幸せになりました。
若干のR15表現があります。
苦手な方はご注意ください。
※1/4加筆しました。
断罪劇の終わったホールから、クラウスに抱き上げられたまま、王宮の私の部屋ではなく使節団が滞在している迎賓館に向かう。
迎賓館を結界で封鎖し、エルマーレ側の人間が入れないようにしてくれたおかげで安全地帯になった客室に連れ帰られて、私はそのままソファに降ろされた。
クラウスがソファの背もたれに閉じ込めるようにのしかかり、両手で頬を包んで、爛々と光る金の瞳が絡みつくように私を見つめている。
「リア、俺のリア。誰にも触れさせなかった? 誰にも許さなかった? 確かめさせて」
嫉妬のにじむ声で、背筋が震える。歓喜でじわりとおなかがうずいた。
「全部、知っているくせに」
「自分で確かめないと、気が済まない……っ!」
焦れたように顔をゆがめたクラウスが、私の体を大きな手で余すところなくまさぐった。
こんなに余裕のない彼を見るのは初めてだった。
国を出る前に『約束』した時ですら、こんなに余裕のない顔なんかしなかったのに。
皇国にいたころに比べてだいぶ痩せてしまった体を、ドレスの上から確かめたクラウスの目が、暗く陰る。
「半年で地図上から消してやる。塵すらも残すものか……!」
そんな言葉すらうれしいだなんて、私も大概だわ。でも、クラウスが離してくれる様子がない。
徐々に体重をかけられて押し倒され、大きな手が体をはい回るたびに、少しずつリボンがほどかれ、ひもが緩められ、裾から手を入れられて、プレゼントの包みをはがすようにドレスがはだけられていく。
一生懸命クラウスを押し返そうとするけれど、体格も腕力も差がありすぎて、全然離れてくれない。
止めてくれる様子もない。
私の視界に映る肌面積が明らかに広くなっている。クラウスに、見られてる……。
「ね、ねえ、もう確かめたでしょう? 恥ずかしいから、やめて……」
「嫌だ。リアが全然足りない。俺が満足するまで我慢して」
「あっ、だめ、待ってっ! きゃあ!」
きっぱりと言われ、もう半分くらい見えてしまっている胸のふくらみに顔を埋められる。
直接肌に感じる唇の感触と吐息の熱さがいたたまれない。顔を真っ赤にして、のしかかる体の下から出ようとしたら、逃がさないとばかりに腕の中に引き戻されて。
そのまま性急に、熱い唇が重なった。
帰城した私は、まずはお父様に挨拶すべく、このシンプルだが上質な王族用の応接間に招かれた。
ここは離籍した元王族や傍流の公爵家など、比較的身近な親族とざっくばらんに話をする場を設けたり、宰相や王太子などを交えて内密に政の話をする際に使われる部屋だ。
比較的プライベートに近い部屋に、招いた側であるお父様がやや緊張しているように見えるのが違和感を覚えるのだけれど、それが何なのかはわからない。
私は招かれたクラウスと二人、お父様の右手側のソファに並んで腰かけた。
「お父様、ただいま帰りました」
「うん、此度の働き、大儀であった。まずはゆっくり休むといい」
お父様が侍従に合図をすると、茶と菓子が運び込まれる。
色とりどりの焼き菓子に、温かい紅茶。
「……おいしいですわ」
湯気を立てるそれをこくりと飲み込み、私はほうっとため息をついた。
向こうでは、出されたものは怖くて口にできなかった。
晩餐に招かれたときは、必死に平静を装って食べ物を飲み込んで、部屋に戻ってから吐き戻す。
王国の毒見なんか信用できない。城内で出される食べ物が怖い。それを見てほくそ笑む人の目が怖い。
