婚約破棄されました。
定番?の婚約破棄ものです。
現代風の言い回しがいくつか出てきますが、なろうファンタジーということでご容赦を。
「フリージア・ソル・ミルナディア皇女。君と結婚することはできない。私はこのアメリア・リシルスと真実の愛に生きる! 婚約を破棄し、王子妃をアメリアに決定する!」
「アレク様!」
悲壮感を漂わせ、苦渋の選択と言わんばかりの表情は堂に入っている。
(腹芸はへたくそですが、顔芸はお上手でいらっしゃるのね)
そんな感想を抱く一方、私の視線の先では感極まった表情でウルウルと瞳を潤ませた令嬢が、王子の腕の中で、その端正な顔面を上目遣いで見上げている。
単純な王子ですもの、こんなあざとい子が好意を隠さず近づいたらイチコロでしょうね。
そして王子は気の毒そうな表情を浮かべ、でも嘲笑う目を隠しきれずに私を見る。
「それに……すまないが、君は『売られてきた皇女』なのだから。私の隣に立つには、少々不適格だと言わざるを得ないね」
今日、このエルマーレ国国王陛下の生誕祭で、各国の賓客がそろう中私に婚約破棄を宣言したのは、アレクサンドル・エルマーレ殿下。エルマーレ王国第一王子で、この国の王太子。
そして、王子に抱きしめられているのは、菫色の髪にブラウンの瞳のかわいらしい少女。アメリア・リシルス子爵令嬢だ。
私は扇に隠した表情筋を一ミリも動かすことなく、口を開いた。
「真実の愛の前では私はあなたにふさわしくないと。それならば致し方ありませんわね。どうしても私との結婚ができないということであれば……受け入れますわ」
「すまない……。君は、両国の和平のために喜んで来てくれたというのに、こんなことになって」
「フリージア様、本当に申し訳ありません! でも、アレク様を愛するこの気持ちは止められないんです……。それに、アレク様が私のほうがふさわしいっておっしゃってくださったから。ごめんなさい!」
茶番は外から見ている分には暇つぶしにくらいにはなるけれど、当事者となるとばかばかしくてやってられない。
二人のフォローにもなっていない言い分をきれいに無視してあげると、子爵令嬢の唇が不満げに尖った。
私は、大陸の調整役を担う大国・ミルナディア皇国の第三皇女。エルマーレ王国が多額の婚約資金を用意するのと引き換えに、王子の婚約者となるため、この国に来た。
それがいつの間にか、皇国が大金に目がくらんで差し出してきた皇女なのだと言われ始めたのは、おそらく国内に弱みを見せたくないこちらの王家が、私が持つ皇国の権威を低下させるために、首脳陣主導で話を作った結果なのでしょうね。
お金と引き換えに国から出されるくらいだから、皇国でも大した地位はないのだろう。
冷遇されていた爪はじき者に違いない。
いや、傲慢で高飛車な態度で暴言を吐くような問題のある姫だから、持て余して追い出されたのではないか。
などなど、どれも根拠のない、面白おかしい噂話として王国の貴族社会に広まるのはあっという間だった。
そうして、誰が言い出したか、王宮内で私は『売られてきた皇女』だなんて、不名誉な二つ名を付けられる羽目になった。
当然貴族は私を軽んじる。侍女や使用人でさえ、こそこそと陰で私を貶める。
部屋の掃除をしない、汚れ物は放置、部屋の花瓶には枯れた花が刺さったままなんて日常茶飯事。
食事時は、供されるはずのものが一品抜かれることもあったし、食器にソースやスープが跳ねたままということもしばしば、ソースがかけられない、味付けがされていないというみみっちい嫌がらせもあったわね。
晩餐や茶会の時間を正しく伝えられなかったり、他国からの謁見を知らされなかったり、こちらから用があって先ぶれを出しても、途中で握りつぶされて先方に伝わらなかったことも度々だったわ。
それに反発し、正しい対応を要求すれば、誰もが眉をひそめ、あからさまにため息をつき、おざなりな返事を返され、口をそろえてこう言うのだ。
そう、今まさに、アメリア・リシルス子爵令嬢が言うように。
「なによ、売られてきた皇女のくせに」
と。
