23.霞の新しいお友達
「はぁ、ここ難しいな……」
サツキは家でノートとにらめっこをしていた。もうすぐ小テストがあるため、それに向けて勉強中だ。
「うぅ。そうだ、ナギに聞いてみようっと」
サツキはスマホを取り出して、ナギにメッセージを送ろうとする。だが、その指はぴたりと止まった。
「……」
サツキはナギに連絡をするのを躊躇ってしまった。ナギが忙しくしているかもしれない。もしかしたら疲れて寝ているかもしれない。どっちにしろ邪魔をしてはいけない気がして、サツキは画面をスライドして別のクラスの人にメッセージを送って画面を閉じた。
「はぁ、これでいっか」
サツキは仰向けに寝転がりながらそうつぶやいた。なんとなく寂しい気持ちになって目を閉じた。
ぶぅ……ぶぅ……
スマホに通知が届き、振動する。
「さて、もう少し頑張りますか!」
サツキは起き上がり再びノートと格闘を始めた。
ーーーーー
「霞、重くない?」
「はい。大丈夫です」
スーパーの帰り、ずっしりと商品が入った荷物を持つ霞にナギが声をかける。
「ナギの方こそ重たければ言ってください。私が持ちますから」
「私は大丈夫だよ」
「そうですか……あっ」
霞は急に立ち止まり座り込んだ。
「霞?どうしたの?もしかして重たかった?」
もしかすると霞が我慢していたのでないかとナギは心配になった。
「見てください。お花が咲いています」
霞の視線の先に目をやると、白色の小さな花が咲いていた。
「ほんとだ。かわいいね」
「はい。とっても綺麗です」
霞はうっとりとした目で花を眺めている。
「霞はお花が好きなんだね」
「はい。お花を見ているとなんだか元気がもらえるんです」
「そっか。……あっ、そういえば霞の技の名前って花の名前とか植物の名前が多いもんね。あれって名前は自分で考えてるの?」
「えっと……はい。女神様に教えていただいたものもあるんですが、自分で考えたものは自分で……。主人に覚えてもらいやすいように」
霞は少し照れくさいのか、人差し指同士をいじりながら答える。
「成る程。確かに、名前があった方がわかりやすいもんねー……。そうだ!いいこと思いついた」
ナギは何かを思いつき霞に笑顔を見せる。霞はいきなりの提案に何のことか分からずに首を傾げた。
「何でしょうか?」
「帰ってからのお楽しみ。とりあえず帰ろっか」
ナギと霞は立ち上がり再び帰路を歩く。ナギは何かを企んでいる子供のような笑顔でスキップして帰っていった。
ーーーーーーー
「じゃーん!これ見て」
「これは……植木鉢ですか?」
「そうだよ!」
ナギはベランダの角にひっそりと置かれた空っぽの植木鉢を2つ霞に見せる。
「引っ越してきた時、トマトでも育ててみようかなって思ってたけどなかなか……」
ナギが頬をかきながら、照れ笑いを浮かべる。霞は空っぽの植木鉢を持ち上げて見ていた。
「そこに、お花を育ててみるってのはどうかな?」
「お花を……育てる?」
「うん。霞、お花が好きみたいだからここに植えて毎日見れたら楽しいかなって思って」
霞はもう一度植木鉢を見る。ここにお花があることを想像するとなんだか心がワクワクしてきた。
「育てて……みたいです!ナギがよければですけど」
霞は子供のように弾ける笑顔でいった。こんなにも笑顔になるのなら、ナギに断る理由もない。
「よし、じゃあ明日お花を買いに行こう!」
「はい!楽しみです」
霞はまるで明日遠足にでもいくように喜んでいる。霞が時々見せてくれる子供っぽいところが嬉しいナギだった。
ーーーーーーーーー
次の日の朝、いつも行くスーパーより少しだけ遠い場所にあるホームセンターにやってきた。
「わー……たくさんお花が咲いています。見てください、こっちの白いのもこっちの黄色いのも可愛いです」
園芸コーナーには、プランターに入った色とりどりの花があり、土の匂いや肥料の匂いが鼻の奥まで届く。霞はたくさんの花に囲まれて幸せそうに歩き回っている。
「綺麗な花がいっぱいだね、霞」
「はい。たくさんあって目移りしてしまいます」
いつもよりも表情が綻びっぱなしの霞。
(連れてきてよかったなぁ)
ナギは心の中でそう思った。
「どれがいいですかね……」
霞はたくさんの花を一つずつ見て品定めを始めた。
「霞は、花を植える?それとも種から育てるの?」
「うーん。悩ましいですね……」
霞は顎に手を当て、目を閉じて考えている。
「とりあえず、見て回ってみます」
