30.すれ違い
一度着替えたいといい、ゆったりとした服装に着替える。コップにお茶を二つ入れてソファに座った。
「ナギ、体調は大丈夫ですか?」
「うん。もう大丈夫。ちょっとふらっとしただけだから。今はなんともないよ」
ナギはお茶を一口ごくりと飲みながら答える。顔色がいいわけではないけど、表情はいつもの柔らかいものになっていて霞は安心した。
「それで……何があったのですか?」
「……喧嘩しちゃったんだ、サツキと」
「サツキちゃんと……?」
「うん」
ナギは俯いて少し涙ぐんでいる。霞にはなるべく見せないようにしていた涙だった。
「何があったんですか?」
〜〜〜〜
「サツキ!おはよう」
「……おはよう。ナギ」
サツキと微妙な別れをした次の日、サツキはなんだか様子が変だった。話しかけても素っ気がなく、どこか冷たい気がした。
「昨日はごめんね……。お昼一緒に食べようね」
「…うん。そう、だね。私もごめんね」
「……」
ナギにとってはサツキが笑ってくれないことは苦しかった。なんとかしてサツキとギクシャクしている空気を元に戻したかった。
お昼になり、ナギは真っ直ぐにサツキの元に向かっていった。
「サツキ一緒に食べよう!」
「……うん」
二人でいつものお気に入りの場所でご飯を食べる。
「でね、サツキ。その時にさ……」
「……」
「サツキ?」
サツキはお箸を持ったまま止まっている。その表情は暗いままだ。
「あっ、ごめん。聞いてなかった」
「ううん。大丈夫だよ」
「………」
「………」
また気まずい沈黙が流れる。どうしてだろう。いつもなら、楽しく笑って話しているのに。1番大好きな時間なのに。どうしてなんだろう。ナギは胸が締め付けられる思いだった。
その次の日もそのまた次の日も、サツキと元に戻ることはなかった。そして、今日のお昼。
「ねぇ、サツキ。来週ケーキバイキング楽しみだね!」
「……」
「ずっと楽しみだったんだ。サツキと遊びに行くの結構久しぶりだし」
「……ごめん。やめよう」
「えっ?なんで?」
ナギは目を丸くして驚いていた。
「今回は行くのやめようかなって」
「なんで?サツキ。だって一緒に……楽しみにしてるって言ってたのに」
ナギはサツキの肩を掴んで何度も揺さぶる。サツキは動こうとしない。
「なんで、何も言ってくれないの?私はサツキと、いつもみたいにおしゃべりしたいだけなのに。ねぇ、なんで、なんで……」
「……私もだよ」
サツキがぽつりと呟いた。その顔は寂しさと悲しさで覆われていた。
「じゃあ、なんで!」
「私もわかんないよ!でも、ナギが……そうしないとナギが」
サツキはナギの手を振り払い。弁当を持ってどこかへ行ってしまった。
一人残されたナギは涙が止まらなかった。
放課後。
すぐさま教室を出ていくサツキを追いかけて、ナギは声をかける。
「サツキ!待って」
「ごめんね、ナギ。私に構わないで」
サツキは振り返らずに下駄箱へと向かっていく。
「なんで……どうして」
ナギが呟くと、ようやくサツキは足を止めた。
「……どうしてなにも言ってくれないの?」
「えっ?」
「最近のナギ、様子、変だよ。明らかに疲れてるし、いつも眠そう」
サツキは涙目で怒りまじりの言葉をぶつける。
「それは……」
「霞さんって人がきてからでしょ?あの人が悪いの?」
「霞は悪くないよ!」
ナギはついつい強い口調で言い返してしまい、すぐに口に手を当てて黙った。その様子にサツキの顔は余計に顔を歪ませる。霞のことが嫌いなわけではない。だが、霞がきてからナギが明らかに様子がおかしい。ナギの疲れの理由が他に思い浮かばなかった。
「……じゃあ、他の理由はなんなの?」
「それは……」
「…………もういいよ。多分今は私たち、一緒にいない方がいいと思うから」
サツキは振り返らずにナギの元から立ち去って行った。
「……サツキ。私……ずっとなんのために」
ナギは堪えが利かずにボロボロと涙をこぼした。
「あれ……?」
一瞬視界が揺れて、ふらっと壁にもたれかかる。
「だ、大丈夫?」
たまたま近くにいた生徒会長の五十嵐マオが、慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫です。ちょっとふらふらとしただけですから」
涙を拭きながらナギは壁から離れて歩こうとするが、うまく歩けずマオが再び手を取る。
「少し休んだ方がいいよ。保健室にいこっか?」
「保健室なら多分今閉まってるよ」
後ろから声が聞こえる。副会長の雪村アリサが歩いてきた。
「えっ?なんで」
「ほら、今日先生が出張だって言ってたでしょ」
「あぁ。そうだったね。じゃあどうしようかな」
「その子大丈夫?」
アリサは状況をある程度把握すると言葉よりも先にナギの元へと駆け寄った。
「なんか急にふらついてて、壁にもたれかかってたんだ」
「どこか痛いところはある?気分が悪いとか」
落ち着いた声で冷静に状態をアリサが聞く。
「大丈夫です」
少し落ち着いたナギが静かに答える。
「そう。よかった。とりあえずあっちのベンチで座ろうか」
二人に手を取られ、近くにあったベンチに座る。アリサが飲み物を持ってきてくれて、それを飲むとナギは心が少し落ち着いた。
「ありがとうございました。もう、大丈夫です」
ナギは小さな声で呟いた。体調に関しては本当にもうなんともなかった。
「わかった。でも、念のため一緒に近くまで帰ろうか?」
「えっ?」
「貧血とかだったら大変だから」
「でも、迷惑じゃ……」
ナギは持っている飲み物を握って答えた。
「大丈夫!生徒の安全を守ることも生徒会の役目だから!」
マオがばっと立ち上がり得意げに答えた。急に立ち上がったせいか、マオの黒茶色い長い髪は口元にひっついている。その様子を見てアリサがくすっと笑っていた。
「そういうことだから、私たちは大丈夫。もちろん、そっちが嫌だったら無理にはいかないけど。えっと、名前は」
「佐倉ナギっていいます。ありがとうございます。じゃあ、一緒に帰ってもいいですか?」
「うん、わかった。佐倉さんよろしくね。あっ、私たちも自己紹介はしてなかったね。私は雪村アリサ。」
「私は五十嵐マオです。遅れてごめんなさい。」
マオは慌てて大袈裟に頭を下げる。生徒会の挨拶の時もだったけど、マオはそそっかしいところがあるんだとナギは思った。
「大丈夫です。2人のことはもちろん知ってますから」
「そ、そう?」
ナギは少し微笑んだ。その様子を見てアリサとマオは目を合わせ、安心して笑い返した。そして、二人と帰って家まで帰ってきたのだった。