背中に、じりじりとした熱にも似た、強い視線を感じる。
支えてくれるような、包み込むような、でも、苛立ち交じりのそれは、『売られてきた』の発言の瞬間、爆発するように強まった。そんな感情の揺れに、少しだけ笑みをこぼす。
わかってるわ。でも、あなたの出番はまだよ。邪魔をしないで、黙って見ていなさい。
私はその視線を、ピンと背筋を伸ばして跳ね返す。
扇の下で、私は息を整えた。
「自分たちの立場に酔うのは結構ですけれども、わたくしへの謝罪を言葉一つで済ますおつもりですか?」
「……は?」
眉をひそめた二人にかまわず、私は続ける。
「今の殿下のお言葉ですと、あなたは現在の王太子の地位はそのまま、リシルス子爵令嬢を王子妃に据えようとなさっている」
「いや、それは当たり前だろう。王子妃候補は空位になるわけだし、王太子という立場は辞退できるものではない」
いきなり何を言い出すのかと呆れたように答える王子に、私は隠す気もなく眉をひそめた。
「そうなると、あなた方に何のペナルティもないではございませんか。片や、私はこの国に滞在している間に20歳になりましたわ。行き遅れた上に、王国に招かれながら婚約を破棄された私への社交界の醜聞は、とてつもなく大きい。こんな瑕疵を持ってしまえば、今後の結婚相手を探すことすら難しくなりました。割に合わないと思いませんこと?」
二人をまっすぐに見つめながら言えば、王子は不満げに顔をゆがめる。
この国と皇国の結婚適齢期はほぼ同じだ。16~19歳で嫁ぎ、20歳を超えると行き遅れと言われて、結婚を希望してくれる相手が急に減る。
20歳を超える理由は様々あるけれど、本人に何らかの問題があるせいだとみなされてしまうことのほうが多く、下手をすると相当年上の貴族や、裕福な商人の後妻に嫁がされることもあるくらいだ。
さすがの王子も、それくらいはわかっているらしい。
「それについては済まないと思っているが、致し方ないだろう。君はエルマーレの王太子妃になろうという立場だというのに、いつまでも皇国の名を振りかざし、傲慢にも我が国を下に見た結婚を進めようとしたのだから、こうなった原因はあなたにある!」
ふんと鼻を鳴らし、高らかに告げる王子に、私への敬意や尊重などかけらもない。
売られたくせにプライドだけは高い皇女が、また面倒なことを言い出した、くらいにしか思っていないのね。
「それはあなたが私との婚約者としての交流を怠り、そこの娘との浮気にうつつを抜かしているからです。仮にも婚約者ですもの、婚約者として至極当然のことを要求しただけですわ。それを聞いてもらえないのですから、致し方なく皇国と交わした約束を持ち出すしかなかったのです。それともエルマーレ王国では、婚約者をないがしろにすることを良しとする文化でもございますの?」
顔合わせの後、披露目の夜会は行われなかった。
最初のお茶会は仏頂面で、王子が一言もしゃべらないまま、30分もせずに退出していった。
2回目のお茶会には、あろうことかこの子爵令嬢を同伴してやってきたのだ。さすがに頭が痛くなったわね。
3回目はすっぽかされた。
それに対し、連絡もせずすっぽかすのはいかがなものかと苦言を呈すと、以降は『都合により』『政務が立て込んでおり』『急な体調不良で』と立て続けに3回断られた。その次にまた無断ですっぽかされるに至って、お茶会はこちらも同じ理由で断っているうちに、開催の連絡はされなくなった。
お茶会ですらそうなのだから、もちろん夜会に呼ばれることもない。
一度だけ、エルマーレ王国の建国祭に出たが、王太子の婚約者としてではなく、ミルナディア皇国の賓客扱いでの出席になった。当然、エスコートされることもなければ、ドレスを贈られることもない。
今日は一応婚約者としての出席だったけれど、これまたドレスは贈られなかった。贈られたのは、お隣の子爵令嬢でしょうね。王子の目の色と同じ、ブルーグレーのドレスを着ているもの。
しかも今回は、ひっそりとはいえ王太子の婚約者という立場での出席だというのに、エスコートすらない。
