19.カレーライス
「じゃあ、行ってくるね霞」
「はい。いってらっしゃい」
ナギは次の日もいつも通りに学校にいく。
(うぅ、体中筋肉痛……)
花衣の影響が疲労感だけでなく、身体的にもきているナギ。全身がひどい筋肉痛に襲われていた。
「はぁ、早く使いこなせるようにならなきゃな。」
ナギはため息をつきながらトボトボ歩いていた。
「ナギ!おっはよう!」
後ろからサツキが背中をぽんと叩いてきた。
「お、おはよう!サツキ」
「あれ、どうしたの?なんか元気なさそうだね」
サツキは前のめりにナギの顔をのぞいてきた。
「あはは。大丈夫だよ。ちょっと昨日部屋のものとか運んでさ、疲れただけ……」
ナギは我ながら苦しい言い訳だと思った。
「ふーん模様替え?」
「そ、そんな感じ。おかげで筋肉痛」
サツキは不思議そうな顔をしていたがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「そっか、大変だね。私も派手にそろそろ整理しないとな 」
「整理って?」
「いや〜なかなか使わなくなった参考書とか服とか整理できないから、溜まってく一方なんだよね」
「あーわかる。私もおんなじ」
そんな他愛のないような話をしてナギは学校へと向かう。もののけとの戦いの不安な気持ちは少し軽くなっていった。
ーーーーーー
授業中。ナギはうとうとしていた。
(やばい…めちゃくちゃ眠い)
先生の一定のリズムでの口調は、疲れているナギにとっては心地よい子守唄に聞こえる。
(ダメダメ、寝ちゃダメ!)
授業中の居眠りはかなり厳しく指導される。あまりに続くと最悪退学になってしまう。ナギは思いっきり頬を叩き気合いを入れ直す。
(よし、頑張るぞ!)
「………」
そんなナギの様子を少し離れた後ろの席からサツキは心配そうに見ていた。
ーーーーー
授業が終わりお昼時間。サツキは一目散にナギのところへとむかった。
「ナギ!一緒に食べよう!」
「うん!食べよ食べよ!」
二人はお気に入りのグラウンドが見える小さなバルコニーのような場所に移動してお昼を食べ始める。いつものように何気ないおしゃべりをして。
「ってゆーかナギ、今日めっちゃ2時間目の授業寝そうになってたでしょ?」
サツキは揶揄うように笑って言った。
「えっ、バレちゃった?瞼と瞼がくっつきそうだったよ……」
「わかるよそりゃあこくこく首は動くし、急にほっぺ叩いたりして」
「えへへ。寝ちゃうとまずいからさ……」
ナギは笑って答える。サツキは本当のところ心の底から心配をしていたが、わざとふざけた感じで言った。その方が今のナギにはいいと思ったからだった。
「まぁ、次の英語は席近いから、寝そうになってたら思いっきり叩いて起こしてあげる!」
「そんなに叩かなくても起きるから大丈夫だよ!」
「いやいや、やっぱこう、思いっきり 」
サツキは何度も手を上下に動かし、素振りをしている。
「も〜叩くのが目的になってるよ!」
ナギはサツキと話す時間が大好きだ。気づけば自分の中の不安や怖さも、体の疲れさえもその間は忘れてしまっていた。もちろん、サツキも同じ気持ちだった。だからこそ、サツキはナギのことが心配でたまらないのだ。
ーーーーーーー
放課後、今日はサツキから早く帰って休んだ方がいいよと言われどこにも寄り道することなく家へと帰った。
「ただいま霞!」
「おかえりなさい、ナギ 」
霞が玄関の前まで歩いてきていた。
「あー、今日は疲れたな〜 」
ナギは玄関からゆっくりと、ソファへ体を預けた
「ナギ、回復の魔法をかけましょうか?」
「ううん。大丈夫!それに霞も、魔力結構使ったでしょ?」
「いえ、そこまでは。それに、私は休めば人間より早く自然治癒します」
「そうなんだ」
戦う時はナギは指輪の力で生み出した自分の魔力と、霞の魔力を使うことができる。ナギはまだ自分自身の魔力が少ないので霞の魔力を主に使っている。だが、戦闘中慌てていたりすると自分の魔力を使ったりしてしまい消耗してしまうのだ。
「ふぁ〜。ごめん霞、少し眠るね。アラームかけておくけど……もし止めたあと起きてなかったら起こしてくれない?」
「はい。わかりました 」
「あっ、もしもののけが現れたらすぐに起こしてね 」
そういうとナギはベッドに吸い込まれるように眠りについた。
「やはり、かなり疲れていますね……」
ナギの様子を見て霞は心配になった。
ーーーーーーー
ぴぴぴぴっ
アラームがなり、ナギはすぐに止めて起き上がる。
「……もうこんな時間になってる 」
目をこすりながらテーブルの方にいくと霞がテーブルをピカピカにしていた。
「おはようございます。疲れはとれましたか?」
「うん、気だるい感じはとれたかも 」
「それならよかったです 」
霞は優しく微笑みかけて言った。
「さ、ご飯にしよ!遅くなっちゃってごめんね 」
「いえ、全然大丈夫です 」
ナギはレトルトのカレーを温め、ホカホカのご飯の上にかけた。
「はい、お待たせ!」
「わぁ〜 」
霞は目をパチクリさせながらカレーを見ている。
「では、いただきます!」
霞はふーふーと息を吹きかけてカレーを食べる。いつも通りの満開の笑顔で。ご飯を食べている時、霞は普段とは比べものにならないほどに幸せそうな顔になる。
「はふっ、はふっ 」
気持ちのいいほどな幸せそうな食べっぷりにナギもいつも元気をもらっている。それを伝えると霞はきっと照れてしまいそうで、ナギはいつも黙って見ている。
「美味しい?」
「はい。とっても美味しいです 」
「ねぇ、私のも食べてみる?」
ナギは霞に自分のカレーの皿を近づける。
「何か違うのですか?」
「霞のは甘口、私のは中辛だから少し辛いんだよ 」
「辛い………… 」
霞はゴクリと唾を飲みこみ、ナギのお皿からカレーをすくう。
「……… 」
さっきまでの勢いが嘘のようにスプーンをじっと見つめている。よほど辛いのが苦手なんだろう。興味はあるが、手が動かない。
「無理には、大丈夫だよ 」
ナギが慌てて止めようとする。
「いえ、食べてみます!」
覚悟を決めた霞は勢いよくスプーンを口に運ぶ。口をもぐもぐとゆっくり動かした。
「……どう?」
「……美味しいです!」
霞は笑顔になっていた。
「よかった、辛いの苦手っていってたから。まぁ中辛くらいなら大丈夫だよね 」
「はい!これくらいの辛さなら大丈夫です 」
少し得意げな顔をしている霞にナギは流石に心配しすぎだったと思い、照れ笑いをした。自分のところに皿を戻して食べ始めようとすると霞の手が止まっていることに気づいた。
「霞……?」
すると、霞は慌てて麦茶を一気に飲み干した。
「か、辛いです。お、お水をもう少しもらえませんか?」
「う、うん 」
ナギは急いで麦茶を入れてコップを渡した。すぐに霞は一気に飲み干した。
「はぁ、はぁ、」
霞はよほど辛かったのか口を何度も仰いでいる。
ー辛すぎるものは苦手です
ナギはスーパーでのセリフを思い出してくすくす笑っていた。
(よほど辛いのは苦手なんだな……)
ナギは追加で麦茶をコップに注いで渡してあげた。