皇国の毒見役が毒見をした後のものだったら大丈夫だったけれど、遅効性の毒が使われているかもしれないからと、毒見をして30分たってからでなければ食べられなかった。
すっかり冷めきった食事は、野菜はしなびて艶を失い、汁は冷めて風味をなくし、肉は脂が固まって固くなり、食欲が湧くはずもなかった。
温かい食べ物や飲み物を、安心して口にできる環境がどれだけ貴重なのか。
そんな環境を整えてもらえることがどれほどありがたいか。
今回王国へ行って学んだものは、そんな些細で当たり前のことだった。
「向こうはどうだった」
「お話しできるほどのものはございませんでしたわ」
「そ、そうか」
沈黙が落ちる。居心地が悪そうなお父様が、再び口を開いた。
「だが、珍しい食べ物やなかなか口にできないものもあっただろう?」
「一服盛られる可能性がございましたので、楽しむ余裕などありませんでした」
「んぐっ! その、すまん」
「いえ」
つれない私の態度に、それでもどうにか話の糸口をつかもうと悪あがきなさるお父様は、三度声を上げた。
「視察に出たりはしたのだろう? どこを見て回ったのだ」
「孤児院くらいでしたわ。環境は劣悪でとても見られたものではございませんでした。……帰りに暗殺者に襲撃されましたけれど」
「あっ」
「それ以来、危険なので外には出ませんでした」
「悪かった……」
話せば話すほど墓穴を掘ってうなだれるお父様を、冷めた目で見る。そんな環境に放り込んだのはあなたなのですからね。
つーんと取り付く島のない私の態度に、お父様が助けを求めるようにクラウスを見ると、彼はにっこりと笑った。
「積もる話は終わったようですので、こちらの話に移りますね、陛下」
特大の皮肉で返されて、胸を刺されたようなお顔をなさってるけれど。
私たち二人、お父様を敵とみなしてますのよ? なぜ敵が助けてくれると思うのかしら。
「私が陛下にお約束したのは下記10点。
エルマーレの内情調査
エルマーレを瓦解させる内策の提示及び実行
エルマーレ王室への牽制
周辺国との折衝
周辺国との同盟確立
同盟軍の編成
軍事共同線の策定
エルマーレ国境への同盟軍展開
フリージア皇女殿下の身の安全の確保
これらすべてを1年以内に実行すること。
フリージア皇女殿下との結婚、許していただけますね?」
「……お父様」
発した私の声は、思いのほか低かった。それに、びくっと肩を震わせたお父様が、ぎこちない笑みを浮かべる。
「なんだい、フリージア」
「クラウスがこれだけのことをしてくれるのなら、私の婚約など不要だったのではございませんか?」
「いや、内々に進めるためには、ほかに目をそらす必要があってだな?」
「そんなもの、クラウスがいくらでも工作してくれたでしょうに」
「周辺国からも、お前を輿入れさせておけばひとまず奴らは動きが鈍くなるだろうと進言されてな?」
「何度も言いましたが、皇国と周辺国のパワーバランスであれば、突っぱねることも可能でしたわよね」
「いや、政治的にはお前が動いてくれたから、これほどスムーズに事が運んだのであってだな?」
「万が一、本当に万が一、あのアホに気に入られでもしたら、私、こちらに戻ってこられなかったかもしれなかったのですよ?」
「それは俺が全力で阻止するよう準備していたから、問題ない」
「さすがクラウスですわ! どこかの椅子に座っているだけの皇王陛下とは大違い」
「いや、私だっていろいろ動いていたのだぞ!?」
私の白けた視線に、だらだらと冷や汗を流すお父様は慌てて弁解しますけど、そんなものは当然のことではなくて?