そういう最低限の交流すらもかたくなに避けられれば、エルマーレ王室の評判にもかかわるというのに、そういうマイナス面に思い至らないあたり、考えが浅いと言わざるを得ないわね。
「それならお前も婚約者としてわきまえた行動をするべきだ! 偉そうに反論ばかりで、こちらの方針に合わせることをしないのはそちらも同じではないか! どこまで我々を馬鹿にすれば気が済むのだ!? それにアメリアとは浮気ではなく、もっと深い絆で結ばれた関係なのだ! 下世話な勘違いをするな!」
あら、ついに『お前』呼ばわりになりましたわね。深い絆だか高尚な愛か知りませんが、浮気は浮気でしょうに。
この方バカなんでしょうか。
「呆れますわね。なお悪いですわ。一国の王子が、堂々と浮気を正当化するなど」
「浮気浮気と騒ぎ立てて、恥ずかしくないのか! 品性下劣に過ぎる! それに、お前は王国で慣れない生活を送るお前を思いやり、交流しようとしたアメリアを無視し、助けになりたいという真心を踏みにじったと聞いている! そのような態度だから、皇国から売られたのだろう!」
「私はフリージア様にアレク様のことをわかっていただきたかっただけなんです! それなのに、護衛の方に剣を突き付けられたこともありましたわ! いくら皇女様といっても、やりすぎだと思います!」
まるで子供のように頬を膨らまして怒ってみせる子爵令嬢の様子は、子供っぽいを通り越して痛いの一言。
そもそも、あれは単純にマウント取りに来ただけでしたのに。
彼女は、たびたび謁見許可もなしに私のもとに押しかけてきた。
何度接近禁止を命じても、城の者たちがそれを聞き入れてくれることはなく、毎回私のもとにたどり着いてしまう。
もしこの方が私に対して明らかに害意を持っていたとしても、きっとこの城の者たちは何もせず、私のもとへ通してしまうのでしょうね。
そのことにただでさえ閉口していたけれど、口を開けば、
「アレク様をお支えする同志として、アレク様の思いを共有したいのです!」
「フリージア様は、アレク様のお好みとは少し違っていますけれど、十分お美しいですから!」
「私、アレク様からフリージア様と仲良くするように言われているのです。私なんかがお友達になるなんておこがましいとは思ったのですが、アレク様が、フリージア様は仲の良い女性がいらっしゃらないから相手をするようにとお願いされましたの! アレク様は本当にお優しいです!」
なんてまくし立ててくるのだから、この娘は私に喧嘩を売っているのかしらと思ったくらいよ。
護衛や侍女が私から彼女を遠ざけているにもかかわらず、そんなことお構いなしで話しかけてくるのにもうんざりしていたわ。
挙句の果てに、
「フリージア様、聞いているんですか!? 無視するなんてひどいです!」
と言いながら、あろうことか私に向かって手を伸ばしてきたので、私を守るために致し方なく護衛が抜剣しただけ。皇女を害する可能性がある行動をとったのだから、切り捨てられないだけましよ。
それ以前に、王宮での仕事についているわけでもないただの子爵令嬢が、供もつけずに、しかも王城を自由に闊歩するのを誰も咎めず、他国の皇女で王太子の婚約者に無防備に近づけさせていることを、この城の者たちは誰もおかしいと思わないのかしら?
「王子殿下。私、この娘のことを、誰からも、一言も紹介いただいておりませんの。エルマーレの王族の方々は、正式に紹介もされていない下位貴族が馴れ馴れしく話しかけてきても、お許しになるのですか? 私はそれは不敬罪であると認識しているのですけれど、この国では身分制度を廃止でもされたんですの? それともこの国では、大陸の一般的な身分階層制とは違う独自の身分制度でもおありになるのかしら?」
「だから、アメリアは将来の王子妃になる女性なのだから、発言権があって当然だろう! それどころか、お前はアメリアの外見をあげつらい、正当なる王国貴族の令嬢を下賎と蔑んだ! 差別を容認するお前を王子妃にするなど、到底許されることではない!」
『だから』はどこにつながっているの?
