32.親友
ナギと喧嘩をしたサツキは、一人でとぼとぼと歩いていた。
「……ナギ。」
サツキは本当のところ、ナギといつも通りに戻りたかった。だが、ナギと同じくどうやって話したらいいかがわからなかった。日に日に元気がなくなっていくナギを見ることが辛かった。
「ナギが、悪いんだよ……全然言うこと聞いてくれないから」
そう口にしてみるものの、心の奥底では自分の方こそ悪かったのかもしれないという気持ちが、じわじわと広がっていた。
ふと気がつくと、雑貨屋さんの前にいつのまにか来ていた。
「これ……可愛い」
店の前に置かれたテーブルに並べられている猫がモチーフの可愛い髪留めだった。
(こういうの、ナギが好きそうだな。)
我に帰ってサツキは一人で笑ってしまった。喧嘩してるはずのナギのことを真っ先に思い浮かべている自分が可笑しかった。
「……」
その笑顔はすぐに曇った。頭の中に泣いているナギの顔が浮かんだ。自分の言葉で泣かせてしまった後悔が胸を締め付ける。
「やっぱり……ナギのあんな顔は、見たくないな」
サツキはこの髪留めを買ってナギに謝ろうと思った。中のレジへと向かおうとした時、声が聞こえた。
「佐倉さん大丈夫だったかな?」
「うん。顔色良さそうだったからきっと大丈夫。一緒に住んでいる人もいるみたいだったし」
佐倉。その名前に反応して振り返ると、生徒会長のマオと副会長のアリサが歩いていた。
「あの!」
思わずサツキは二人に慌てて声をかけていた。
「ん?」
「どうかしましたか?」
二人は立ち止まりサツキに応じる。
「もしかして、佐倉さんってナギのことじゃないですよね?」
普段は話したことのない二人。それでも、どうしても気になって言葉が飛び出していた。マオとアリサは顔を見合わせて頷いた。
「そうだけど、もしかしてお友達?」
「……はい!ナギ、なにかあったんですか?」
サツキの声は自然と強くなる。
「え、えっと」
「体調が悪そうだったから、家までさっき送っていったんだ。でも、もう大丈夫だと思う」
「そんな……」
アリサはそう答えるが、大丈夫の部分はサツキの耳からは抜け落ちていた。一気にサツキの顔は青ざめる。そして、考えるよりも先に体が動き出していた。
「あの、ありがとうございました」
走り出す前に一礼すると、そのままナギの家へ向かって全力で駆け出していった。
「行っちゃった」
「すごく心配してたみたいだけど、なにかあったのかな?」
「そうかもね」
アリサとマオは、走っていくサツキが見えなくなるとまた歩いて帰り始めた。
サツキは息を切らしながら全力疾走でナギの家へと走る。ナギのことが心配でしょうがなかった。ここ最近、ナギは疲れ切った顔をしていていつもあくびをしていた。
(バカ、バカ私のバカ。ナギのこと心配してるっていいながら、ナギが嫌がることばっか……。)
サツキは自分の行動を悔いていた。今日の下駄箱でのナギの顔は、忘れられないくらいに涙で歪んでいた。そんな顔をさせてしまったのは、他でもない自分自身だった。その後悔がサツキの足を止めさせない。
ずっと走って足は重たくなってくる。だが、止まらない。1秒でも早くナギに謝りたかった。
ーーーーー
「サツキ。すごい汗……大丈夫?」
「私は、大丈夫、だよ。ちょっと走ってきただけだから」
かなりの距離を走ったサツキは、肩で息をしている。
「それより、ナギ。体調大丈夫?」
「えっ、うん。大丈夫だよ。なんで知ってるの?」
「雑貨屋の方で、鶴島さんと五十嵐さんに会って……ナギを家まで送ったって」
「そんな遠くから走ってきたの?そりゃあ、疲れるよ」
ナギは目を見開いて驚いた。
「なんでそんな。電話してくれればいいのに」
「ごめん……考えるより先に体が動いちゃった」
「もう、心配しすぎだよ。サツキ」
「心配するに決まってるでしょ!……ナギは、私の親友なんだから」
サツキの目に、涙が浮かんでいた。真っ直ぐな言葉だった。ナギはその言葉が何よりも嬉しかった。
「サツキ……」
「ナギ、ごめんね。ナギのこと心配してるって言ってたくせに、私がやったのは嫌がらせみたいなことばっかりで。本当、ごめんね」
「ううん。私の方こそ、ごめんね。サツキが心配してくれてるのに」
すれ違っていた気持ちがようやく重なる。二人のすれ違いは、お互いを思い合っているからこそだった。霞はその様子がなんだか微笑ましくて、そっと笑った。
「ナギ、お茶でも飲みながらゆっくりしていってもらったどうでしょう?お菓子もたくさんありますし」
「霞……。そうだね!サツキ、せっかく来たんだしあがってって!」
ナギは笑ってサツキに話しかける。
「えっ、いいの?」
「うん!あがってあがって!」
サツキはちょっぴり照れくさそうに笑いながら頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
二人は楽しそうに笑っておしゃべりをしていた。
「でさ、その時にゆいちゃんが……」
「ほんと?それすごいね」
霞はその様子を見て微笑んでいた。