「陛下。エルマーレの使者の態度にクソ腹が立ったから、どんな手を使ってでもひねりつぶせとおっしゃっていたこと、お忘れですか」
「なっ、クラウス! それは黙ってる約束だったろう!」
慌てたお父様が声を上げるが、もう遅い。
「あまりにも腹が立ったから、ちょうど私たちの婚約が公になっていないからと相手の策に乗ったように見せかけて、あの国を消せと私に命じられたこともお忘れですか」
「だっ、だからそれはっ!」
「フリージア様が涙にくれながら旅立った後、我に返って、フリージア様に大っ嫌いと言われたことを気に病んで一か月落ち込んで、政務も上の空で宰相閣下がどれほど大変だったかも、お忘れですか」
「お父様……そんな理由で、私をあのバカの婚約者にしたのですか」
「いやあの、それはだな」
「おかげで私、クラウス以外の男と、一時でも婚約していたなどという黒歴史が刻まれましたのよ? クラウスとも離れ離れ、1年も敵の真っただ中に放り出されて、どれだけ苦しかったかお父様にはお分かりになって!?」
さすがにひどいわ、お父様。やっぱりほかにも手があったのに、あの国を落とすための最短距離を考慮した策の中に、私の婚約が含まれていたからそうしたということ。
あの国は、王族の浪費癖が激しく、内政を顧みない王の目を欺きながら、国政に携わる貴族たちが多額の横領を繰り返して、私腹を肥やしていた。
そのせいで国庫が底をつきそうになり、それを補うため国民に重税を課した。
それでも足りなくなって、それなら他国から奪えばいいと、関税や出入国税を引き上げたというのが背景にある。
国民が蜂起するか、他国に攻め込まれるかどっちが先か、という状況だった。
ただ、武装蜂起させるには武器がいる。周辺国ではひそかに武器の供給を始めたものの、実際に事が起こるまではまだ数年かかるだろうと見込まれていた。
また、周辺国が攻め入るにしても、どこか一国が口火を切ったとして、その国だって無傷とはいかない。そこを傍観していた他国に付け込まれて、自国の利益を損なうようになれば目も当てられない。
そのために、各国とも条約を踏み倒されても、自国に被害が出ないよう外交交渉に注力する道を選んでいた。
つまり、各国がそれぞれの国を監視し合い、膠着したままの状態が続いていたのだ。
そこに、皇国がついに調整役として名乗りを上げた。
皇女である私を囮としてエルマーレに送り込み、王国の目が国内に向いている間に、膠着状態を解消すべく皇国主導で同盟を結び、一年で決着をつけたわけだ。
それが最善手なのだと、頭ではわかっている。だから私だって、一年間我慢して、自分の役割を全うしたのだもの。
でも、感情はそうはいかない。ここ一年の反動か、簡単に感情が高ぶってしまう。あの日から、私の涙腺は緩みっぱなしだ。
確かにあの国、皇国など黙らせるとか言ってたようでしたから、こちらにどんな態度で出たのかは想像に難くない。腹に据えかねたのは理解できますけれど、だからって私達の婚約を犠牲にすることはなかったでしょう!
元々、私たちの婚約は、事情があって遅れていた。それは、皇太子であるお兄様と結婚する予定だった侯爵令嬢が病を得て、療養に入ったからだった。
その間、慶事は慎むことになり、私たちの婚約は先送りとなった。そのことは特に思うところはない。お義姉様を心配こそすれ、含むところは何もなかったわ。
幸いにも快癒し、今では健康そのものだけれど、一時は婚約を継続するのも危ぶまれるほどだったので、完治してくれて本当に安心したわ。
それから遅れてお兄様の結婚式が行われ、ようやく次は私たちの番、となった矢先のことだったのだ。
本当なら、1年の婚約期間を経て、今頃はクラウスの妻になっていたはずだったのに。
