世にくる前も、真面目な霞が言っていた言葉だった。だが、あの時とは違っていた。


ーー「いいですか?私たちはもののけと戦うことが使命です。余計なことに現を抜かして、本来の使命を果たせなくなってはいけません。日々勉学と鍛錬を怠ってはいけませんよ!……ですがたまには息抜きも大切ですからね。」


女神様からの教えをしっかりと守ろうとする霞の真面目さからくる言葉だった。その中にも霞の現世へいく希望や仲間への優しさも感じられた。

だが、今は違う。

自分の心を押し殺すための理由づけ。ただもののけと戦うことだけが、自分の存在する理由だと縛り上げるためのものになっていた。

「……そうかい。まぁいいや。」

十六夜は器用に葉っぱに団子を包んで結び椅子から立ち上がった。

「食べないんですか?」

立ち上がる十六夜を霞を不思議そうに見つめる。

「そんなしけた顔したやつと食べてたって、せっかくの団子が不味くなっちまうだろ。」

「……すみません。」

十六夜がぶっきらぼうに言い放った。無機質な表情を浮かべる顔は下を向き、余計に暗くなる。こんなにも感情を捨て去った今でも、霞は自然に十六夜に会いにきていた。

それも、もしかしたら十六夜にしてみれば迷惑だったのかもしれない。霞も立ち上がり、十六夜とは逆の方へ歩いて行こうとする。


別に帰りたいわけでもない主人の家へと。


「どこいくんだい?霞。」

十六夜が振り返り呼び止める。

「十六夜の邪魔にならないように帰るだけです。」

霞は感情のない声で答えた。その声には少しだけ寂しさが滲んでいた。

「……はぁ、全く。そういうつもりで言ったんじゃないよ。……悪かった。ほら、ついてきな。」

十六夜はため息をつきながらまた歩き出そうとする。霞は十六夜の方を向いた。

「どうした。こないのかい?」

霞は目を伏せてついてこようとしない。

「……なら、好きにしな。無理強いはしないよ。」

十六夜はまた向きを直し、団子の入った包みを片手に歩き始める。霞は少し迷ったが、十六夜の後ろを離れてついていくことにした。



しばらく歩いて、小高い丘についた。そこに十六夜は腰をおろし、両手を後ろにつき足を伸ばして座る。霞もつられるように一緒に腰を下ろし、膝を抱えるように座った。

周りに人もおらず静かで、辺りは自然に溢れている。菜の花や名前のわからない色とりどりの花が咲きほこり、それらを風が揺らして草花特有のいい香りが鼻へと運ばれる。

「気持ちがいいですね。」

霞は無意識にポツリと呟いた。辺りに広がる光景が今の霞にはより綺麗に映っていた。

「だろ?私も最近見つけてね。たまにこうして団子を買ってここに来るんだ。」

十六夜は髪を押さえながら優しい口調で言った。

「……あんた、こういうとこ好きだろ?」

「……えっ?」

「花だの草だの、そういうの。」

霞は驚いて十六夜の方を見る。十六夜はまだ手を後ろに置いて正面を向いている。

「……はい。」

霞も前を向き、少し微笑みながら十六夜に返事をした。その返事に十六夜は満足して同じように笑みを浮かべる。


「さてと、じゃあ団子でも食べるとするか。」

包みを開くと、そこには綺麗な餡子のついた団子が六串あった。

「ほら、一つ食べな。」

両手に団子を一串ずつ、持ち片方を霞の方へと伸ばす。

「私には……必要ないです。」

霞は抱えた膝に顔を埋めるようにした。

「なんの意地だい、それは。」

霞は少しだけ顔をあげて十六夜の方を見る。十六夜の顔はこの上なく優しい顔をしていた。

「……あんたが今どう思っているかはわかんない。けどさ、せめてあたしらの前くらいでは素直になったらどうだい?」

十六夜の笑顔が霞には眩しかった。嬉しくて自然に体が震えて涙が出てきた。


「ほら、辛い時はさ、甘いもん食べて元気だしなって、な?」


十六夜の言葉で霞は団子に手を伸ばした。一口齧ると甘さが口いっぱいに広がり、幸せな気分になった。霞は涙が余計に溢れて止まらなくなった。

「……十六夜……ありがとう……ございます。とっても美味しいです。」

「だろ?ここの団子は絶品だからね。」

十六夜もようやく団子を齧り、味を噛み締めながら笑っていた。

「十六夜……。」

「……なんだい。」

「……私……心が……すごく苦しくて……辛くて……。どうしたらいいか……わからなくて。」

堰を切ったように霞は感情がどんどんと流れ出してきた。ずっと押し殺してきた本当の思い。主人に虐げられながらも使命だと言い聞かせて、いつの間にか自分の感情までも消していた。それが十六夜の優しさによって現れた。

「…….そうかい。」

十六夜はそれだけ言うと団子を食べ始める。霞は肩を震わしながら団子を食べる。甘さが口に広がるたびに心が少しずつ落ち着いていった。


「ふぅ、美味かったね。」

全部の団子を食べ終え、包みの上には六本の串が置かれていた。十六夜は伸びをして草むらに寝転がる。

「……十六夜、今日はありがとうございました。」

ここに来る前より、霞の顔にも声にもしっかりと温度がこもっていた。

「別に大したことないよ。ただ、団子を美味しく食べたかっただけさ。」

十六夜が軽い口調で答える。

「……いつか、必ずお返しします。」

「いいよ、気にしないで。」

「いえ、絶対にお返しします。……すぐには無理ですが、いつか十六夜が食べたいだけの団子を食べさせてあげますからね。」

霞が久しぶりの笑顔を見せた。

「……なら、楽しみにしておくよ。」

「はい。絶対絶対の約束です。」


♢♢♢


「あの日、十六夜がいてくれなければ、私は……心が壊れていたかもしれません。」

霞は皿の上の団子を見つめている。

「嬉しかったんです。その日から、みんなの前では少しずつ笑えるようになって……。それに、辛いことがある度に十六夜はあの丘に連れて行ってくれて……。」

霞は少しずつ目を潤ませている。それほどまでに、あの時の霞は心がギリギリだった。

「だから、私は約束を果たしたいんです。……今なら返せるので。」

巾着をしっかりと握りしめて、真っ直ぐに十六夜を見つめる。

「ほんと、真面目だね……。」

十六夜は小さな声で呟き、少し考え微笑んだ。

「……分かったよ。なら、お言葉に甘えるとするよ。」

その言葉に霞の顔はパッと明るくなる。

「ふふっ、満足いくまでたくさん食べてください!」

「そうだね……じゃああんたの財布を空っぽにするくらいに食べてやるよ。えーっと、これとこれを10本くらいであとは……と。」

十六夜がニヤつき、メニュー表をわざと数をいいながら眺めている。霞は瞬きの数が明らかに増え、巾着の中を焦って見ている。

「え、えっと……何回かに分割して……。」

「ふふふっ、冗談だよ。そこまで常識がないわけじゃないから、安心しな。」

「か、揶揄わないでください!」

頬を膨らませるように霞が怒っている。現世に来る前に戻ったような霞の表情や言動に、十六夜は安心した。

「それじゃあ、あと一串ずつ食べるとするかね。」

霞は笑顔で頷いた。

あの日からの恩を十六夜に返せることを喜んで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