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どうしてこんなことに(sideアレクサンドル)

王子回です。

ざまぁを書くのは難しいですね……。

どうしてこんなことになったんだ……。

私は、石壁の小さな窓にはまった鉄格子越しの空を見ながら、ぼんやりと思った。



「フリージア・ソル・ミルナディア皇女。君と結婚することはできない。私はこのアメリア・リシルスと真実の愛に生きる! 婚約を破棄し、王子妃をアメリアに決定する!」

皇国の美しい皇女を前にそう宣言した時、私は幸福の絶頂にいた。

これで、愛するアメリアを妃にすることができる。そう信じていた。


私とアメリアは、王立学院で出会った。

忘れ物を取りに教室に戻ったときに、彼女が必死に課題に取り組んでいるところを見かけて、教えてやったのがきっかけだった。

彼女は明るく、天真爛漫で素直で、よく感情を表に出す女の子だった。

確かに、貴族令嬢らしくないところはあったかもしれない。貴族はむやみに感情を出して、相手に悟られてはいけない。

爵位や序列により、マナーや作法も細かく決められていて、少しでも外れればすぐに攻撃対象になる。

ただでさえ煩わしいのに、その上私は王族というとてつもなく重い枷をつけられていた。

「王族として強くあれ」

「国内の貴族を御せないようでは、他国に舐められる」

「王太子なのだから、優れていて当たり前」

そんな風に育てられ、王立学院に入ってからは、身近なはずの生徒相手にもそれを忘れないようにと要求された。私は孤独で、心底疲れ果てていた。

それを救ってくれたのが、子爵令嬢のアメリアだった。

彼女は素直に私を称賛し、認め、慰め、励ましてくれた。私が恋に落ちるのは、そう時間がかからなかった。

彼女は下位貴族の令嬢で、私と近しいことで高位貴族ややっかみを持つ者たちからつらく当たられることも多かったようだけれど、それでもいつも明るくふるまい、時には涙を見せながらもけなげに頑張っていた。

そんな彼女の言葉や笑顔に、私はいつも癒され、心の支えになっていた。

私の妃に迎えるのは、彼女しかいないと思っていた。

だが、ミルナディア皇国との関係を深めるため、突然第三皇女のフリージアとの婚約がまとまってしまった。

反発する私に、父上は、

「気にすることはない。皇国は2億ディナールでフリージア皇女を我が国に売ったようなものだ。元々それほど立場が高くはないのであろうよ。そんな姫より、正当なエルマーレ貴族であるその娘のほうが王子妃になるべきだ。和平のため、仕方がない部分はあるが、まあ最終的に皇国など黙らせればよい」

そう言ってくださった。

婚約がまとまってしまった日、私は真の愛をアメリアに誓った。

「アレク様、嬉しい! アレク様を支えられるのは私だけ。私もあなたを愛しています!」

涙ながらに縋りつくけなげなアメリアに、やはり妃にするのは彼女しかいないと改めて思った。

もう、離すことはできない。そして、私は彼女を一晩中愛した。


プライドの高さゆえか、私に歪んだ思いを寄せ、アメリアを虐げたフリージア皇女。

彼女は、こちらが少し金をちらつかせただけでエルマーレ王国に出された、『売られてきた皇女』だった。

おそらく、自身とアメリアの境遇の差に嫉妬し、また、皇国から出て監視の目がなくなったことで、もともとの傲慢な性格が出てきた結果、アメリアをいじめるようになったのだろう。


確かに彼女は美しかった。まっすぐに流れ落ちるプラチナブロンド、深みのある赤に星屑を散らしたような瞳はファイヤーオパールのようだと称えられるほど。整った美貌は完ぺきに近い造形で、まるで美術品のようだった。

アメリアがいるというのに、一瞬でも目を奪われるほどには。

ただ、プロポーションは抜群だが、すらりと背が高く、隣に立たれると目線の高さが同じくらいなのはいただけない。それに、硬質な美貌は、冷たさも感じるもので、私の好みではなかった。

