44.サツキの不安
2人は奥へと歩いていく。
「うぅ」
歩くたびに妙な唸り声のような声をあげるサツキ。顔色はかなり悪かった。
「主人、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。だけどなんかちょっと気分が」
顔を抑え、いつもの明るさのない声で呟いた。
「あぁ、忘れていました。常世の世界では時間の感覚が狂うので、気分が悪くなってしまうことがあります」
十六夜は魔力をこめてサツキの額に翳す。サツキは少しずつ顔色がよくなっていった。
「ふぅ……ありがとう、十六夜。これって毎回?」
「きっとすぐになれます」
十六夜が優しく微笑み言った。サツキは気分もよくなりまた歩みをはじめる。
「色々と教えておきたいのですが、時間がありませんので歩きながら」
サツキの頭の中に色々な何かが送られてくる。
「これ何?」
「私が会得している剣の技と術です。本当はもう少しあるのですが、最低限必要なものだけ。あとは、必要に応じて戦闘中に」
サツキは頭の中の技をなんとなく理解したのか、目を閉じて何度も頷いている。
「うん。全部かっこいい。本当に忍者みたい」
サツキは両手を握り合わせ喜んでいる。本当にヒーローになった気分だった。
「ふふふっ。戦闘の際にはしゃぎすぎて失敗しないように」
「わかってるよ」
サツキは唇を尖らしながら十六夜の少し前をまた歩きはじめる。
「あと、大丈夫とは思いますがこの力は他言無用でお願いします。」
「えっ……それって誰にも言っちゃダメってこと?」
サツキは振り返って十六夜に話しかける。その表情と声はは少しだけ暗かった。
「はい」
はっきりとした十六夜の言葉に、サツキは下を向いて無言になった。サツキの心に急に恐怖と不安が押し寄せてくる。
そしてすぐにサツキの頭にはナギの顔が浮かんだ。ナギとせっかく仲直りしたのに、もののけと戦いに出かけると一緒にいることができなくなるかもしれない。ナギが心配しても上手く説明ができず、もしかするとまたギクシャクしてしまうのではないか。そんなことが頭をよぎった。
「ねぇ、もののけってどれくらいいるの?」
サツキの声は小さな声でポツリとつぶやいた。
「それは、出てくるまでわかりません。数が多い日もあれば少ない日も。」
「……一人で勝てる?」
その声は、か細く少し震えていた。初めてサツキの不安そうな声を聞き十六夜も立ち止まる。サツキは誰にも頼ることのできない現実で急に目の前に広がるこの世界に足がすくんだ。
「……心配しないでください。私にも仲間がいますので」
「そうなの?今もいるの?」
サツキは十六夜の目を見て小さく呟いた。
「えぇ、奥から気配を感じます。きっと先に戦っているんでしょう。ですが……」
「ですが……?」
「いえ、何でもありません」
奥から感じる気配に十六夜は少しだけ不安になった。が、サツキが不安そうに見ていることに気づき、いつものように揶揄うような笑顔に戻した。
「安心してください。私がついています。どうやっても負けることはありませんよ」
十六夜はサツキを安心させようと軽い口調で言った。
「……わかった!」
サツキはまだ少し恐怖心は残っているが、声や表情は明るくなった。十六夜は安心して歩みをはじめる。
(……奥から感じる刀の気配は1つだけ。まさか、1人で戦っている?………なんだか嫌な予感がする)
仲間の気配が1つしかないことに、十六夜は仲間の危機を感じ、焦燥にかられていた。
主人にあまり勘付かれぬように、少しずつ、確かに歩みは早足になっていった。