15.守りたいから
「んー!終わった〜!」
「終わったね〜!」
模試の全ての科目が終わったナギ達はいつものカフェで開放感に満ち溢れていた。
「ナギのおかげでなんとか大丈夫そう。本当ありがとう 」
「ふふっ。感謝してくれていいんだよ 」
「ははぁ。ナギ様 」
「お礼はケーキバイキングでいいぞよ!」
「もちろんです、仰せのままに」
二人は急にバカバカしくなり顔を合わせて笑いはじめた。
「はぁ、面白い。とりあえず今日は勉強休みにしよーっと!」
「そうだね。私も今日はゆっくり眠ることにする 」
ナギはそう言いながら大きな欠伸をした。
「そうしなって!ナギも珍しく徹夜したでしょ?」
「アハハ……
実はもののけ退治が忙しくナギは普段はあまりしない徹夜勉強をしていた。その疲労を出さないようにしていたつもりだが、サツキにはお見通しだった。
「ゆっくり休める時に休まないと!体調崩しちゃうよ!」
「ありがとう、サツキ」
サツキの優しさが、ナギは嬉しくて頷く。友達と過ごす時間は本当に疲れさえも忘れさせてくれる。
「体調不良といえば、ちょっと前に言ってた河川敷の体調不良になるって噂、最近聞かなくなったよねー 」
「あー……。そうだね 」
ナギがもののけを打ち倒して解決したのでナギはもちろん知っている。
「ま、多分ウワサに尾鰭がついて大袈裟になった感じだろうね 」
「そ、そうだね〜 」
もののけを退治していることはサツキには秘密なのでストローを加えてジュースを飲み、適当にはぐらかす。
「ね、霞さんは元気?」
サツキが思い出したように、ストローをくるくる回しながら聞いてきた。
「霞?あー……うん、元気だよ 」
「模試も終わったし、今度の休みにでも遊びに行ってもいい?」
無邪気に聞いてくるサツキに、ナギは目を泳がせながら答えた。
「うん……。いいけど霞の休みは平日だったりするからいない日とかもあるかも……」
「あーそーなんだ 」
ナギはなるべく霞にサツキを会わせたくない。長い時間話すと、色々とボロがでそうだからだ。
「まぁ、社会人だと色々と忙しいだろうししょうがないよね」
「うん。ごめんね!」
「大丈夫大丈夫!気にしないで 」
なんとか誤魔化して、またいつも通りのおしゃべりの時間が始まる。
「でさ、その時もう眠りそうで……」
「やばいやばい、それ」
心から楽しい時間がもう少しだけ続くとナギは疑うことすらもしていなかった。
「あっ………」
その時間に終わりを告げるように、ナギの頭に嫌な気が流れてきた。
「ん?どうしたの?ナギ 」
「その、えーーっと」
ナギは言い訳を考える。ここ最近はサツキと一緒にいる時にもののけが現れることが増え、急に帰っていたのでそろそろ言い訳のパターンが思いつかない。バツの悪そうに目線を下に落としていると、サツキが口を開いた。
「……用事でしょ? 大丈夫だよ、気にしないで 」
サツキは笑ってはいるが、どこか寂しそうな表情だった。その笑顔がナギの胸をキリキリと締め付けた。
「うん……ほんと、ごめんねサツキ 」
「謝んないでいいよ、また、明日ね 」
ナギは胸が苦しくなりながら外へ出ていく。ナギにとってサツキと過ごす時間は何よりも楽しい時間。だが、もののけと戦うようになってその時間はだんだんと短くなっていた。
それでも、ナギは戦うことをやめなかった。もののけによって現世の世界が終わってしまえば何もかもなくなってしまうから。
「ナギ、最近どうしちゃったんだろう。」
サツキはコップの中の溶ける氷を見ながらポツリと呟いた。
ーーーーーーーーーー
霞と合流し、常世の世界に入るナギ。その表情はどこか暗いまま。
「主人、大丈夫ですか?」
「えっ、あっうん大丈夫大丈夫。準備しないとね、"魔装"!」
笑顔を取り繕ったナギは高らかに叫び、魔法装束に身を包む。
少し歩いたところで、たくさんのもののけの気配を感じ取った。
「来る!