それもあり、フリージア皇女の言動がより高慢に見えて鼻につく。


私は和平のために来たのだから、あなたは私と結婚しなければならない。

皇国に楯突いたら、王国はどうなるかわからない。

あのような娘より、私のほうがずっと美しいし、教養もある。

なにより、私は皇国の皇女だ。子爵令嬢などと下賤のものと比べるなど、おこがましいにもほどがある。

王妃にふさわしいのは私。


私がなびかないと知るや、皇国の名を出せば思い通りになると思ったのか、くり返し私に結婚を迫るようになったばかりか、自分を持ち上げる半面、アメリアを『下賤』と呼び、愚弄したのだ。

仮にも一国の皇女にあるまじき態度に、私はアメリアを守るため、何度も忠告してきた。

そうして、今この場で、本当に私にふさわしいのはどちらかをはっきりとわからせ、フリージア皇女との婚約をきっぱり断ってやった。

皇国に対して一歩も引かない姿勢を見せたことで、臣下たちも私のことを今まで以上に盛り立ててくれるはずだ。

これで、私の王太子としての立場は、さらに盤石になる。そう思っていた。

……その、はずだった。

なのに。


「私への謝罪を言葉一つで済ますおつもりですか?」

「王位継承権を返上し、臣籍降下したうえで、一貴族としてリシルス子爵令嬢と結婚なさるのが妥当だと思うのですけれど」

「王国法で貴賤結婚は禁じておりますものね?」

「国の品格を落とし、諸外国に侮られる行いにほかなりませんよ」

私を冷たく見据えたまま、次々に突き付けられる正論は、私が忠告したことが全く響いていないとわかるもので。

それどころか、各国の要人たちが、私に対して驚愕と侮蔑の混じった視線と態度を隠すことなく向けている。

大々的に婚約破棄を周知することで、多くの証人を作り、プライドの高い皇女が私にすがってくることがないよう仕向けたつもりだったのに、逆にこちらが責められているようだ。おかしい、なぜだ!?


父上からは、フリージア皇女との結婚は、皇国との和平のためだと聞いていた。

だが、大枚をはたいたらあっさりと皇女を差し出してきたのだから、それほど立場の強い姫ではないのだろうと、確かに父上はそう言ったのに。

「しかし父上、婚約金の白金貨2万枚に、鉱山の採掘権に、関税引き下げなど、どうやって支払うのです?」

「払わなければよい。知らん顔していれば、今まで通り、遺憾である、の手紙一つ送られてきてしまいだ。周りの国と同じで、どうせ皇国も我が国に攻め入る度胸などないに決まっている。我が国が提示した条件が惜しくなるはずだからな。何せ、金で皇女を売り渡したのだから」

「さすが父上! 我が国は強国ですから、どの国もおいそれと手が出せないのですね!」

「まあ、婚約を結ばざるを得なかったのは悩みどころだが、何とかなるであろう。アメリアを正妃に、フリージアを側妃に据えてもよいしな。皇国などいくらでも黙らせることができるわ」

自信に満ちた父上の態度は、感心しさえすれども、疑問に思うことなどなかった。


幼少時より、エルマーレ王国は強国だと教えられて育った。

常に強者(きょうしゃ)であれと、父上もおっしゃっていた。

外交も強気に出れば、勝てないことはないと、常におっしゃっておられた。

諸国からの使者を、尊大にはねつけて追い返す姿も、さすが父上だと頼もしく思っていた。

アメリアに対して見下した態度を取るフリージア皇女を叱責することだって、それが正しい姿だと思ったからだ。

だが、それに返されたのは、これ以上ないほどの屈辱だった。

「結婚後ならまだしも、結婚前ですから私は正しく『ミルナディア皇国第三皇女』ですわ。売られただの皇国の威光を笠になど、何を勘違いなさっているの? たかが辺境の小国の王子ごときに下げる頭は持ち合わせていなくてよ」

一国の王子相手に下げる頭などないと一蹴され、怒りで頭が真っ白になった。


こちらに反論する隙を与えず、フリージア皇女の合図で彼女の前に進み出た、やたらと迫力がある精悍な皇国の外交官が、契約解除条項を朗々とした声で語りだす。


皇女を買った倍額を差し出せ!?

