102.勝利と達成感
蟹のもののけが消えた後、ナギとサツキはそこに残された二つの魔力の余韻の前でただじっと見つめていた。
人の姿に戻った霞と十六夜も、同じように驚きに満ちた顔で見つめている。
「できた……」
喜びを含んだ小さな声がナギの口から溢れた。
「できたんだ、やったやった!ナギ」
サツキが走ってナギの方に嬉しそうにやってきた。
お互い両手を合わせてその場でぴょんぴょんと弾むように跳ねる。
「夜桜連斬……できちゃった」
「そうそう、私たちやればできるんだよ」
二人のそんな様子を霞と十六夜は見守っていた。
「まさか、本番でいきなり決めるなんてね」
「ふふっ、私もびっくりしました。……でも、きっと二人ならできると思ってはいましたよ私は」
目の前で喜び合う二人。お互いのことを大切に思い合う二人だからこそ難しい連携技をも完成させることができた。霞はそんな風に感じていた。
「ま、サツキのことだから偶然かもしれないけどね」
十六夜はわざと肩をすくめて揶揄うように言った。
「素直じゃないですね、十六夜は」
十六夜も言葉とは裏腹に目まぐるしく成長する二人の成長速度には目を見張るものがあった。
「ほんと、いつも予想外のことをしてくれる面白い子だ」
「何か言いましたか?十六夜」
「別に……なんでもないよ」
十六夜はゆっくりと二人の方へと近づいた。
「へへん、これで徒花だろうが邪鬼だろうが怖くないもんね」
サツキは力強く拳を突き上げた。
「まったく、調子がいいね」
「何?十六夜、少しは褒めてくれてもいいじゃん。だってだって、連携技ができたんだよ」
大袈裟なほどに頬を膨らませて十六夜を睨む、少し子供っぽい姿に、十六夜はとうとう堪え切れずに吹き出した。
「はいはい。まさかいきなりできるとは思わなかったよ。やるじゃないか、サツキ」
「でしょでしょ?」
サツキは満足げに頷いた。
だが、次の瞬間ふっと力が抜けたようにサツキは地面に仰向けに倒れ込んだ。
「サツキ!?」
ナギと十六夜は慌てて顔を覗き込む。
「はぁ、疲れた……」
ふにゃりとしたサツキの顔に、二人は少し安堵した。
「今日はたくさん分身出してたもんねサツキ」
「うん……術をこんなに連続で使ったことなかったからさ……体は割と元気なんだけど、なんだか体が重たいんだ」
サツキはむくりと起き上がって欠伸をし、少し眠たそうな目で十六夜の方へと視線を向けた。
「十六夜は大丈夫?私結構、十六夜の魔力も使っちゃったから」
「私かい?心配はいらないよ、これくらいは使ったうちにも入らないからね」
「そっか、ならよかった」
サツキは少しだけ安心したようで笑顔になり、十六夜もそれに答えるように微笑んだ。
「ねぇ、霞は大丈夫?さっき苦しそうだったけど」
「私は大丈夫です、ナギ」
霞は柔らかい表情でそう答えたが、瞼も重たそうで明らかに疲労が見て取れた。その様子を見てナギは自然と表情が沈んでしまった。
「ナギの方こそお疲れではありませんか?今、回復しますね」
霞はナギが元気がないと思い、両手を前に出して回復魔法の準備をする。
「あ……大丈夫だよ霞!私、今日は意外と元気だから」
「ですが、花衣も長い時間使っていましたし」
「大丈夫大丈夫、ほら!」
ナギはその場で跳ねたり大袈裟に腕を回したりして元気であるように見せた。
本当のところ、花衣の反動も相まって体は少し重たい。それでも霞が明らかに疲れているので無理はさせたくなかったのだ。
「わかりました……。サツキちゃんは大丈夫ですか?」
「えっ?」
今度はサツキの元に近づき様子を確認する。
「私も大丈夫!魔力の使いすぎで疲れてるだけだから!むしろ体の方はまだまだ走り足りないくらいかな」
サツキは立ち上がると、その場で足踏みしてみせた。
今日は泡のせいで走れなかった分その辺りは物足りなさを感じていた。
「そうですか、二人とも戦った後なのにすごいですね」
「今日は二人とも連携技を成功したんで興奮してるんだろうさ」
十六夜はナギの意図を汲み取り、それとなくフォローを入れる。
「……それもそうですね、二人ともとってもかっこよかったです」
「ありがとう、霞」
ナギがようやく明るい笑顔を見せてくれたので霞も嬉しくなり、自然と顔も明るくなる。
「さて、帰るとするよ」
「うん。帰って、ご飯食べて、今日は寝ーよっと」
「その前に勉強でしょ?」
「あーーー、嫌なこと思い出しちゃったじゃん」
サツキが頭を抱えているのを見て、みんなは緊張からようやく解放され、楽しそうに笑いあった。常世の世界から色々な意味で、元の世界へと帰還したのだった。
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足元に固く懐かしいコンクリートの感触が広がる。二人は大きく息を吸いながら伸びをした。
「うーん……やっぱり戻ってきたって感じがするなぁ」
「そだね、早く帰って勉強しないと」
「はぁ、もう嫌だよ……」
サツキが肩を落として、とぼとぼ歩く。
「二人とも頑張ってくださいね」
「サツキにとっちゃ、そっちの方が難敵かもね」
十六夜はサツキを揶揄った。
少しだけ砂混じりの風がなんだか今日は気持ちが良かった。