目の前から蝶や小さな虫のようなもののけたちがたくさん飛んできた。
「ちょっと数が多い……!霞、形態変化!」
武器を刀から薙刀へと変化させて一気に切り込む。長いリーチを生かして、どんどんと攻めていき、もののけたちを徐々に押し、数を減らしていく。
だが、飛ぶもののけたちの輪を押しのけて、犬のようなもののけが一匹、ナギの腕に噛みついた。
「痛っ……」
ナギは腕を抑えながら後ろに連続で宙返りをし、その場から離れる。
「主人、大丈夫ですか?」
「うん、これくらい平気 」
ナギはすぐさま自分で回復魔法をかける。何度も経験を重ねることで、自分でも簡単な回復魔法を使えるようになっていた。
ナギは体勢を立て直して、再び刀を構える。その時ふらりと体が揺れて、思わず膝をついた。体が上手く動かず、視界もぼやけ息も苦しい。
「あ……れ……?どうしたんだろう?」
「まさか……。主人、あのもののけの牙には毒があるようです 」
「毒……?」
「すぐに解毒しなければ!今、解毒をします 」
霞は急いで人の姿に戻り、ナギの解毒を行おうとする。
「待って、くる!」
勢いよく突進してくる、イノシシのようなもののけをナギはあまり自由のきかない体でなんとか避ける。だが、もう1匹の追撃は避けられない。刀でなんとか受け止めるが踏ん張りがきかず、弾き飛ばされる。
「はぁ、はぁ 」
ナギはさっきよりもずっと息が荒くなっていく。真っ直ぐ立つことすらままならず、構えるその手も覚束ない。
「主人、すぐ解毒を!」
「回復に充てる……時間が……ないよ。だから……早く決め……る……から回復お願い 」
ナギは乱れている呼吸でそう告げると、最後の力を振り絞り、もののけたちに走りだす。
「たぁー!」
素早く横へ薙ぎ払い、相手が避けるスペースをなくす。イノシシのようなもののけ達にに刃が直撃して、なんとか倒した。
「はぁ……はぁ、はぁ、はぁはぁ 」
ナギは顔色が真っ青で、呼吸もどんどんと浅くなってそのまま地面に倒れ込んでしまった。
「主人!すぐに解毒と回復を」
霞が人の姿に戻りナギへと魔法をかける。少しずつ、少しずつ顔色もよくなり呼吸も落ち着いていった。
「ありがとう、霞 」
ナギが消え入りそうな弱々しい声で呟いた。
「無茶がすぎます……。なぜここまで 」
「私世界がなくなるの嫌だもん。学校に行ってサツキやみんなと笑って過ごす時間が好きだから。だから、私は絶対に負けないよ」
「主人…… 」
「それに、これは私にしかできないことなんでしょ?だったら弱音なんて吐いてられないよ」
ナギの純粋で真っ直ぐな笑顔は霞の胸を刺した。こんなにも優しくて真っ直ぐな主人に、大きな荷をたった一人で背負わせてしまっている無力さと自分の情けなさ。それは使命だけではない初めて抱いた純粋な霞の気持ちだった。
「本当に、すみません。私の力不足で本当に……」
「霞のせいじゃないよ。ほら!お陰で動けるようになったし体も大分軽くなったよ 」
ナギは立ち上がりぴょんぴょんと飛んで見せる。空元気なのは見るに明らかだった。
(主人、まだ体が重いはずなのに……私を心配させないように無理を……)
解毒し、回復魔法をかけたとはいえ全く疲労がないはずはない。
「……主人、一度引きましょう 」
「えっ……?でも、まだ中に。早くしないとまた外にまで邪気が 」
「少しですが、辺りのもののけを打ち払いました。1日であれば外への影響を与えるほどの邪気は発生しないはずです」
「でも……」
ナギは必死に食い下がる。霞は目を伏せながら首を横に振った。
「主人は今、体力も魔力もかなり消耗しています。そんな状態ではこの奥のもののけに勝てるかどうか 」
「………」
「お願いです。回復をした状態でまたきましょう。主人、無理をしてここで終わっては元も子もないです 」
霞は珍しく大きな声で、懇願する。初めて見る霞の姿にナギは驚いた。
「……わかった。1回帰ろっか 」
ナギは悔しそうに呟く。二人は悔しさと無力さの中、常世の世界から帰っていった。
その足取りは重い。それは疲労のせいだけではなかった。