皇国との和平目的の結婚ではない!?

同盟軍の派遣!?

そんな馬鹿な! 最初から我が国に侵略するのが目的だったのか!?


「私は『売られてきた』のではありません。あなた方が、頭を下げて、どうか来てください、お金でも何でも払いますから、と提示された契約に従ってこちらに来ただけです。契約不履行になれば、違約金が発生するのは、どこの国でも同じことですわ」

今までと変わらぬ、こちらを見下した口調、冷え切ったまなざし。まるで、こちらが頭を下げて丁重に迎え入れるのが道理と言わんばかりの態度だった。


各国の玉璽が押された婚約証書は、偽造などできるものではない。

今まで強い態度で臨んでいた外交交渉は、すべて我が国が勝手に踏み倒したもので、国家ぐるみの詐欺行為とまで断じられたのだ。

まさか、本当に、彼女は売られてきたのではなかったのか?

疎まれているでもなく、皇国の正当な皇女であったのか?

こちらが勝手に侮っただけだったのか?

足元がガラガラと崩れる気がした。

しかも、父上は手のひらを返し、顔を真っ赤にして怒り狂いながらもフリージア皇女との婚約継続を要求した。

「父上、待ってください、アメリアとの結婚は何とかすると、皇国など黙らせるとおっしゃったではありませんか!」

「ええい黙れ、そのようなこと、言っておらぬ! 余計なことを申すな!」

今まで強者だった父上の態度は、今まで見たことがないほど見苦しくて、そして卑屈な姿だった。


エルマーレは、強国だったはず。

結婚相手だって、王太子である自分が望めば、意中の相手を娶ることができる。

父上もそれを認めたのだ。

障害なんて何もない。自分は王太子として、望みをかなえるだけの力があって、それを使っただけだ。

愛する少女と結ばれたかっただけ。

それが、こんな、侵略戦争の話に発展するなんて。

悪夢だ。誰か嘘だと言ってくれ!


フリージア皇女を確保しようとした瞬間、あの外交官の『動くな!』という一言で、体が凍ったように動かなくなった。

退出しようとしたフリージア皇女が足を止め、美しい顔に浮かぶ慈愛に満ちた笑みに、救いを求めてすがるように視線をやれば。


「国王陛下、王子殿下。私、そもそもこちらの国に輿入れする気なんて最初からございませんでしたのよ。1年で皇国に帰るつもりでしたし、皇王陛下からもそのように言いつけられているのです。わたくし、売られてきたのではなく、貸し出されていただけですの。……貸出費用、高くつきましたわね?」


無情にもそう告げて、ヒールの音も高らかに、彼女は優雅に姿を消した。

声すらも出せないまま、各国の要人たちが次々に退出していくのを、なすすべもなく見送るしかなかった。

数分して拘束が解けた後、父上からいやというほど殴られた。

「この大バカ者が! 時と場所を考えろ! これではごまかしもできぬではないか!」

「し、しかし父上、ほかの国々は黙らせることができるのでしょう!? エルマーレは強国だとおっしゃったのは父上ではありませんか!」

「何も知らぬ小童が、国内外に恥をさらしおって! 誰か、この愚か者どもを連れていけ!」

「父上、なぜです! 父上!!」 

そうして、私とアメリアは拘束され、引き離された。


幽閉された貴賓牢は、普通の客室を模したつくりではあるが、当然王子である自分の居室とは比べ物にならない。

血がにじむほどドアをたたき、蹴りつけ、ここから出せと叫んでも、答えるものは誰もいない。

ならばどうにかして逃げだそうと思ったが、窓には鉄格子、鍵は外鍵で、食事は常に二人の騎士を従えた男性使用人が運んでくる。

外にも何人かの騎士が控えて、とても逃げ出す隙がない。

彼らにアメリアはどうしたか、その後皇国がどうしたのか聞いても、誰も答えてはくれなかった。


それからしばらくして、私は王宮の幽閉塔に移された。

その時に、アメリアは子爵家に戻り、家族ともども軟禁されていると聞いた。

父上の怒りはすさまじく、私はいつこの塔から出られるかもわからないとも。

そんな馬鹿な! まさか父上は、私にあの夜のすべての責任を押し付ける気なのか!?

