31.心の支え
「そんなことが、あったんですね」
霞は静かにつぶやいた。
「サツキとはたまに喧嘩もするんだけど、なんか今回のはいつもと違う気がして」
ナギはソファに座ったまま、元気なく足を前後へ動かしている。
「今は、サツキとどんな顔して話していいのかわかんないんだ」
ナギは動かしていた足を止め、天井を眺めながら涙を流していた。
「ナギ……」
「ごめんね、霞。心配かけちゃってるよね」
ナギは霞に涙を拭きながら、無理に笑顔を作って見せた。
「大丈夫です。ナギの気持ちが軽くなるのなら、私も話を聞きたいです。……ナギがしてくれたように」
霞はまっすぐな目でナギを見つめる。ナギは少し微笑むと、また口を開き始めた。
「私ね、小さい頃引っ込み思案で人となかなか話せなかったんだ」
ナギは昔を思い出しながら、コップのお茶をぼんやりと見つめている。
「そんな時にね、サツキはいつも引っ張ってくれて。それが、とっても嬉しかったんだ」
ナギは涙目だけど、顔はとっても笑顔だった。
「サツキちゃんと、本当に仲がいいんですね」
「うん。サツキといるとなんだか安心するし、話すと元気になれるんだ。楽しいことがあったらサツキに話したら何倍にも楽しくしてくれて、嫌なことがあったら"まぁいっか"?ってくらいに軽くしてくれるんだ」
楽しそうに思いを語るナギ。だが、話しながらだんだんと声が震え始めていた。
「なのに……あんなに楽しかったはずの時間が……今は苦しい。サツキとどうやって話していいのか、わかんなくて」
ナギはこらえきれなくなった感情が一気に溢れ出す。堰が切れたように涙は止まらない。ナギがずっと堪えてきた、隠してきたものが全部吹き出した。使命だからと自分を押し殺して一人で抱えてきたものだった。だが、ナギはまだ少女。そんな簡単に自分を犠牲にして全てを受け入れることなんてできなかった。得体の知れないものと戦う恐怖、当たり前の日常に生まれた歪み、寂しさ。子供のように声をあげ、崩れるように泣くナギを霞は静かに見ていた。こんな風に泣くナギを見るのは初めてだった。
「……ナギ。ごめんなさい。私のせいで……こんなことに」
霞はそっとナギの頭を優しく撫でた。
「……ううん。霞のせいじゃないよ」
ナギは少し落ち着いたのか、いつもの優しい声で霞に答える。
「……私がもっと……」
「……?」
霞は何かをつぶやいたが、ナギには聞こえなかった。
「ナギ!!私、もっと強くなります。もののけなんて一瞬で倒せるようになります。そしたら、ナギはサツキちゃんとまたいつも通りにたくさん楽しくお話しできます」
「霞……」
「だから、きっと大丈夫です!サツキちゃんとすぐに仲直りできます!心配しないでください。きっと、すぐに。それが、仲間であり友達です!」
霞の頭の中には十六夜や仲間の姿があった。時々ぶつかることがあってもまた気づけばみんなで笑っていた。霞にとっての大切な時間。
ナギにとって、霞がこんなにも自分の気持ちを強い声で話す姿は初めてだった。だからこそ驚いた。そして、だからこそとても嬉しかった。
「……ありがとう、霞。心配させちゃったね」
「い、いえ」
今度は霞の頭をナギがそっと撫でてあげる。霞の目にもうっすらと涙が浮かんでいたからだ。
「私ね、霞がいてくれて嬉しいんだ」
「本当ですか?」
「うん。霞がいてくれるから、怖いもののけとも勇気を出して戦える」
「……ナギ。私もです」
二人は自然に顔を見合わせ、ようやく笑い合っていた。
「……明日サツキにまた謝りに行く!学校休みだから家に直接いってくるよ!」
「はい!頑張ってください」
その時、ドアが突然激しく叩く音が聞こえた。
「な、なんだろう」
ドアから外を覗くとそこには息を切らして立っているサツキがいた。
慌てて扉を開けた瞬間、サツキが飛びついてきた。
「ナギ!!!」
「サツキ!?」
サツキの頬には涙の跡があり、声も震えていた。ナギは驚きのあまり、しばらくその場で固まってしまっていた。