「わかった、悪かった、私が短慮だった! フリージア、すまん! もうこのようなことはなしにするから! お前の希望はすべて聞くから!」
私が目を潤ませた途端、あわあわと弁解するお父様を放って、クラウスがハンカチでそっと涙を押さえてくれる。
それから、クラウスはこの上なく麗しい笑顔を浮かべて内ポケットから目録を取り出し、侍従に渡した。
「はい、陛下、言質はとりましたよ。では、フリージア様の要求をまとめましたので、お納めください」
侍従からお父様の手に渡り、その手で上質な紙が開かれる。
「フリージア皇女殿下は、今後一切皇国の政治政略にかかわらない。
今回の褒章及び精神的苦痛に対する対価として、割譲されたガリアナ領及び鉱山は皇女殿下の直轄領とする。
同じく、褒賞としてシャノワ離宮を所望する。
また、シャノワ離宮は、私とフリージア様の二人が可及的速やかに居住を開始することとし、離宮の改修にかかる費用は皇家持ち、使用人はすべて大公家から派遣する。
フリージア様と私クラウス・ソル・フォンテーヌ大公嫡子との婚約を速やかに公表する。
フリージア様と私の結婚式を半年後にサン・マルシェル大聖堂にて執り行う。
これはフリージア様の希望に、私と陛下の内密のお約束を加味したものですので、特に問題はございませんね?」
クラウスがすらすらとお父様に今回の褒章の内容を突き付けると、さすがのお父様も目を剝いた。
「待て待て待て、離宮に二人で住むだと!? それはさすがに認めんぞ!」
「おや、先ほどフリージア様の希望はすべて聞くとおっしゃったばかりではございませんか。もうお忘れですか?」
「未婚の娘を男と一緒に住まわせる親がどこにいる! フリージアは皇女だぞ! しかも1年ぶりに帰ってきたというのにもう王宮を出るなど、私は許さん!」
ここぞとばかりにいきり立つお父様を、私はきっとにらみつけた。
「お父様。わたくし、クラウスとの結婚を、本当に楽しみにしていたのです。彼との婚約と結婚生活を、心から待ち望んでいたのですわ。一時でも、ただの名目でも、政治的に必要であったとしても、お父様のわがままが発端だとしても、ほかの男の婚約者になるなんて、私がどれほど絶望したと思ってますの!? だいたい、1年もあの国に追いやったのはお父様ではありませんか! それがなければこの一年、クラウスとの結婚を楽しみに宮で過ごしていましたわよ。本当なら今頃、クラウスとの結婚生活が始まっていたはずですのよ。これくらい、お許しいただきたいわ!」
痛いところを突かれた顔をしたお父様は、露骨に話題をそらす。
「し、しかし大聖堂は今から半年後など押さえられんぞ!?」
「大丈夫です、この話が出てすぐに、大公家で大聖堂を押さえましたので」
「ドレス、そうだドレスはどうするつもりだ!? 半年では無理だろう!?」
「1年前から準備しておりますよ、当然でしょう。私はフリージア様と予定通り結婚するつもりでおりましたので」
「くそ、本当にお前は手回しが早いな!」
「ただですね、陛下」
歯ぎしりしていると、ふいに据わった視線を浴びせられて、お父様がひっと椅子の背にすがる。
「フリージア様はこの一年で随分痩せられて、今作らせているドレスのサイズが合わないのです。あばらが浮いて見えるほどにやつれてしまわれて」
「待て、フリージアのあばらが浮いてるとか、なぜ貴様が知っ……いや、何でもない」
『はあ? 今話してんのそこじゃねえだろ? あ?』とクラウスから無言で威圧され、お父様がすんっ……と引き下がる。
お父様、皇王の威厳はどこに行きましたの? 相当彼にいじめられたのね。ああ、この部屋に入った時に随分緊張した様子でいらしたのも、そのせいかしら?
