35.いつもと違う常世の世界
「ここだね……」
ナギと霞は、ひっそりと佇む古びた建物の前に立っていた。シャッターは固く閉ざされ、人の気配もなく、周囲には近寄りがたい空気が漂っている。
「そのようです」
「じゃあ、行くよ」
ナギが指輪を翳すと、禍々しい渦が現れる。何度も見てもその不気味さに心がざわつく。
「ナギ、気を引き締めていきましょう。……なんだか少し胸騒ぎがします」
「……うん、わかった」
ナギは小さく頷くと、大きく深呼吸をして渦の中へと足を踏み入れた。
ーーーーー
常世の世界へと足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできたのはいつもの光景とは異なる、黒い岩がむき出しになった不気味な大地だった。木々はほとんど見当たらず、代わりに乾いた岩場が広がっている。
「あれ?」
ナギは辺りを見回す。
「なんか、いつもと違うね」
「そうですね……」
霞も同じように警戒を強めながら辺りを見回す。
「こういうことはあるの?」
「はい。入る場所によっては常世の様子は変わることは時々」
「……そうなんだ」
「ナギ、それよりもまずは魔装を。いつもののけが現れるかわかりませんので」
「あっ、そっか」
ナギは辺りの環境に気を取られてすっかりと忘れていた。魔装をしなければもののけに襲われた時にひとたまりもない。
「行くよ、"魔装"!」
柔らかな光と花びらがナギの身体を包み込み、薄紫の装束がその姿を覆う。
「ふぅ。じゃあ、いこっか」
「はい」
霞は刀に姿を変えて、ナギは鞘へと納めた。
ナギは警戒しつつ、奥へとゆっくりと進んでいく。
「足元の感覚がいつもと少し違うので気をつけください」
「うん。そうだね」
ナギは慎重に足を運びながら、つま先で地面の感覚を確かめる。滑る様子もなく、少しザラついた岩の感触が足裏に伝わった。
「……滑ったりはしないから大丈夫そう」
ナギは強く地面を踏みしめて安心した。これが氷の床だったなら、勝手が違いすぎるけどこれくらいの違いなら全然対応ができる。
「……ナギ、もののけたちがきました!」
目線を前へと戻すと、いつも通りたくさんの小さなもののけたちが近づいてきてくる。その姿に、ナギは即座に構えをとった。
「了解!霞、まずはいつも通りに行くよ。"形態変化"!」
ナギの呼びかけに応えるように、霞は刀から薙刀へと姿を変える。変身の連携もすっかり板についた。ナギは一息で間合いを詰めると、舞うように薙刀を振るった。ナギの動きにも少しずつ自信が出てきている。
「"鳳仙花"!」
軽やかにぐるぐると薙刀を回す。花のように舞う閃光が小さなもののけ達を次々と消し去っていく。
「びーーーー」
小さなもののけ達は声を残して消えていく。それを見ると霞は人の姿に戻った。
「ナギ、鍛錬の成果がでています。鳳仙花の威力、精度が目に見えて上がっています」
「えへへ、そうかな?」
ナギは照れくさそうに頬を掻きながら内心は嬉しさでいっぱいだった。鍛錬の成果が、こうして目に見える形で表れている。それが何より自信につながる。
「よし、私強くなってる」
ナギは自分の成長をひしひしと感じた。
「ふふっ、では奥へいきましょう」
「うん!よーし頑張るぞ!」
霞は再び刀の姿に戻り、ナギは鞘へと霞をしまった。
ーーーーー
さらに奥へと進んだそのとき、ナギの全身に緊張が走る。気配が変わった。
「何かいる……」
静かに鞘へと手を添えるナギ。目を凝らすと、岩場の奥から、爪が地を擦る音が近づいてくる。
ギリ、ギリ……
「あれは……」
「……少し、厄介ですね」
見た目は羽の小さな鳥だった。問題は、見るからに炎を纏っている。霞は炎に弱い。以前は小さい弱いもののけだったからなんとかなったが、今回はサイズこそ大きくはないものの、気配だけで以前のものよりも格段に強いとわかる。
「霞、気を引き締めていこう!」
「はい……」
次の瞬間、耳をつんざくような咆哮と共に、鳥のもののけが突進してきた。鋭い爪を前に構え、砂煙を巻き上げながら一直線に突っ込んでくる。
「嘘!速っ!」
ナギは間一髪、熱を帯びた風圧を受けながら横にジャンプし突進を回避する。さっきまでナギがいた場所にはまだ火の粉の混じった土煙が上がり、小さな火があがっている。鳥だけど、羽よりも足が発達しているようで羽をばたつかせているだけで飛ぶ様子はない。足を前後へ動かしてまだまだ走る気のようだ。
(あんなの当たったら……)
「……!ナギ、また来ます」
ナギが正面を向くとまた鳥のもののけはすごい勢いで突進してくる。
「わっ!」
ナギはまたギリギリでかわす。
「避けるので精一杯……」
ナギと霞の鳥のもののけとの戦いが幕を開ける。