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16.友達

常世の世界から帰還して、部屋に戻ったナギたちの空気は重い。もののけ達を打ち倒すことなく帰還してしまった無力さに、ナギの心は覆われていた。霞も同じような気持ちだった。


「霞……ごめんね。私、あんな小さなもののけに負けちゃうなんて……」


ナギは両足を抱えて膝に顔を埋めて泣いている。音のない部屋に、泣き声だけが響く。


「主人のせいではありません。主人は日々の戦いで疲労も蓄積していました。私が……もっと強くあればよかったんです 」


霞は泣くナギを慰める。主人にここまで負担を一人で抱えさせていることへの罪悪感と悔しさが心を噛んだ。

それは不思議でもあった。

霞にとって、主人と共にもののけを払うことはいつの間にか使命でしかないと思っていたからだ。今はなぜか目の前で泣いているナギの辛さを拭ってあげたいと思っていた。


「……みんながいてくれば……主人一人が抱える必要はないのに……。」

「……?」


霞は思わず小さな声が漏らした。


「みんなって?」


ナギがゆっくりと顔をあげて霞に聞くと、霞は慌てて口を両手で抑えた。


「………」


霞はナギに伝えるべきかを少したけ迷ったが、これ以上は隠す理由もないと口を開いた。


「私には……仲間がいるのです 」

「仲間……?」

「はい、皆それぞれ個性的な力を持っていて、互いの苦手なところを互いの得意なところで補い、数多のもののけ達を打ち倒してきたんです 」

「……」


ナギは静かに話を聞いていた。


「みんな、すごく頼りになります。私の力が通じないような苦しい戦いでも力を合わせれば絶対に勝てるって。みんなとずっと鍛錬してきたので、自分の力と同じくらいに信頼できました 」


霞は小刻みに震えている。


「大切な……仲間なんだね…… 」

「はい。ずっと一緒に戦ってきましたから。それに、戦いがない時はいつも笑っておしゃべりしたりして楽しかったんですよ。現世の世界に来る前も来てからもみんなが集まれば……いつも賑やかで……辛いことも忘れられました」


霞は遠くを眺め、その目には雫が溜まってきていた。


「みんなは、今どこにいるの?」


ナギは恐る恐る気になることを聞いた。


「……わかりません。邪鬼を倒した後、一緒にあの祠の前で眠りについたとは思うのですが、それ以後のことはあまり。目覚めたのはなぜか私だけのようで」


ナギはこれまでの霞の言動を思い出す。


ー一人ですか?

ーそれに、その時は……


最初に会った時、邪鬼を倒した時のこと、弱点に対する対処法のこと。それぞれの時に何か含んだような言い方だったのは、全て"仲間"がいたということを隠すためだった。


「みんながいてくれれば主人が一人で使命背負う必要もないはずです。それに、あんなもののけなどに遅れはとりません」

「霞……」

「なぜ……私だけなのでしょうか。どうして。私が知らない間にみんなに何かあったのでしょうか?みんなになにかあったら私……」


霞は何か堰がはずれたように、涙が吹き出していく。


「どうして、今まで黙っていたの?」

「……こんなことを言ってしまえば、主人が不安に感じてしまうのではないかと。すみません 」

「……… 」

「私一人では、対処に限界があって、主人一人に負担が……。力が及ばずに上手く戦えないこともあって、それに……。えっと、あの、すみません。私が……もっと強ければ……主人の前でこんな情けない顔を見せてしまうなんて……」


霞の言葉は途切れ途切れで、普段の霞の言葉にはないほど感情がこもっていてナギは驚いた。

霞は、いつも自分を隠しながら会話をしていた。ナギに感情なんてほとんど見せたことがない。みんなのことを思い出して感情を抑えることが出来なくなってしまった。


「霞。ごめんね、色々と抱え込ませてたんだね 」


ナギは落ち着けようと、霞の背中を優しく摩ってあげた。


「い、いえ。主人。取り乱してしまい申し訳ありません 」


霞は袖で涙を拭いていつもの業務的な顔に少しだけ戻った。ナギはそんな霞を小さく笑って見つめる。


「私、実をいうとなんで私だけが全部背負わされなきゃいけないのかなって。怖いし、嫌だな〜って思うことも時々あったんだ」


ナギは、霞に真っ直ぐに伝える。


「でも、霞が一緒にいてくれたからここまで頑張ってこれたんだよ!」


ナギはぴょこんとジャンプして立ち上がる。


「だからさ、霞。今度は私が、霞の辛いとか寂しいとか一緒に背負える分は背負うよ。だって、私は霞の主人なんだもん!」


握り拳を自分の胸にとんと軽く叩いてナギが少し戯けるように言った。それはナギなりの決心だった。


「主人……」

「私、もっと強くなって頑張るよ!だから、霞。あんまり心配しすぎないで大丈夫だよ」


ニコリとナギは笑っていた。


「主人……。ありがとうございます。私も主人に尽力をいたします 」


霞は立ち上がり深く一礼をした。霞はなんだかとても嬉しくて、自然と笑顔になる。その表情をナギに見せるのが少しだけ恥ずかしくて、なかなか顔をあげられなかった。


「ふふっ、ありがとう霞。じゃあさ、早速一ついい?」

「はい。何なりと 」


霞の顔はいつもより、少しだけ声も表情も柔らかい。


「友達になろう!」

「……はい?」


霞は、突然のナギの提案の意味がわからず、首を傾げた。


「あのね、私は友達だってずっと思ってるんだけどさ、そのーえっと……なんだか主人〜とかだとよそよそしい感じがして。できればさ、もっと仲良くなりたいから名前とかで呼んでほしいかな 」


ナギは少し照れくさそうに頬をかきながら言った。ナギがずっと霞に言いたかった本音だった。


「……えっと、その 」


霞は戸惑い、どう答えていいか言葉に詰まっていた。


「な、なんでもないよ。ご、ごめんね急になんか馴れ馴れしくて。霞は……」

「いいのですか?」


ナギの話を、霞が少し食い気味に遮った。


「えっ?」

「本当に私なんかが、お友達になっても良いのですか?私はただもののけを倒すための道具なんですよ」


霞は迷っていた。自分は道具でしかないと、霞はいつの間にか決めつけ、縛りつけていたからだ。


「さっきも言ったでしょ?私は霞のこともうとっくに友達だって思ってるって!」

「……」


霞は目を見開いて、ナギを見つめる。


ーーー私たちは所詮、刀であり、主人たちからすればただの道具でしかありません。なので、使命を果たすこと以外は何も考えず何も望む必要はないのです。


辛くて、痛い記憶。霞は自分に催眠術をかけるようにそう思うようにしていた。だが、ナギと過ごすようになってからは毎日が楽しくて、心のどこかでずっと一緒にいたいと思うようになっていた。

だからこそ今、目の前で差し伸べられている手が嬉しかった。自分を隠す必要もない。


「……ありがとうございます。改めてよろしくお願いしますね、ナギ!」


霞はいつもの作られた業務的な顔ではなく、本当の自分で笑っていた。

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