9.翌朝
次の日の朝。
ナギは、目覚ましの音でゆっくりと目を覚まして欠伸をしながら起き上がった。
リビングでは霞がすでに背筋を伸ばし姿勢良くソファに座って待っていた。ナギの姿を確認すると、すっと立ち上がり一礼した。
「おはようございます。主人 」
「おはよう、霞。ゆっくり眠れた?」
「はい、おかげさまで 」
昨日の夜、霞がどこで眠るかの話し合いの結果、ソファで眠ることになった。最初、霞は邪魔にならないように刀の姿になって寝ると言っていたが、それはなんとなくナギが落ち着かないということでこの形に落ち着いた。
「ごめんね。休みまでにはちゃんと考えるから」
「いえ、すごく寝心地よく眠ることができました。ここで十分です」
「わかった!何かあったらすぐに言ってね」
ナギは制服に着替え、お弁当を準備する。朝食を食べ終えると学校へと向かう。これも話し合いで決まったことで、霞はとりあえず夕ご飯だけもらうことになった。ナギは用意すると言っていたが、今度は霞が、これ以上、主人の手を煩わせるということは本意ではないと固辞したのでこうなった。
「では、主人いってらっしゃい 」
「うん。行ってくるね。今日は学校が終わったらなるべく早く帰ってくるから!」
「はい。承知しました 」
ナギは元気に扉から飛び出していった。
「さて、私もやることをやらなくては 」
霞は道場に鍛錬へと向かった。
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「ふぁー。流石に昨日は少し疲れたな 」
ナギは欠伸をしながら歩く。朝起きるまで、もしかしたら全ての出来事が夢だったのではないかと考えていた。だが、朝起きるとそこには霞がいて指にはしっかりと指輪がハマっていた。
(今日から色々頑張らないとな…)
「おっはよう!ナギ!」
後ろから、慣れ親しんだ弾んだ声が駆け足でやってきた。
「おはよう!サツキ!」
「なんか珍しく眠そうにしてるけど、もしかして昨日眠れなかった〜?」
「う、うん。ちょっとね ……」
「あはは。授業中寝てても起こしてあげないからね!」
「えっ、ひどい!」
「ってか、そもそも出席番号遠いんだから無理だよ 」
「あっ、そっか 」
二人は意味もなく笑った。こんな他愛のない会話をしている時間がナギはとっても大好きだ。
だからこそ、もののけたちを打ち払うことを決めたのだ。横で一緒に笑っているサツキにも内緒で。
ーーーーーーー
「ナギ!一緒に帰ろう 」
「うん。帰ろう!」
サツキに誘われて、いつも通りに一緒に下校する。
「今日はどっか寄る?」
「うーん。今日はスーパーに買い出し行かないといけないから……真っ直ぐ帰ろう」
「了解!私も買い出ししとこかな 」
「火曜は野菜が安いからね!」
ナギ達は一年一人暮らしをしているのでもう買い物もなれたものである。
「そうだ、ナギ見てこれ!」
サツキは徐にスマホを取り出してナギに見せる。
「ん?これって……駅前のケーキバイキングのお店だよね。気になってたんだぁ」
「でしょでしょ。でね、驚くなかれ、なんとSNSキャンペーンで無料券当たったんだ〜」
サツキはナギを見下ろすようにし、得意気な顔をしている。
「えっ、すごい羨ましい!」
「ふふっ。すごいでしょ、私のくじ運! 」
「うん、すごい。あぁいうのって当たることあるんだ……」
サツキは褒められて照れているのか、ほっぺを人差し指でかいている。
「これ、2人でいけるらしいからナギ一緒に今度行こうね!」
「いいの?」
願ってもない提案にナギは声を弾ませる。
「もちろん!私もナギと行きたいから!」
「やったー!嬉しい 」
「ってなわけで、私のくじ運に感謝しなさい!」
「ははぁ、サツキ様、さすがです!感謝しても感謝しきれません!」
「くるしゅうないぞよ!」
自分たちで始めたコントだけど、なんだかおかしくなって笑い始めた。
「これ、再来週くらいからしか使えないからそれくらいで 」
「うん!」
ナギとサツキは利用期限を確認して二人で行く約束をした。ナギは日常の中に楽しみが一つ増えて心が軽くなったのだった。
先にナギの家につき、サツキと別れナギは部屋へと向かう。
「ただいま〜。霞 」
「おかえりなさい。主人 」
霞が玄関で淡々と出迎えてくれた。
「えっ何これ?」
部屋に入るとナギは目を丸くした。部屋中がぴかぴかに磨かれ、窓から差し込む日差しが反射しているようだった。棚の上には僅かな埃もなく、全てがぴしっと整頓されている。
「これ、霞が全部やったの?」
「はい。主人のお手伝いをしようと思いまして。あ、棚のものなどは場所を変えたりはしていないのでご心配なく 」
「大変だったでしょ?ありがとね。霞 」
「いえ、主人のためですので 」
表情一つ変えずに、いつもの業務的な口調だ。
「そうだ、この後材料の買い出しに行くんだけどよかったら一緒に行かない?」
「承知しました。では、行きましょう。荷物などは私にお任せください 」
「うん、あっ。でもちょっと待って!」
ナギはクローゼットの中から洋服を選んで霞に渡した。霞は戸惑いながらそれを見つめる。
「これは?」
「とりあえず、その格好だと霞目立ちすぎちゃうから。ほら、昨日ジロジロ見られるの嫌がってたから……。その服、私の服で悪いけど…… 」
霞は変わらずじっと洋服を見つめていた。ナギは霞が気に入っていないのではないかと思い慌ててしまった。
「あーやっぱりいやだよね。ごめんごめん 」
「いえ、主人。今着替えます 」
霞はきらりと光ると、ナギの洋服に一瞬で着替えて見せた。
(えっ?今のどうやったんだろう)
ナギは心でそう思った。
「どうでしょうか?」
「似合ってるよ、霞。かわいい!」
「そ、そうでしょうか 」
霞は少し照れくさそうに顔を下に向けた。
「うん。とりあえず今週末買いに行くまではそれ着てて 」
「……ありがとうございます 」
霞は顔を伏せたまま笑顔だった。
♢♢♢
「あんたは、その汚い布でも着てどっかにいってなさい 」
♢♢♢
霞はまた少しだけ昔のことを思い出していた。その言葉は霞の胸の中に今でも刺さり、思い出す度に苦しくなる。
「霞?」
「い、いえ。なんでもありません。お買い物にいきましょうか 」
「う、うん 」
ナギは気にはなったが、いつも通りの業務的な霞に戻ったのでこれ以上の追求はしなかった。
ナギも制服から着替えて、玄関の扉を開けようとした時、霞が呼び止めた。
「主人一つ、追加で連絡したいことが 」
「ん?何?」
霞は可愛い花の飾りのついた巾着を取り出してナギに渡す。戸惑いながら開けると中身を見てナギは目を丸くした。
「これは?えっ。これ、どど、どうしたの?」
中にはそこそこたくさんのお金が入っていた。
「主人のもとにお世話になるので、その謝礼金です。安心してください。女神様が作ったものですのでちゃんと使えますし、問題にもなりません。毎月、その巾着の中に一定の額が入ってきますので」
表情を変えず、霞は淡々と説明をする。
「で、でもこれ…… 」
ナギはそこそこの金額に驚いていた。犯罪とかそういうものではないにしろ、いきなりこんなにもお金を渡されると、どうしていいのかわからなかった。
「お気になさらず 」
霞はすたすたと外へ歩いて行く。ナギは慌ててその巾着を鞄に入れて、スーパーへ向かった。