私はお茶のお代わりをもらい、香りを楽しみつつこくりと飲み込む。
ピックに刺さった小さな焼き菓子をさくりとかじって、広がる甘さにまたほうっと息をついた。
「温かい。すごくおいしいですわ」
そんな私の言葉に、お父様は再びがっくりとうなだれた。もちろん擁護はしませんわよ。
「ええ、この一年、敵のど真ん中で、味方は皇国から付けた侍女や護衛など少人数のみ。『売られてきた皇女』などと蔑まれ、針の筵に座らされ。それでも皇国のために王子や王を煽り続け、自身に敵意を向けさせ、時には命や貞操を狙われて、安心して飲食することもできずに。体を見なくてもわかりますよ。ドレスの上から確かめただけでも、コルセットは隙間なく締めているのに、体に余裕があるんです。どれほどつらい一年だったことか」
クラウスが言い募るにつれて、どんどんお父様の肩が落ちていく。
まあ、全部本当のことだし否定はしないわ。
……ええと、体はちゃんと見て確かめられましたけれど、さすがにお父様には言えないわ。
「それに、皇妃陛下からはご了解をいただいておりますので。さすがに今回のフリージア様への仕打ち、陛下と言えど許されることではないとたいそうご立腹でして」
「なっ、まさかイリスにばらしたのか!?」
お父様の顔がさっと青ざめた。
「報告するよう命じられれば、卑小なる臣下の身では逆らうことはできませんので。この話が出た時のフリージア様の悲嘆にくれるご様子に胸を痛めておられたところに、日々報告されるエルマーレでのフリージア様への心無い嘲笑や誹謗中傷、何度もお命を狙われたことに加え、一服盛って貞操を奪おうと画策されていたことまで知って、扇を2本ほどぶち折っておられました」
「な、な、な……!」
お父様の青ざめた顔が今度は紙のように白くなっていく。
お父様はお母様を溺愛している。そのうえ、若いころに一度浮気まがいのことをして以来、尻に敷かれていて一切頭が上がらない。
お母様が扇をぶち折るなんて、どれほどお怒りなのだろうか? お母様が激怒しているところにはちょっと居合わせたくないわ。
「ま、まずい、こうしてはおれん! クラウス、その件については、ぐぬうううううう、……っ、っ、いっ致し方ないがすべて認める! あとは良しなに!」
一時の短くはない葛藤を挟んでそう言い捨てるなり、お父様はばたばたと応接室を出て行ってしまった。
「まったく、大陸の調停役を担う公平な王として名高いお方のはずなのに、今回に限っては見る影もないですね」
脇が甘すぎる、とため息をついたクラウスだけれど、もしかしたら、お父様の逆鱗に触れる何かがあったのかもしれない。そうでなければ、いつものお父様なら、私の気持ちを無視するようなやり方はしないはずだから。
なりふり構わず私を巻き込んで国を一つつぶすなんて、裏で一体何があったのやら。まあ、あのお父様が激怒するようなことなんて、十中八九お母様絡みだと思うのだけれど……。
お父様もクラウスもそこには触れないようだし、私に知るすべはきっとない。
めったに怒らないお母様をなだめて平謝りして言い訳を並べて愛をささやいて、お父様は必死で許しを請うのだろう。お母様がご機嫌を直されるのに、どれくらいかかるかしら?
裏を知りようがない以上、私の怒りは正当なものだ。お母様、私の分まで、しっかりお父様を懲らしめてやってくださいませ!
私はくるりとクラウスに向き直り、その腿の上に両手を置いて伸びあがる。
「それより、ねえ、クラウス。ドレスを準備してくれていたって本当!?」
「もちろん。ベースはリアの好みの形でもう出来上がっている。ティアラとアクセサリーのデザインはすでに決まっていたから、完成品を準備済み。ドレスの刺繍や装飾は君の意見を聞いてから手を付けるつもりで、材料も人手もそろっているよ。今から決めて取り掛かれば十分に間に合う。それより、俺は君がドレスのサイズにぴったりになるまで回復させることに専念するから、そのつもりで」
そういいながら腰に手を置いて、体の輪郭を確かめられる。
王国での再会以来、彼はこうして常に私の体に触れて確かめたがるの。くすぐったさに身をよじり、ふふ、と笑った。
「クラウスのそばに居られて、監視もなく命も体の心配もしなくていいんですもの。おいしいものをしっかり食べて運動すれば、きっとすぐ元に戻れると思うわ!」
意気込んで言えば、クラウスの瞳が甘く溶ける。ゆっくりと髪を撫でおろす手に目を細めると、ちゅ、とキスが降ってきた。
「ああ。早く体を戻して、完璧に磨き上げられた君を抱きたいからね。初夜までは我慢するけど、毎日ちゃんと確かめるよ」
その意味を理解して、頬がかあっと熱くなる。
それは、毎日私に触れるって宣言されたということで、つまりはあんな……あんな恥ずかしくて気持ちいいことを毎日されるということで。
でもそれは、この国を出る直前の苦いものでもなく、エルマーレでの決着がついた時の焦燥にかられたものでもなく。
きっと、ただ穏やかで幸せで、でもしつこいくらいに情熱的ではしたないことに違いない。
一応、一応ね!? 純潔は守っているのよ!? かろうじてだけど! 多分クラウスがその気になればあっさり散ってしまうだろうってくらいには、彼の一存のもとに置かれてしまっている状態だけど!
