98.焦り
「たぁたぁたぁたぁ!」
今日は役員会議のために学校は午前中で終わり。
学校を終えたサツキとナギは道場で夜桜連斬の特訓をしていた。
「はぁ……」
「わっ……!?」
サツキとナギの体がぶつかり、失敗に終わり尻餅をつく。何度繰り返してもこうなってしまう。
「いてて……ナギ、大丈夫?」
「う、うん。サツキは?」
「私は大丈夫だよ!」
徒花が再び現れた時に備えて急いで特訓をしているものの、なかなか上手くいかない。二人の心は焦っていた。そのためか二人はここ2.3日は真っ直ぐに帰ってきて特訓をしている。
「二人とも、気持ちはわかりますがあまり焦ってはいけません」
霞は人の姿に戻りナギの手を取った。
「ありがとう、でも……急いで強くならないと」
「……ナギ」
霞は、焦って不安そうなナギの顔を見て心がきゅっとなった。ナギには普段通りに過ごしていてほしいと思っていたからだ。
「……やめだやめだ」
十六夜がそう言いながら人の姿へと戻り腕を組んでいる。
「二人とも、団子でも食べに行くよ」
「はっ!?どういうこと?」
サツキが十六夜に言い寄った。
「こんな心が乱れた状態じゃ、何度やったって意味ないからね」
「………」
二人は黙り込んでしまった。
「いいかい、焦る気持ちは分かるが、そんなんじゃ上手くいくもんも上手くいかない。息抜きってのは大切だよ」
「でも……」
「徒花の口ぶり的にすぐには現れる気はない。なら有効活用させてもらおうじゃないか。急ぎはするが、焦りはしない」
十六夜が淡々とそう言った。十六夜の真面目な口調は普段とのギャップもありどこか説得力があった。
「……だね。ナギ、せっかくだしみんなでお団子食べに行こう!球技大会の頃からカフェとかも行けてなかったしさ」
サツキは伸びをしながらナギの方を見る。ナギは最初は迷っていたが、すぐに笑顔になり
「うん、そうだね。ちょっと気持ちをリフレッシュさせにいこう」
立ち上がって魔装を解除した。
そんな二人を見て十六夜と霞はちらりと視線を交わらせてふっと微笑んだ。
「それじゃ、霞も行こっかお団子食べに」
「えっ?いいんですか、私も一緒で」
霞はきょとんとした顔をしている。
「もちろんだよ、みんなで行こうよ」
「……二人がいいのであれば、ぜひ」
霞が嬉しそうに笑って頷いた。
「当たり前だよ。ね、サツキ?」
「うんうん。それに団子屋に二人だけで行く〜なんて行ったって十六夜はついてくるもんね?」
揶揄うような口調で十六夜の方を見るサツキ。十六夜は少しは不服そうに目を閉じた。
「そこまで食い意地は張ってないよ」
「どうだかね〜。なにかに理由をつけて団子屋に行きたかっただけなんじゃないの?」
「はぁ……。はいはい、そういうことにしておいてやるよ」
「いひひ」
十六夜のため息を見て笑うサツキ。
「じゃ、商店街の入り口の方で待ち合わせね」
「了解!」
道場からお互いの部屋へと戻った。
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「よしよし、準備OK」
サツキは急いで着替え、支度を終えた。
「十六夜、行こう!今日はたくさん食べよう」
「あぁ、なんだかんだ私も久しぶりな気がするよ」
十六夜は少し嬉しそうな微笑みを浮かべる。
「やっぱり、行きたかっただけじゃん」
「ま、多少はね」
十六夜は先に玄関の方へと歩き出す。
「……十六夜」
「ん?どうしたんだい」
振り返るとサツキは少し目を伏せながら笑っていた。
「ありがと……心配してくれて」
「は?なんだい気色悪いね」
十六夜が怪訝そうな顔をしている。
「少し……ううん、結構焦ってたから私もナギも。本当はあんな風に焦ってやったって意味がないってわかってたのに。それでも、やらなきゃって」
サツキは塩らしくポツリと呟いた。まるで何かを思い出しながら後悔しているように。
「だからさ、十六夜の言葉のおかげでちょっと心、軽くなった」
サツキが満面の笑顔でそういうので、なんだか十六夜は照れくさくなって玄関の方へ向き直した。
「ま、主人を支えるのが私の役目だからね」
十六夜はわざといつも通りの軽い口調で言った。
「ほら、ぐずぐずしてると置いてくよ」
十六夜は早足で玄関へと向かって行った。
「待って待って。もう、どんだけ団子食べたいの?」
「当たり前だろ?私だって久しぶりなんだからさ」
十六夜はもう玄関の扉を開けていた。
ーーーーー
「お待たせー!」
一足先についていたサツキと十六夜の元にナギと霞がやってきた。
「よし、じゃあいこいこ!」
「うん、行こう。何食べよっかな〜」
ナギとサツキが並んで歩いていく。
「ふふっ、二人とも楽しそうですね」
「ま、ここのところ流石に気を張りすぎだったからね」
後ろから見守るように二人はついていく。
「で、体調はどうだい?霞」
ナギたちに聞こえないような小さな声だった。
「大丈夫です。ここ数日もののけが来ていないので大分休めました。それに、十六夜からもらった薬もありましたし」
霞がふわりと微笑む。その笑顔から霞が無理せずに元気になったことを悟った。
「そうかい。ならよかったよ」
十六夜はそう呟くとわざとらしく伸びをした。
「さてと、なら今日は思い切り団子を食べるとするか」
「ふふっ、そうですね。今日は私も思い切り食べます」
二人も笑い合った。
団子屋についた4人は戦いのことを忘れるかのように楽しい時間を過ごした。
「十六夜、ちょっと食べ過ぎだよ」
「そうでもないだろ?」
「そういうサツキもはしゃぎすぎだよ」
「ふふっ……ナギもそんなに変わりませんよ」
団子屋の中には温かい笑い声が響いていた。