18.花衣
「はぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」
ナギは何度も鳳仙花で鬼へと接近を試みるも、あと一歩が足りず鬼へ刃が届かない。
「ナギ、大丈夫ですか?」
「だい……じょうぶ 」
ナギは連続で攻め入った反動でかなりの体力と魔力を消耗している。それに比べ、鬼は無限に近いほど蛾を飛ばしてくる。そのせいで回復する暇がなく、こちらはどんどんジリ貧になっていく。
「あと少しなのに」
「手数、威力が少し足りません。なんとかしなければ 」
そんな会話をしている最中も蛾がこちらに放たれる。
「もう……少しは、休ませて 」
ナギはもう何度目かわからないが、刀で次々と蛾を打ち払っていく。ただ、処理速度は回数を重ねるごとに落ちていく。好機が来る瞬間まで魔力を節約するために鳳仙花も使わずにその手一つで払っていく。刀を振るう腕はだんだんと重たく感じ、その隙に蛾が一気に押し寄せてくる。
「ぅぅっ。痛い 」
飛んできた蛾をなんとかすべて振り払った。だが、ナギは少しだけ傷を負っていた。
「ナギ…… 」
「はぁはぁはぁ…… 」
(やばい、そろそろ限界かも……)
ナギは疲労からだんだんと頭がぼんやりとしてきていて、あまり思考が回らなくなっていた。そんな様子を見て、霞は考えを巡りに巡らせた。なんとかナギを守る手段を考えようとした。
だが、焦れば焦るほど良い案がなかなか浮かばない。
(やはり、私一人では……)
霞はどんどん悲観的な方向へ引っ張られていく。
「諦めないから……絶対に……あいつを倒すよ、霞!」
「ナギ……。はい!私も、諦めません 」
疲労困憊のはずのナギの励ましの言葉に霞はもう一度奮起する。その時、一つだけ手段を思いついた。
(ですが、あれは仲間がいない状態だと……)
それは片隅にはずっとあったが避けていた手だった。
「霞……花衣使うね!」
「ですが、あれはナギに負担が…… 」
ナギの口からは霞の考えていた手段が出てきた。しかし、霞は何度か捨てていた手だった。
「大丈夫、やってみよう!それ以外……方法がないから 」
ナギの熱意に霞も決心を固めた。
「……わかりました。ですが三分咲きまでです」
「わかった!」
ふぅと息を吐き、覚悟を決めて刀を構える。
「行くよ、"花衣三分咲き"!」
ナギが力強く唱えると、ナギの魔法装束はきらりと薄桜色に光る。そして装束に描かれている蕾が少しだけ開花した。
花衣は一時的に使用した者の能力を高める。その割合を一分咲きから満開まで調整できる。花を咲かせるほど能力は高まるが、効果が切れた時の体への反動も大きくなる。
「ナギ、あまり時間はかけられません!一気に勝負を決めましょう。」
「うん!霞、形態変化!」
再び薙刀へ持ち変え、迫る蛾の群れへと突っ込んでいく。
「体がさっきより軽い……いくよ、"鳳仙花"!」
薙刀をくるくると回して、威力の上がった閃光と刃で次々に蛾を薙ぎ払っていく。
「この調子ならいけます 」
「うん。霞、一気に決めるよ!」
鬼の纏っている蛾をあらかた減らして鬼の体が見えてきた。鬼は雄叫びをあげて、再び蛾を纏おうとする。
「させないよ!霞!!」
「はい!任せてください 」
霞を再び刀へと変化させた。鞘へと納めて、椿の舞の構えに入る。花衣を発動している分溜めの時間も短くなっている。
「ナギ、今です!」
「"椿の舞"!」
蛾が集まってくる前に渾身の椿の舞を当てる。鬼は大きな断末魔をあげて倒れた。周りに飛んでいた蛾も一緒に消えていったのだった。
「ナギ!やりました、勝ちましたよ……!」
「うん……やっ……たね……かす……」
ナギはふらりとその場に倒れ込んだ。
「ナギ!!」
ナギを包んでいた薄桜色の光が消えて装束の花も蕾に戻っていた。霞は人の姿に戻りナギに話しかける。
「ははっ。ギリギリ……。流石に、もうヘロヘロだよ。花衣ってすごく疲れるんだね 」
ナギは霞の肩を借りて立ち上がって言った。
「いつも無理しすぎです 」
よろよろ立ち上がるナギを心配しつつも、少し頼もしさも感じていた。
「じゃあ、帰ろうか」
「……はい!」
二人は入り口に帰って行った。
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入り口についてもナギはまだ一人では立てなかった。
「ナギ、肩をお貸しします 」
「ありがとう、霞 」
霞の肩を借りて立ち上がった。
「三分咲きでもこんなに疲れちゃうなんて 」
「初めてでしたから仕方がないです。やはりしばらくは、花衣は最後の手段にしましょう。もし効果が切れてしまったら危険ですし 」
「そうだね。いつかは使いこなせるようにまた鍛錬、頑張るね!でも、なるべく使わないで済むもののけだったらいいな 」
「そうですね……」
霞の肩を借りながら歩いて帰る。体がいつもより重たくてしょうがなかったが、なんだか晴れやかな気分だった。
「霞……」
「どうしましたか、ナギ?」
霞が不思議そうな顔でナギを見る。
「やったね!!」
ナギは満面の笑顔を霞に向けた。
「はい!お疲れ様でした 」
霞も答えるように笑顔で。
「今日は、少し疲れたから作り置きを温め直して食べようね 」
「はい!私もお手伝いします 」
「ありがとう。あー早く帰ってご飯食べたいなー 」
「私もです 」
薄い月明かりに照らされた二人の足取りはいつもより軽かった。