エルマーレで再会した夜には、純潔って果たしてどこまでのことを言うのかしら……? って遠い目になるくらいのことは、されてしまったけれどね!?
これって純潔って言えるのかしら? って疑問に思う程度には、クラウスに触られていない場所がないのだけれどね!?
真っ赤になった私を膝の上に抱き上げて、ちゅ、ちゅ、と耳にキスを落とされ、舐められ、食まれて、私は恥ずかしさに身をよじる。
けれどそれを逃がさないようにますます抱き締めて、低く艶のある声が、吐息とともに流し込まれる。
「このまま離宮に移るつもりだけれど、構わないね?」
「もちろんよ! クラウス、大好き」
「リア、俺も愛しているよ」
たまらないと感じる性急さでクラウスの唇が重なる。ついばんで、吸い付いて、舐められた後、攻め込むように舌が入ってきた。
口の中をぐるりとなめられて、私の舌を絡めとって何度も何度も愛撫する。
角度を変えて、髪をまさぐって、うなじを押さえられて、耳をふさがれて、吸われて、嚙まれて、強く、弱く。あらゆる手練手管で私はクラウスに翻弄され、息も絶え絶えになるまで散々に唇を貪られた。
エルマーレ王国はその後、遅きに失した交渉がすべて失敗に終わり、各国に領地をすべて切り取られて地図上からその存在を消すことになった。
すでに王国は財政破綻寸前だったようで、当然違約金を捻出できるわけもなく、皇国が手にしたのは、契約解除の時に分捕った、ちっぽけなガリアナ領だけだった。
まあ、それ以外の土地を切り取ったところで、皇国にとっては飛び地になってしまう。逆に統治が面倒になるので、そこはすべて周辺国に譲る形になったが、そもそも直接の迷惑を被った国で分け合うのが妥当なところだろう。
しかし、その後の地質調査で、ガリアナ領から莫大な埋蔵量を誇る魔石鉱山が発見され、逆に皇国の一人勝ち状態になってしまったのはうれしい誤算だったと言える。
その後、エルマーレの王族は軒並み捕らえられ、処刑あるいは幽閉された。
ただ、王子はあの後すぐに王家の籍から抹消されて平民になっており、婚約破棄騒動を起こした以外はかかわりがなかったらしく、処刑はできなかったそう。
でもやはり亡国の王家の血筋を放置はできず、どこかの監獄に一生幽閉されると聞いた。
私は皇国に戻ってすぐに、お父様との約束通りクラウスと婚約し、半年後に結婚式を挙げて、大公家に降嫁した。
「愛しているよ、リア」
「私もよ、クラウス」
皇国の大聖堂で、ステンドグラスを透過した色鮮やかな光が差し込む中、私とクラウスは愛を誓い、口づけを交わす。
『真実の愛』なんて、あるかどうかもわからない、目に見えないものを信じる気はないし、そんなものに惑わされるつもりも、振り回されるつもりもない。
クラウスを強く愛する気持ちは確かにあるけれど、それが真実の愛かどうかなんて、私は知らない。
見上げたクラウスは、ふわりと解けるような笑みで、額にキスを落とした。
ずっと昔から、変わらず私に甘く注がれる金色の視線は、愛欲と執着心を伴って、心地よく私に絡みつく。
……過行く時が二人を分かつまで、彼と共にいられたなら。
真実だろうが本物だろうがどうでもいい。私が手に入れたのは、『ただの愛よ』と。
胸を張って言える気がした。
ありがとうございました。
本編は完結です。最後は後日談になります。