13.形態変化
放課後、二人はクッキーを食べながらサツキの部屋で試験勉強をしていた。
「はぁ………本当数学は苦手だな 」
「私も得意な方ではないかな 」
サツキは苦手な数学に文字通り頭を抱える。試験の前はいつもこうやって二人で勉強をしている。サツキは勉強よりも運動の方が得意なので、勉強に関してはナギが教えてもらっていた。そのおかげでサツキは追試になったことがない。
「ほんといつもありがとね、ナギ。いつも付き合ってもらって 」
「ううん。教えたほうが頭に入りやすいから 」
「はぁ、ほんと神様仏様ナギ様だね 」
「大袈裟。さ、頑張ってご褒美ケーキバイキングだよ!」
「おー!」
サツキは手を上に突き上げた。サツキの変わらない明るさに、ナギはいつも励まされる。この時は、使命も忘れて普通の学生生活をしていた頃に戻っていた。
その時、ナギは頭に嫌な気が流れた。
「これって……」
「ん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない。えっと、ごめんサツキ。ちょっと今日用事があるから帰らなきゃ 」
ナギは慌てて言い訳した。もう何回も使い古した言い訳だ。
「また用事?なんだか最近忙しそうだね。わかった今日はありがと、また明日学校でね!」
「うん……またね!」
サツキの笑顔を背中にナギは部屋から飛び出した。
サツキのその笑顔はいつもと変わらず明るく優しくて、胸がチクリと痛んだ。
「……」
ナギの出ていった部屋で、サツキは窓の外を少しだけ寂しそうに見つめていた。
「ナギ、大丈夫かな?」
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サツキの部屋から飛び出したナギは、気配のする方へ急いで向かっていった。
「霞!」
「主人、この辺りのようです 」
霞はひと足先に着いていて、いつも通りの表情の読みづらい業務的な顔で待っていた。
「遅くなっちゃってごめんね!」
ナギはそれなりの距離を急いで走ってきたので、肩で息をしていた。
「いえ、大丈夫です。行きましょう 」
「うん。急ごう!」
ナギは強い気配がする方に指輪を向ける。現れた禍々しい渦の中に歩き出し、常世の世界へと再び足を踏み入れた。
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常世の世界は、淀んだ黒紫色の不気味な空、あちらこちらに捻じ曲がった木々が生えている。生ぬるい風が吹いていて、気色の悪い感触が頬を撫でる。
「何度来てもなれないなぁ 」
「大丈夫です。いつも通りに」
「うん、わかった。"魔装"」
ナギは桜の花が舞い散る光に包まれる。光の中でナギは魔法装束へと変わっていくと共に、体に力が溢れて、ちょっとだけ自信も湧いてくる。
完全に魔法装束に身を包まれると、霞は小さく会釈をして刀へと姿を変えた。
「力を貸してね、霞」
「もちろんです。それが使命ですので」
業務的にそう言う霞を鞘へと戻し、ナギは常世の世界の奥へと進んで行った。
しばらくすると、奥の方から小さな物音が少しずつ近づいてくるのを感じ、ナギは身構える。
すると小さなもののけたちがたくさん現れ、襲ってきた。
「来た」
「主人、構えてください!」
「うん
ナギは霞を構えてもののけに斬りかかる。今回は見た限り炎を扱いそうなもののけはいない。こういう相手ならば、落ち着いて処理をしていけば負けることはない。
ナギは鍛錬を思い出しながら、鋭い動きでもののけをしっかり片付けいていく。
「主人、流石です 」
「鍛錬の成果だよ」
鍛錬を重ねて、ナギは自信が動きにも少しずつ現れてきていた。
「主人、今回は大きいのが来ます。警戒を 」
「うん。大丈夫油断しないよ 」
ナギはもう一度気を引き締める、奥の闇を見つめる。
響くような足音と共に現れたのはナギの2倍くらいの大きさで、長い棒を持っている一つ目の鬼だった。鼻息は荒く、風圧がナギを襲う。
その大きな相手に、ナギは思わず、構える腕が少しだけ震えそうになる。
「うぅ、大きい 」
「大丈夫です。落ち着いて立ち回りましょう 」
ナギは恐怖心を落ち着けるために、大きく深呼吸をした。腕の震えが止まり、ナギは力強く構えた。
「はぁ!」
ナギは距離を詰めて、素早く刀で斬りかかる。だが、鬼は手に持ったその大きな棒を振り回し、ナギを吹き飛ばした。
「きゃっ 」
鬼は雄叫びをあげ、体勢を崩したナギに棒を叩きつけた。ナギはギリギリ反応し、転がり間一髪で避けることができた。
すぐさま立ち上がり、ナギは刀で素早く鬼へと反撃をする。だが、皮膚が硬く鬼はあまりダメージを受けていない。
「頑丈だな……しかも棒が長くて近づきづらいし」
「主人、あぁいう相手にこそ、あの形態が役に立ちます 」
「そうだね、行くよ。霞、"形態変化" 」
ナギが高らかに叫ぶと、霞は刀から薙刀へと姿を変化させた。
「この姿で戦うのは久しぶりです 」
「そうなんだ。薙刀での初陣、いくよ!」
ナギは週末の鍛錬で霞の形態変化について霞に教わっていた。霞は普段の刀と薙刀、二つの姿を持っている。それぞれ長所と短所があり、相手によって姿を使い分けて戦うことが今後のもののけへの対策に繋がる。今回のようなリーチの長い相手には薙刀のように攻撃範囲が広い武器が対処しやすい。薙刀での戦い方は週末の鍛錬で動き方は何度も確認済みだった。
「これなら、どう?」
薙刀を構え、ナギは鬼へと近づく。さっきよりも遠くから強い攻撃を叩き込めるため、隙をこちらは見せづらい。だが、連続で攻撃を仕掛けているものの、鬼はなかなか倒れない。
「主人、確かに効いています!」
「うん、そろそろ決めよう 」
霞の言う通り鬼は、動きが緩慢になり始め、足もフラフラとし始めているのが見てとれた。
「はぁーーー 」
ナギは薙刀を頭上に構え、魔力を込めた。
「これで終わらせるよ!」
魔力を込めた薙刀の刃は橙色の光を帯びる。ぐるぐると回すと、その光が火花のように弾け飛び、閃光となって放たれていく。
「"鳳仙花"!!!!」
弾け飛んでいく閃光で鬼を牽制しつつ、距離を詰める。その回転の動きに合わせて、螺旋状に連続で薙刀で斬りつける。鬼は棒で防ごうとするが先に飛ばした閃光で動きを抑制されて上手く動くことができない。棒を地面に落とし、無防備になったところに、ナギは薙刀のさらに魔力を込めた連続攻撃を叩き込む。
「がぁぁぁー」
鬼は常世の世界に低く大きな断末魔を響かせて、消えていった。
「やった!
「主人、お疲れ様です 」
「うん、薙刀での戦いも上手くいってよかった、色々教えてくれてありがとね、霞」
「いえ、これは主人の鍛錬の成果です。今後も上手く私の姿を使い分けて戦ってください 」
ナギは新しい戦い方が上手く行った満足感を胸いっぱいに抱いて、常世の世界から帰還した。
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足元に慣れ親しんだ現世の草の感触が広がる。
元の世界に帰ってきたと安心して、ナギは思いっきり伸びをした。
「帰りに少し買いものをしていこっか 」
「承知しました。では、行きましょう 」
ナギの提案に、霞は業務的に軽く会釈し、二人はスーパーへ向かい歩き出した。
「あれ?ナギ?」
スーパーへ向かうための近道の角を曲がると、そこにはサツキが立っていた。




