42.サツキと刀の少女
黄色い光は路地をぐんぐんと進んでいく。サツキを誘うように。
「待ってって!」
サツキも走って追いかけるが、追いつけない。というか時々置いていかれそうになる。慣れない道を走っているからというところもあるが、黄色い光の速度が速い。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
光がようやく止まって追いついた。
「って、私なんでこんなの追いかけて……うわ、ここどこ?」
気がつくと見覚えのない場所まで来ていた。目の前には苔の生えた岩に縄が巻かれた祠のようなものがあった。周りを見ても見慣れない景色ばかり。
「あーこれは完全に迷子だね……」
スマホを取り出して場所を確認しようとするが、電波が悪いのかGPSが反応しない。
「嘘、なんで……」
サツキはスマホをぶんぶんと振ったりして電波が戻らないか試した。
「戻んない……どうしよう」
サツキは急に不安になった。周りを見渡しても帰り道がわからない。風が頬を撫で、余計に不安な感情が増長させる。
ため息をつき、仕方なしに祠を見つめている。
すると、さっきまで追いかけていた光が祠へと向かい眩い光を放ち始めた。
「うわっ」
サツキは光の強さに目を閉じた。光が薄れてきたころ、目を開けると指には綺麗に輝く黄色い石のついた指輪がはまっていた。
「何これ!?綺麗!」
左手の人差し指にハマった指輪を色んな角度から見回す。自分が迷子だということも忘れて思わずその綺麗な宝石に見惚れてしまった。
その時、岩が指輪と同じ色に点滅を始めた。
「えっ?何。まだなんかあるの?」
サツキは光の眩しさに目を閉じている。怪しさも感じていたサツキは、何かあれば走って逃げられるように左足を一歩後ろに下げていた。恐る恐る目を開けるとそこには黒く長い髪を高く結び、機能性に優れている黒い布の服に身を包んだ、サツキと同じ歳くらいの少女がいた。その出立ちはまるでドラマやアニメで見るような忍者そのもの。少女はゆっくりと目を開け伸びをしながら、少し揶揄うような目でこちらを見ていた。
「おや、あんたが新しい主人かい?」
揶揄うような軽い口調でサツキに話しかけてくる。
「えっと、その……」
サツキは一歩ずつ後退りしはじめる。突然目の前に現れたよくわからない人が、よくわからないことを言ってくるので隙を見て逃げようと考えていた。
「あー……無礼な口の利き方でしたね。失礼しました。とりあえず、自己紹介を。私の名前は十六夜。主人と共に戦うことになります」
「えっと、よろしくお願いします」
サツキは反射的に頭を下げて挨拶した。
「じゃなくて、主人って何?それに戦うって」
サツキは逃げるのも忘れて十六夜に慌てた口調で疑問をぶつける。十六夜は顎に手を当ててふふふと笑っていた。サツキが少し不機嫌そうに睨むと咳払いをして説明を続けた。
「今、主人の住むこの現世の世界は、常世の世界に現れるもののけに狙われています。主人にはもののけを倒すために戦って欲しいのです。そのために私が尽力致します」
十六夜は膝をつきながら頭を下げる。今なら逃げられるのだが、サツキはその話に夢中になってしまっていた。
「常世、もののけ……。何?ドラマとかの話?」
十六夜は一瞬、物分かりが悪そうなサツキを面倒くさそうに目を細めて、説明を続けた。
「言っていることはよくわかりませんが、紛れもなく現実の話です。早くしなければ主人の住むこの現世の世界はもののけの長、邪鬼によって滅ぼされてしまいます」
「えっ……無くなっちゃうってこと?」
「はい。少なくとも今のような世界は」
「そんなの嫌!」
サツキは大きな声で否定した。もしも現実なら、ナギやみんなとの世界がなくなってしまうことは心から嫌だった。
「ですから、そのもののけたちを主人に倒して打ち倒して欲しいんです。……やっていただけますか?」
サツキは腕を組み考えていた。まだ言われていることの全てが現実離れしすぎていて信じられない。だが、それが嘘だとするならここまでの不思議な出来事の説明ができない。
「ねぇ、本当に私に倒せるの?その……もののけとか邪鬼?とか……」
サツキが少し不安そうにぽつりと呟いた。十六夜は不安を消すようにニヤリと、でも優しく笑って答えた。
「えぇ、主人にはその資格があります。それに……私がついていますので」
その表情はどこかこちらを揶揄っているようだったが、頼もしくも感じた。サツキはその目を信じることにした。
「……わかった。私、やる。もののけだとかなんかわかんないけど、全部倒してこの世界を守ってやる!」
サツキは決意に満ちた顔で拳を前に突き出した。驚いたように十六夜はその拳に自分の拳を重ねる。
「それでは、それでは……」
十六夜が目を閉じると、サツキは淡い光に包まれた。
「おぉ……」
「主人、名前をお願いします」
「私の名前は、夜野サツキ!」
サツキが明るい声で答える。
「承知しました。これにてあなたは私の主人です」
「うん、よろしくね!えっと……十六夜!」
十六夜は胸に手を抑えて一礼をし、サツキはそれに親指を立てて返事した。
「ふふふっ、面白い子だね」
十六夜は小さな声で呟き、呆れた顔で笑う。サツキは意味がわからないという風に首を捻っていた。
「さて、早速で申し訳ありませんが、どうやらもののけが現れているようです」
十六夜は打って変わって真剣な表情になる。
「えっ!?嘘……」
「何か変な気を感じませんか?」
「あ、そういえばなんか頭がずっと嫌な気配があるかも」
サツキが頭を軽く抑えながら言った。
「それを感じる方へ向かいましょう」
「了解!」
大袈裟にサツキは敬礼をし、勢いよく走り出した。
「おや、意外と早いじゃないか」
十六夜は走り出したサツキの背中を笑みを浮かべながら見ていた。
「十六夜、道がわからないから教えて!」
サツキが少し遠くで立ち止まり、振り返って大声で叫んでいた。
「ふふふ。今行きます、主人」
十六夜はサツキの方に走り出した。