泣いてもわめいても、もう塔に入れられた私の声を聴く者はいなかった。

絶望し、私はただ塔での日々を送るしかなくなった。


そうして半年ほどが過ぎたころだろうか。外が騒がしくなり、剣戟(けんげき)の音や爆発音、悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。

まさかとは思ったが、本当に我が国は攻め込まれたのだろうか。

二日ほど続いたそれが静かになった。

騒がしくなったあたりから、食事は届いていない。空腹で朦朧とし、ベッドに横たわっていると、ふいに塔を駆け上がる複数の足音とともに、数人の他国の騎士が現れて、私は塔から引きずり出された。

「エルマーレ王国は倒れた。お前は離島の監獄に移り、そこで一生を過ごしてもらう」

壮年の騎士にそう告げられ、私は茫然としたまま連行された。

その道中で、父上が処刑されたと聞かされた。

関税引き上げは経済戦争を仕掛けたととられ、国境での小競り合いは侵略行為とみなされ、他国の商人が盗賊に襲われてもなんの対策もしなかったことは、大陸における外国人保護の慣例を無視した非人道的な行為と判断された。

何より、各国の条約を踏み倒したこと、皇国に対して支払う当てもない契約を結んだことが、国家ぐるみの詐欺行為だと断じられ、父上はそれら一連のことを主導したと判断された。

そうして様々な罪状を累積しての処刑だった。

母上は数年前に亡くなっており、こんなことに巻き込まなくてよかったとぼんやりと思った。

私は婚約破棄騒動を起こしただけだとして、処刑は免れた。実は騒動の後、他国との交渉が頓挫し、責任を取らせるという名目で、私は廃嫡となり王族籍を抹消されていたらしい。

国が倒れた時点で平民だったため、これ以上の処罰ができないが、何かのきっかけで血筋を担ぎ出されるのは避けたい。

また、国が倒れるきっかけを作ったとして私を恨んでいる者たちも多く、市井にまぎれたとしても見つけ出されて殺される。数年生きられればいいほうだとも言われた。

そのため、身柄の保護も兼ねて、旧エルマーレ国から遠く離れた離島の監獄に、生涯幽閉されることになったのだと。

また、国内の貴族はすべて貴族位をはく奪されており、多数あった下位貴族の行方など誰も知らぬと聞かされた。

王都のリシルス子爵家の屋敷は、すでに打ちこわしにあった上に火をつけられて跡形もなくなっており、一家の行方は知れないと。


ああ、私の手のひらから、すべてが零れ落ちてしまった。

あの輝かしい日々は、あの夜を境にして失われてしまった。

王子としてのきらびやかな生活も、尊敬する父も、かけがえのない唯一の少女も。

私には、もう何もない。


移された離島は、夏は短いが、じめじめとして耐えがたいほど暑く、冬の寒さは、暖を取らない部屋に置いたコップの水が凍るほど厳しい。

監獄は石造りで小さな窓しかなく、風もろくに通らない。

粗末な無地の服を着て、パンと野菜ばかりの薄いスープに、魚か肉が一切れという、代り映えのない質素な食事。

夏は蒸し暑く、ぬるい水を飲みながら、少しでも冷たい場所を求めて石の床を這いずりまわる。

冬は少ない薪で暖を取り、凍えながら薄い毛布にくるまって、かじかんで震える手で冷めたスープとパンをかじる。

これが、この先もずっと続くというのなら。

父上とともに死んでいたほうが、ましだったかもしれない。


強国の王子だと信じていた。

その矜持を持って生きよと言われ、その通りにしてきたつもりだった。

けれど、ほかならぬ父上の手によって、今までの私のすべてを奪われた。

そして、国はなくなり、私は先の見えない幽閉生活に堕ちた。


私は、愛する人との結婚を望んだ。

私は、エルマーレ王国の王太子として当然のことをした。

私はただ、教えられたとおりに生きただけ。


何を信じてきたのか。

何が正しかったのか。

何が悪かったのか。

考えても考えても、わからない。


……私は何を、間違えたのだろうか?


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