10.プレゼント
ナギは霞と歩き、いつも通っているスーパーへ。
「ここが、スーパーマーケット。大体はここでお買い物をするんだよ!」
霞は目線を上げて目をパチクリさせて、口をぽかんと開けている。
「ほら、いこう!」
「は、はい 」
ナギがすたすたと入っていく。後ろでは自動ドアが勝手に開く様子に、霞はびくりとしながらついてきていた。
「わぁ…………」
霞は、珍しくずっとぽかんと口を開けて、その景色に見入っている。
「こういうところ来るのは初めて?」
「は、はい。以前は現世にきた時には、このような場所はなかったので 」
「そうなんだ!じゃあ霞の反応も楽しみながら回ろーっと 」
店内を歩いている間、霞は口をぽかんと開けたままだった。その様子が、ナギにはなんだか面白かった。ナギは時折見せる霞の業務的な部分以外の顔が見られることが嬉しかった。目の前の霞こそが本来の霞の姿な気がして。
「そうだ!霞は苦手な食べものとかある?」
「……えっと 」
「遠慮しないで、素直に言ってくれたほうが助かるから 」
霞は遠慮しているのか、少しもじもじとしている。
「……辛すぎるものは苦手です 」
霞は秘密を打ち明けるように、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で言った。
「辛すぎるものだね……わかった。私も辛いのはそんなに得意じゃないからよかった。逆に好きなものは?」
「えっと、それ以外のものは大抵好きです。しいていうならその……甘いものが好きです」
霞はすごく照れくさそうで、申し訳なさそうな顔をしている。
「ふふっ。わかった、じゃあお菓子も買おうね 」
ナギはいくつか甘いお菓子もカゴに入れ、レジに並んだ。
「主人、お荷物お持ち致します 」
「大丈夫だよ 」
「鍛錬しているので力はある方なんです 」
霞が自信ありげに腕を曲げて主張してきた。
「そうなんだ…。じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな 」
レジでお金を払って外へ出た。言葉の通り、食材のいっぱい入った鞄を軽々と霞は持っている。
「霞、重くない?」
「いえ、問題ありません」
ナギは霞の頼もしさに感心していた。その一方で悩みの種である、鞄の中にある巾着を見ていた。
(流石に使いづらいよな〜)
ナギは結局その中のお金には一切手をつけずに買い物していた。霞は謝礼金と言っていたが、どうしたものかと考えていた。
「ん〜 」
ナギが考えながら歩いていると、ふと霞が横にいないことに気がつく。振り返ると霞が立ち止まって、何かを見ている。
そっと近づくと霞は雑貨店の前にあるテーブルに並べられた花の髪飾りをじっと見ていた。
「かーすみ!」
少し戯けてナギは話しかけた。
「はっ。す、すみません 」
「ふふっ。これが欲しいの?」
ナギは霞がじっと見ていた髪飾りを手にとり、霞に見せた。
「い、いえ大丈夫です。行きましょう。主人 」
霞はすぐに立ち去ろうとした。
「待って。ほら!」
ナギは霞の手を掴み引き止め、頭に髪飾りを当てて鏡を見せてあげた。
「ほら、見てごらん霞 」
「わー……… 」
霞は目をキラキラと輝かせて鏡を見ている。口も開きっぱなしなほどに髪飾りに夢中だ。
「すごくかわい…… 」
霞は漏れ出た本音を隠すために慌てて口を抑えた。
「買って帰ろっか 」
「いえ……本当に大丈夫です 」
「本当に?」
髪飾りをテーブルに戻して霞は黙っている。その目線はチラチラと髪飾りを見ていた。
「……私が何かを求める必要は」
霞は小さな声で呟いた。霞が作りあげた本音だった。
「霞、あんまり無理に自分を押し殺す必要はないよ?」
「主人……」
霞は真っ直ぐにナギの目を見つめる。前の主人とは違って、ナギはとても優しい目をしていた。
「これが好き、とかこれがしたいとか言ってくれた方が楽しいよ!まぁ、無理な時は無理って言っちゃうけど……。と、とにかく……私、霞ともっと仲良くなりたいんだ 」
ナギは、満面の笑顔で素直な気持ちを伝える。ナギはせっかく霞と一緒に暮らすことになったのに、業務的な会話だけでは少し寂しく感じていた。
「……… 」
霞は迷っていた。自分はあくまで使命を果たすためだけに存在している。それが故、自分が何かを求めることに対して異常な拒否感があった。
♢♢♢
「あんたはあれと戦うことだけ考えていればいいの!他のことは何も考えない、わかるね?」
♢♢♢
霞は過去の経験が余計にその気持ちを助長する。霞は髪飾りを諦めることにした。
「主人、やっぱり私は…….」
「はい!これ 」
霞の頭に髪飾りをつけた。
「これは、私からのプレゼントだよ!」
ナギは霞が考えている間に髪飾りを買っていた。きっと霞の返答は、買わないというのはわかっていたからだ。
「主人……」
「とっても似合ってるよ 」
ナギから髪飾りを受け取り頭につけて鏡を見ると、欲しかった可愛い花の髪飾りが自分の頭についていた。心が明るい気持ちで満たされていく。
「ありがとう………ございます 」
霞は言葉を震わせ、嬉しくて涙を流していた。初めて現世の人間に受け入れてもらえた気がして。
「大事にしますね 」
「ふふふっ。喜んでもらえて嬉しい 」
ナギは少しだけ霞と仲良くなれた気がして嬉しかった。このまま楽しい時間が流れて行けばいいと思っていた。
「はっ 」
突然ナギは頭に何か嫌な気が流れ込んでくるのを感じた。
「これってもしかして…… 」
「はい。もののけの気配です。主人!」
「う、うん。荷物を置いてすぐに向かおう!」
ナギは急いで部屋へと帰り、荷物を置いた。そしてすぐさま気配のする方へ急いだ。