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104.回復しない体調

その日の朝、霞はいつも通りベニちゃんとシロちゃんに水やりをした後しゃがんで話しかけていた。

「ベニちゃん、シロちゃん。今日も一日頑張りましょうね。また午後にご飯の時間までは、日向ぼっこをしていてくださいね」

二人に笑いかけるその笑顔は、いつもよりどこか弱々しかった。ここのところ、どうしようもない体調不良続いている。そのせいでナギに必要以上に心配をかけていることも霞は辛かった。

今は、できる限り十六夜からもらった薬と睡眠で回復に務めている。それでもなかなか万全には戻ってはくれない。

「さて、そろそろ鍛錬の……」

立ち上がろうとした時、ふらりと視界がぐにゃりと曲がり倒れそうになる。なんとか手すりを掴み、体勢は保つことができたが、その拍子にベニちゃんの植木鉢を蹴ってしまった。

「ベニちゃん!大丈夫ですか?」

慌ててベニちゃんの様子を確認する霞。幸い軽く鉢に当たっただけだったので、ベニちゃんには何の影響もなかった。

「はぁ……よかったです。ごめんなさい、ベニちゃん」

霞は安堵してベニちゃんの周りを撫でる。

自分の体調不良のせいでベニちゃんを傷つけそうになってしまった。その事実が、霞の頭に不安の影を巡らせる。


ーこんな状態で、もののけと戦えるのか


ナギをしっかりと守れないかもしれない、そんな不安が霞の心をきゅっと苦しめる。

「……いえ、不安になっていてはダメです。もう少し休めばきっといつも通りに……」

霞はそう自分に言い聞かせるようにはっきりと呟き、今度は慎重に立ち上がり道場へと向かった。


――――

道場に入ると、十六夜が欠伸をしながら道場の壁にもたれかかって座っていた。

「今日は少し遅かったね」

「はい、ついベニちゃんたちと話すぎてしまいました」

霞は半開きの瞼で笑ってそう答えた。十六夜はその様子から霞が万全ではないことを悟った。

「では、始めましょうか」

霞は油断するとすぐに転んでしまいそうな足取りで、竹刀を取り、素振りを始めようとしている。

「無理するんじゃないよ。そんな状態じゃ……」

「昨日も鍛錬を休んだんです。何日も休んでいては、体が鈍ってしまいます」

「それは、そうだけどさ……」

十六夜が止めるのもお構いなしに、霞は素振りを始める。その太刀筋は、いつもの霞からは想像できないほどに軸はブレ、勢いもキレもなかった。

「はぁ……はぁ……」

少し動いただけの霞はすでに息が上がっている。霞はそんな自分の状態に、焦りと苛立ちを覚えていた。

「なぁ、もうやめな。そんな状態でやったところで意味はないだろ」

十六夜が流石に見るに耐えられなくなり、霞の手を掴み止めようとした。霞はそれを振り払い、唇を噛みながら素振りを続行する。

「嫌です。私たち刀は主人を守らないと……」

「だからこそだろ?あんたの今の状態、とても戦える状況じゃ……」

その一言に、霞は手を止めた。小さく体を震わせながら小さな声で呟いた。

「なら、どうしたらいいんですか?」

情けなさ、悔しさ、焦る気持ち。そんな感情がどんどんと溢れ出す。

「体を整えることも、鍛錬で強くなることもできない。私は、どうしたらいいんですか!!!」

霞の涙まじりの叫び声は道場に響き渡った。十六夜は返す言葉が見つからなかった。霞の気持ちは痛いほどにわかったからだ。益々強くなるであろうもののけに対しての焦り、自分の体調の不安。そして、ナギへ心配をかけているという情けなさ。全てが霞の心をきりきりと苦しめる。

「……悪いね、こんな時に力になってやれなくて」

十六夜もそんな霞に何もしてあげられないことにひどく心を痛めていた。

「……とにかく、今日は体を休めな。お願いだから」

「ですが、それでは……」

「まずは、少しでも万全になることの方がよほど大事だ。動かなくなったら、それこそナギを守れないだろ」

十六夜が腕を組みながら、ナギの名前を借りて少し厳しい口調で言う。そうでもしないと、霞は絶対に言うことを聞かないと思ったからだ。

案の定、効果はあったようで霞は落ち着き口を噤んだ。

「反応が小さいもののけの時は私とサツキの方がなるべく片付けるようにして、あんたたちの負担を減らしてやるから安心しな」

「ですが、それでは十六夜とサツキちゃんが……」

「二人いるんだ。どっちかがまずい時はどっちかが助ける。そんなもんだろ?」

十六夜がわざと揶揄うように肩をすくめながらいう。霞は十六夜の気持ちを受け取り、頷いた。

「……わかりました。ですが、私のことばかり気をつかわないで大丈夫ですから」

「はいはい。前にも言ったと思うけど、本当にまずい時は必ず言いなよ。あの二人に言いたくないならせめて私には」

打って変わって真剣な眼差しで霞を見つめる。

「……はい。万全に戻った時は絶対に……」

「まったく、そういう重っ苦しい約束はいちいちいらないよ。さっきも言ったけど、私らは仲間だ。助け合うのは当然ってもんさ」

わざとらしくウインクをする十六夜に、霞は思わずふっと笑ってしまった。

「ふふっ、そうですね。……仲間がいるのは心強いです」

霞は、改めて十六夜がいることの嬉しさと頼もしさを感じながらそう呟いた。

「さてと、さっさと部屋に帰って寝てな。釘を刺すようだが勝手に鍛錬はするんじゃないよ、いいね?」

霞は何も言わずに頷き、道場を後にした。霞が帰ったのを見届けると、十六夜も道場を後にした。

いつもなら竹刀のぶつかり合う音が響く道場は今日はいつにもないほどに静かだった。

――――


十六夜は、自分たちが眠っていたあの祠へとやってきていた。

「まったく……」

霞の体調がなかなか戻らないと言っていたあの日から十六夜は毎日通っている。

もしかしたら、葵が現れるのではないかと淡い期待を心に抱いて。

「いつまで寝てるんだい、葵」

ポツリと呟いたその小さな声は願いにも似ていた。

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