46.忍の戦い方
「はぁー!」
サツキが飛び上がり、斬りかかる。
が、簡単に鳥のもののけに避けられてしまう。
「避けられちゃった」
「主人……少しは頭を使ってください」
「か、考えるのはあんまり好きじゃないの」
サツキが焦って答える。
「いいですか?私の基本戦術は隠密行動と撹乱。敵を惑わせ虚をつくことです」
サツキは小さな子どものように黙って頷いて聞いている。
「先ほど教えた気配を消す術と瞬時に移動する術などをお使いください」
「……成る程。わかった」
サツキはさっき教わった術のいくつかを思い出していた。
「それと、何より重要なのが……」
「重要なのが…?」
「速く走ることです」
「走る……?」
サツキは単純な単語が飛んできて困惑した。
「私の力は素早く動くことに特化し、その速度を生かした技が多いんです。なので、それができなければ私の力を生かすことが難しいですね」
その言葉を聞き、サツキはにやりと笑った。
「安心して、十六夜。私、走るのは超得意だから!」
サツキは自信ありげに声を弾ませていった。細かく考えるのは苦手なサツキ。だが、走ることは元陸上部のサツキにとって最も得意なことだった。
「……そうですか。では、いきましょう」
十六夜の合図で一気にサツキは走り出す。まるで風が駆け抜けるような速さだった。速さが自慢の鳥のもののけも困惑しているのか足をパタパタしている。
「速い!気持ちいい!!」
サツキは常人ではありえない速度で走っている自分に興奮気味だった。
「なかなかやるじゃないですか、主人。」
「でしょ?」
サツキは得意げに走り回っている。
「ひぇあーーー!」
鳥のもののけは突進してくる。サツキはそれを簡単に体を翻してかわす。
「なんとかの術!」
サツキは火を飛ばして攻撃する。術の出し方はなんとなく覚えているが、名前は覚えていないようだった。
「炎の術です、主人。それに、相手は火を纏っているので火の術は効果が薄いです」
「あっ、そっか」
「……はぁ」
十六夜は半ば呆れていた。
「なら、これでいくよ!雷の術!」
サツキが術を繰り出すと、雷が鳥へと直撃。1匹は完全に力を失い消えていった。
「ひぇ、ひぇあーー。」
残った鳥のもののけが弱々しい声を出して奥の方へ走って逃げていく。
「逃さないよ!!」
サツキは全力で走って追いかける。速さが自慢のはずの鳥を簡単に追い抜く。鳥は驚き、ブレーキをかけてすぐに引き返す。すぐさまサツキは追いかけて前へと回り込む。鳥はまた引き返す。
「あはは。楽しいこの感じ、久しぶり」
サツキは全力で走る喜びをひしひしと感じていた。
「主人、そろそろ終わらせましょう」
「了解。あれいくよ!"月下幻影"!」
月の明かりが照らし、その影からたくさんのサツキが現れ鳥のもののけを取り囲んだ。四方八方を囲まれた鳥は困惑し、首をくるくる回して逃げ場を探している。
「残念。逃げられないよ〜!」
サツキが鳥のもののけを揶揄うようにいった。
「ふふふっ、いいですね。主人」
十六夜もサツキの態度が可笑しくてしょうがないようだった。
「ねぇ、必殺技とかないの?」
「そうですね……せっかく分身もいますしやってみましょう」
十六夜はサツキの頭に技のイメージを送る。
「ふんふん、うん。かっこいい!じゃあ、派手に決めるよ!」
サツキは左手の人差し指と中指を顔の前に立て、目を閉じて力を込める。月の光が鳥のもののけを照らし、サツキたちが影に隠れる。
「いくよー!"月影疾風"!!!」
分身が次々に斬り掛かり鳥はバタバタしながら火を纏い、攻撃を防ごうとする。だが、手数が多く押されている。
「たぁ、たぁ、たぁーーー!!」
分身の攻撃と同じ速度でサツキは縦横無尽に連続で斬りつける。鳥はついに耐え切れず火を刀が切り裂いた。
「これで、とどめ!!」
サツキが最後の一太刀を加える。
「ひぇあーーーー!」
鳥は大きな断末魔をあげて消えていった。
「や、やったーー!!」
サツキは静かになった常世の世界でぴょんぴょんと飛び跳ね回っている。だが、バランスを崩して冷たく固い地面に尻餅をついた。
「いててて」
サツキは気づいていなかったが、全力で走り続けた足にはそれなりの疲労が溜まっていた。
「お疲れ様です、主人」
「十六夜。私、やったよ!」
十六夜が人の姿に戻り尻餅をついているサツキを見下ろしていた。
「主人、立てますか?」
十六夜が少し笑いながら片手をサツキに伸ばした。
「あはは、なんとか……」
十六夜の手を借りて立ち上がる。
「初めからはしゃぎすぎですよ」
十六夜は呆れてもいるが、サツキの明るさが気に入って、自然に口元は孤を描いていた。
「そうだね……。でも、倒せたからいいじゃん!なかなかよかったでしょ?私」
「……はい。期待以上です」
「えへへ」
サツキは照れくさそうでありつつ得体の知れないものを倒せたことが誇らしげでもあった。
「では、帰りましょう。目を閉じて、入り口の姿を想像して力をこめてください」
「う、うん」
サツキは目を閉じて、あのシャッターの閉まった建物の近くを想像し力をこめる。目を閉じると意外とふらっときて、自分が疲れていたことを改めて実感する。
(あー明日は筋肉痛かな。めっちゃ疲れ溜まってそう。うわぁ……学校行きたくないな。)
サツキは目を閉じながらそんなことを考えていた。
(ナギにも心配されちゃうかな〜。散々言っといて私もおんなじことしちゃうな。)
「あれ?」
「どうしましたか、主人?」
サツキは目を開き、何かを考え始める。
(同じ……?あれ、なんか似てない?この状況。それに、さっきの人って霞さん……?)
サツキは頭の中で色々と繋がり始める。
ーもしかして、ナギは……
そうだとしたらずっと不自然だったナギの行動の説明がつく。
「主人、色々考えているようですが、まずはここから帰ることを第一に」
「あ、ごめん。わかった」
サツキはもう一度目を閉じて力をこめる。
いつの間にか足元は岩場とは違うアスファルトの感触があった。シャッターの閉まっている建物の前の少し錆の匂いのついた風が鼻を撫でる。戻って来れた、そう実感した。もしも、サツキの想像通りならそこにはサツキの大切な友達がそこにいるはず。サツキはゆっくりと目を開ける。そこには疲労感を滲ませて座っているナギがいた。
疲れきっているナギのことは心配だ。でも、それ以上に全ての謎が解けて少しだけ安心した。
「あー、やっぱりナギだ」
サツキは満面の笑顔でナギを見つめていた。