「うん、そうしよっか」
霞は店内を再び歩き始め、時々足を止めては口を開いたまま花に見惚れている。今日の霞はいつもよりも表情が豊かだった。
「あっ、これ」
ナギは一つの花の前で止まってしゃがんだ。
「見て、霞。これ、霞草だよ」
「霞草……。ふふっ、私とおんなじ名前ですね」
「うん、笑っちゃった」
「なんだか、親近感が沸きますね……。白くて綺麗です。それに、いい匂いもします。」
霞は鼻を動かして、その綺麗な匂いを嗅いでいる。
「決めました。一つはこれにします。……ナギが見つけてくれたので」
霞はプランターを持ち上げている。
「えへへ、嬉しい。あと1つも探そうか」
「あと1つは決まっています」
霞は立ち上がりどこかへ走っていく。ナギも立ち上がり後ろから付いていった。
「これです」
止まったのは種売り場だった。そこから1つの種を選んでナギに見せる。
「これって、鳳仙花の種?」
「はい。偶然見つけたんです」
霞は懐かしそうに花の種を見つめていた。
「鳳仙花って霞の技の名前にもあったね」
「はい、鳳仙花は会得するのに苦労しました。みんなに色々と助言をもらってようやく会得できた、思い入れの深い技なんです」
「そうなんだ……」
「ですから、鳳仙花を見るとなんだかみんなと一緒にいる気がして……」
ーーー何やってんの?全然ダメじゃない。
ーーー全く、霞は不器用だね。
ーーー霞ちゃんはこういうのダメダメなのです。
ーーーうぅ、文句よりも何か助言をください。
「ふふっ」
霞は鳳仙花を会得した時のことを思い出して、思わず笑ってしまった。会えなくて寂しいはずなのに、みんなとの思い出は思い出す度ついつい笑ってしまう。
「お花じゃなくて、種でいいの?」
「はい。初めから育ててみたいのです。鳳仙花を会得したときみたいに……」
「……そっか、じゃあ種を買って帰ろう!」
二人はプランターに入った霞草と鳳仙花の種をカゴに入れ、育てるのに必要な土や肥料やじょうろなど細かな備品などを買って家へと帰った。
「ねぇ、流石に重たくない?霞」
「大丈夫です!ご心配なさらず」
今、霞は土の袋を持っている。普通の男性でも多少は重たいような荷物だが、霞は涼しい顔をしていた。
「早く帰ってお花を植えたいですね」
「ふふっ。そうだね」
2人の足取りとても軽かった。
ーーーーーー
家に帰って早速、軍手をはめて霞草を植木鉢に植え替える。
「わぁ、可愛いですね」
「うん。なんだかベランダが華やかになった感じがするね」
風でゆらゆらと揺れる霞草は無機質なベランダに少しだけ色を添えていた。
「鳳仙花も咲いたら、もっと綺麗になりそうだね」
「はい。一生懸命お世話します」
霞は本を広げている。これは、帰り道に霞が育て方を学びたいというので、2人で本屋さんに寄って買ったものだった。本屋さんの前に買ったものを置かせてもらって本を選んだ。霞は難しい文字はあまり読めないらしく、子供向けの自由研究の本を選んであげた。
「その本、役に立ちそう?」
「はい。いっぱい学ばせてもらいます。命を育てるのですから!」
「読めないところとか、分からないところがあったら言ってね」
霞はやる気まんまんでさっきからぶつぶつと何かを呟きながら本を読んでいる。そして、植木鉢に近づきツンツンと小さな穴を開けて種を植えた。
「これで、良しです。あとは乾燥しないようにお水をかけて……」
霞は水色のプラスチックのジョウロで水をかけながら夢中で花の世話をしている。なんとも微笑ましい姿だった。
「できました!これで大丈夫ですね。また、ご飯の時間になったらお水をかけてあげますからね」
霞は夢中でお花に話しかけながら作業をしている。ナギは微笑ましい姿に思わず笑ってしまった。
「ふふっ、霞。新しいお友達ができてよかったね」
「お友達……。そうですね!新しいお友達です」
霞は笑って2つの植木鉢に目を移す。
「よろしくお願いしますね。2人とも、元気に成長するんですよ。えっと……そうですね、シロちゃんとベニちゃんにしましょう」
「名前までつけたの?」
「はい。お友達なので名前があった方がいいですから。霞草のシロちゃんと鳳仙花のベニちゃんです。」
「そっか……。私もよろしくね、シロちゃんベニちゃん」
ナギも霞の新しい友達にに挨拶する。ナギと霞は顔を見合わせて笑った。もののけと戦う非日常の中で、こうして霞と過ごす穏やかな日常がナギにとっては癒しになっていた。