99.見えない不安
放課後、二人は一緒に下校していた。
「はぁ…………」
サツキがわざとらしいほど長いため息をついた。
「どうしたの?サツキ」
「明後日のテスト不安で不安で。あれで成績良くなかったら補習だよ補習。もし赤なんてとった時にはさぁ……」
サツキは頭を抱える。期末テスト前の小テスト。ダメだと補習が課せられる。赤点が続いていれば最悪退学にもなりかねない。サツキは常にその壁と戦い続けている。
「大丈夫だよ、サツキ。この間一緒にドリルやった時は結構できてたよ」
「そうだけど。勉強やりたくないよー」
サツキは嘆くように叫ぶ。ナギは子どもっぽく駄々をこねる姿を見て笑ってしまった。
「勉強なら付き合うから二人で頑張ろ、ね?」
ナギが諭すように優しく笑う。サツキはとても頼もしく見えた。
「ありがとう、ナギ」
「今日も帰って夕ご飯のあとわかんないところあったら道場で勉強会しよう!」
「うん!」
二人の間に平穏な空気が流れていた。
その時。
「うぅ」
「この嫌な感じ……」
二人をぞわりとした不安が襲う。もののけの気配だ。
「サツキ。行こう」
「うん、すぐに」
二人はすぐに気配のする方へと走っていった。
ーーーーー
向かった先は住宅街の路地の袋小路になっているところ。息を切らしながら到着した。
霞と十六夜はすでにそこで待っていた。
「遅かったね、二人とも」
「ごめんごめん」
「ちょっと、いつもより、遠かった、から」
はぁはぁとまだ息が少し上がっているナギ。サツキはナギに合わせて速度を緩めてくれてはいたが、それでもナギにとっては早くて距離もあり疲れた。
「ナギ、少し休んでからの方が」
「大丈夫、だよ。霞」
ナギは水筒を取り出してごくりと水を飲んだ。
「はーっ。よし行こう」
ナギとサツキは指輪を前に突き出す。力をこめると不穏で禍々しい渦がそこに現れた。
ナギとサツキは目配せして頷き、その渦へと足を踏み入れた。
ーーーーー
常世の世界は相変わらず、おどろおどろしい雰囲気が漂っていた。木々は唸り、風も気色が悪い。
「とりあえず……」
「うん」
「「"魔装"」」
指輪を掲げて力を込める。魔法の力で二人は光に包まれる。
ナギは花びら舞う光の中で薄紫の魔法装束に身を包む。サツキは月の光の中で闇に紛れるための黒い装束に身を包む。
「それでは、奥へ行きましょう」
霞と十六夜は刀へと姿を変え、ナギの腰の鞘へと入った。
「頼りにしてるよ霞」
「はい!任せてください」
「十六夜も、よろしくね」
「はいはい」
二人は奥へと歩みを進めた。
ーーーーーー
しばらく歩く二人。草を踏みしめる音だけが常世の世界に響く。
「なかなかいないね、もののけ」
「うん」
警戒は怠ることはないが、ここまで現れないと少しだけ緊張は緩む。それでも気を張りっぱなしよりはずっといいと霞と十六夜は思っていた。
その時、ふとサツキが足を止めた。ナギは不思議に思い振り返る。いつもよりも表情が曇った
「どうしたの?サツキ。どこか悪いの?」
「ううん。そうじゃなくて……また奥に徒花がいたらどうしよう」
サツキの不安げなその一言にナギの顔も曇った。常世の世界にきたのは徒花とあって以来。
不気味で圧倒的な力の差は二人の記憶に暗く強くこびりついていた。
「大丈夫です。奥から感じる気配は徒花ほどの力は感じません」
「霞……」
「それに、何があっても私たちが二人のことをしっかり守りますから。安心してください」
霞は二人をなるべく明るい声で励ました。二人は目を合わせて少しだけ口角をあげ頷き合った。
「ま、徒花の強さはわかってる。だから次会った時はすぐ逃げることに全力を注げばなんとかなるだろうさ」
十六夜も軽い口で続けた。
「そだね!徒花だった私には追いつかないだろうし」
「うん。私も花衣を使えばなんとかなるかな」
二人はさらに表情が和らぎ、いつもの調子が戻った。
「よーし、もののけをさっさと倒して帰るぞー」
「うん、勉強会もしないといけないしね」
「うぅ、だったら帰りたくないかも」
「なにそれ」
まるで教室で話しているような明るさが二人に戻った。
(「これなら大丈夫そうです」)
(「念のため徒花の警戒は私がやっとくよ」)
(「はい。お願いしますね」)
二人は再び奥へと歩みを進めるのだった。