22.十六夜
霞は寂しく一人で団子を食べながら月を見ている。
その時、月が雲に隠れて見えなくなった。
「あ、月が……」
空を見ていればそんなこと当たり前なはずなのに。今日の霞にとってはなぜか物凄く悲しかった。
霞にはもう、ずっと見れないような気がしていた。
「……十六夜」
霞の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「……霞?」
部屋からナギが霞に話しかける。最初は話しかけない方がいいと思っていた。だが、霞の背中を後ろから見ているとなんだか放ってはおけなかった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。少し月を見ていただけなので」
霞は涙を拭いてナギの方に笑顔を急いで作り振り返る。ナギに涙を見せたくなかった。
その笑顔はぎこちなく、目には泣いたあとがあった。何かを隠している笑顔だとナギにはすぐにわかった。
「でも霞、泣いてるよ」
「ナギ……いえ、本当になんでもないんです。すみません。心配させてしまいましたね」
霞は話そうとしない。
ナギは迷っていた。霞の自分の気持ちを押し殺してでも、ナギを心配させたくないという思いが分かったから。それでも霞がこのまま辛い思いを抱え続ける方がナギにとって苦しかった。
「霞、もしも私に話せることなら話してくれない?」
「……」
ナギは真っ直ぐな笑顔で霞を見ている。霞も同じように迷っていた。刀として、主人に余計な話はしないという信念があった。それと同時に今日は寂しさで押しつぶされそうで、誰かに話を聞いてほしい気持ちもあった。
「……本当に、個人的な話なのですがいいですか?」
「うん。霞の気持ちが少しでも軽くなるんだったら」
霞はナギに話すことにした。ナギになら話してみたいと思っていた。
「で、では……聞いてほしいです。私の仲間の話です」
「うん。聞かせて……」
静かにナギは微笑みソファに座った。霞も部屋に入り一緒にソファに座った。
「私の仲間の一人に十六夜という子がいたんです」
「十六夜……。あっ、今日」
「はい。今日が十六夜なので、つい懐かしく……」
霞は懐かしそうに、ぼんやりと遠くを見つめている。
「十六夜は一番付き合いも長くて、一緒にいることも多かったんです。困ったことがあればついつい十六夜を頼りに……」
霞は少し寂しそうに笑いながら続ける。
「十六夜はいつも冷静でしっかり者だったので私たちのまとめ役でした。それに、頭もとても良くて戦術を考えたりするのも十六夜が……。普段は少しムカつきますが、いざという時はすごく頼もしくて、いつも助けられていたんです。もののけとの戦いの時も、そうでない時も……」
霞の瞳に、じわりと涙が滲んでいる。話せば話すほど十六夜との思い出がたくさん浮かんできてしまった。
ナギは霞の寂しさを少しでも和らげたくて静かに隣に寄り添う。声をかけるよりも霞の話を聞くことにした。
「十六夜は現世にきてからはお団子がお気に入りで、よく食べていました。本当に幸せそうに」
「だから、お団子を」
「はい……どうしても今日は食べたくて。月を見ながら食べれば十六夜と一緒にいるような気がして」
買ってきたお団子を見つめて言った。
「私のことをいつも気にかけてくれていて。……辛くて苦しい時、お団子を……持ってきて一緒に……。私を励ましてくれて」
♢♢♢♢♢
ほら、辛い時はさ、甘いもん食べて元気だしなって、な?
♢♢♢♢♢
お団子を見て十六夜のニッとした笑顔と言葉を思い出して霞は堪えがきかずに涙を流しはじめていた。
「すごく嬉しかったんです。一人じゃないって改めて思えて。………もしも、十六夜がいなければ、私は心が壊れていたかもしれません。十六夜がいてくれたから、苦しい時間を乗り越えて…… 」
霞の中でそれほど十六夜という存在は大きかった。十六夜がいてくれれば、どんな辛い状況も乗り越えられる。そんな風にいつも考えていた。
「……十六夜ちゃんは霞の大切な友達なんだね。」
ナギは霞に優しく語りかけた。霞の話を聞いて、ナギは十六夜にサツキを重ねていた。ナギも苦しいことがあったら最初にサツキに会いたくなる。だからこそ出てきた言葉だった。
「……友達?十六夜が」
「ん?ちがうの?」
霞は十六夜のことをずっと一緒に戦ってきた同士であり仲間だと思っていた。
だけどナギの友達という表現はなんだか気持ちがよかった。
「友達……ふふっ、そうですね。十六夜は私の大切なお友達です」
霞は自分でもなぜかわからないけど笑い出した。
「ありがとうございます、ナギ。なんだか、少し心が軽くなりました。ナギとお話をしてよかったです」
「私は何もしてないよ。……でも、元気が出たんだったらよかった」
ナギはひょこんと立ち上がりベランダの方へ歩いていく。
「あっ。見て、霞!お月様見えてるよ!」
ナギは空を指さしながら霞を呼んだ。
「本当ですか!?」
霞は急いで立ち上がりベランダから空を見上げる。そこには雲が去った空に綺麗に輝く月が見えていた。
「すごく綺麗ですね……」
「そうだね」
ナギは霞のうっとりと遠くを眺める横顔を見て、嬉しかった。霞の顔はとてもやさしく、綺麗だった。
「……霞。十六夜ちゃんの代わりにはなれないと思うけど、霞が辛い時は私に話して。それで少しでも霞の気持ちが軽くなるならさ!」
霞はナギの方を見て色々と思いを巡らせていた。一人の世界でこんな風に言ってもらえたことが嬉しかった。
「……ありがとうございます」
「ううん。友達だもん!」
二人は自然に笑い合う。霞はずんと押し寄せていた孤独が和らいでいくのを感じていた。
霞は改めてナギを主人として、そして一人の友達として支えていきたいと思った。
「……ナギ、その……一つお願いしてもいいですか」
「うん、何?」
「……よ、よければ一緒にお団子を食べませんか?……お月様でも、みながら……」
主人にお願いをすることに慣れておらず、照れくさくてもじもじと下を向きながらだんだんと声が小さくなっていた。
「もちろんいいよ!むしろ食べていいの?」
「……はい。ナギと一緒に食べたいです」
霞はお団子をもう一つ持ってきてまるで子どものようにナギに笑顔で手渡した。ナギも応えるように笑顔で受け取った。
「美味しいね。霞」
「はい、とっても。……十六夜にも食べさせてあげたいです」
「十六夜ちゃんがきたら一緒に食べに行ったらいいよ!あそこはお店の中でも食べられるから!」
「そうなんですね。一緒にいきたいです……。ナギもその……一緒に行きましょうね」
「……うん」
2人はまた笑い合ってお団子を食べた。ナギは霞の笑顔を見ながらまた少し仲良くなれた気がして嬉しかった。
(十六夜、私は、もう少し頑張ります。その代わり、来たらいっぱい頼りますからね。だから今は精一杯ナギと世界を守ります。)
霞はナギを見つめながら決意を新たにする。
月は二人を綺麗に照らしていた。