……これはほんっとに、演技でも何でもなく、素で言わせてもらうわ。
「その娘の私に対する発言権など、私は何一つ認めてなどいませんけれど、そこは一万歩譲ったとして。事実、彼女は今現在、あなたの婚約者でもないし、王子妃でもない。公式な決定もなく、あなたがそばに侍らせているだけの下級貴族の娘でしかない。片や私は、皇国と王国が認めた、過去形にはなりますがあなたの正式な婚約者で、皇国の直系皇族で、皇位継承権保持者です。どれほど身分差があるか、お分かり? これは『差別』ではなく『区別』ですのよ。ただの子爵家の娘など、私にとっては平民と変わりありませんわ。あなただって、見も知らぬただの子爵家の子息が馴れ馴れしく話しかけてくれば、無礼だ不敬だと騒ぎ立てるのでしょうに。自分はよくて、私を許さない理由は何なのです? それはダブルスタンダードというものですわ」
立て板に水のごとく一気に言い切って、私はほうっと息を吐いた。
ああ、私、思いのほかこの二人にイライラしていたのね。
今までは味方が少ないから、これ以上の身の危険を防ぐために、これでも言いたいことを何度も飲み込んできた。
けれど、この子爵令嬢の無礼っぷりは、私の皇女としての矜持をいたく傷つけていたらしい。
こうやってぶちまけて初めて認識したわ。
「わたくしはこちらの国から請われ、あなたの婚約者となったのです。そのような政治的なしがらみがあるにも関わらず、私を『売られてきた』などと侮辱し続け、名も知らぬ子爵令嬢との浮気を正当化し、不敬な態度も容認するばかりか助長させ、真実の愛を貫くと言って一方的な婚約破棄を突き付ける。殿下は王命を覆したのですよ? 国益を損なう事態を引き起こしたことへの責任と、私への諸々の謝罪の証として、王位継承権を返上し、臣籍降下したうえで、一貴族としてリシルス子爵令嬢と結婚なさるのが妥当だと思うのですけれど」
「なにを言ってるんだ、私は王太子だぞ! そんなこと、できるわけがない! いくら婚約破棄が気に食わないからと言って、勝手すぎる!」
「そうよ、フリージア様はわがまますぎると思います! アレク様に対して不敬だと思わないんですか!?」
言い放った途端、王子ははっきりと不快感をあらわにして言い返してくるし、子爵令嬢は便乗して私に文句を言ってくる。
まったく、不敬なのはどちらかしら?
「なぜですの? むしろ、そこの子爵令嬢とどうしても結婚なさりたいのであれば、そうするしかありませんわよね。だって、王国法で貴賤結婚は禁じておりますものね?」
貴賤結婚を禁じているのは、尊い血を保つために定められた法であり、それでも結婚を望むのであれば、王室から離脱する必要があると、王国法全書には明記されていたわ。
ことん、と首をかしげて言えば、王子は今気づいたとでもいうように目を見開いた。
エルマーレ王国の王国法では、上位貴族と結婚できるのは爵位二つ上までになる。
子爵令嬢が嫁げるのは侯爵位まで。王子が妃にできるのは、侯爵令嬢まで。
他の高位貴族の養子になるという手もあるでしょうが、子爵から侯爵位以上の貴族家の養子となると、あからさまな爵位洗浄になるため、エルマーレでは白い目で見られる行為だ。
それに、高位の貴族家は、今までは王子の火遊びとして子爵令嬢との仲を黙認していたのかもしれないけれど、今日王子がこの場で子爵令嬢を王子妃にすると宣言してしまった。
こうなると、王家が何を言おうと、私が婚約者から引きずり降ろされたら、今度は逆に子爵令嬢を引きずり降ろそうとする動きが活発になるでしょうね。
適齢期の娘がいれば、王子に嫁がせたいと思うのは当たり前のこと。
そもそもリシルス子爵家は弱小貴族。領地もなければ資産もない。彼女を養子にするうまみはないのですもの。
エルマーレ王国がいつまで残っているかも怪しいですし、ね。こうなれば、先は長くない。
つまり、リシルス子爵令嬢に、今現在王子妃になれる可能性は、無いと言っていい。
「えっ、貴賤結婚ってなに? 王国法!? アレク様、どういうことですか? 私を妃にしてくれるって言ったわよね!」
「あ、当たり前じゃないか! 私の妃は君以外にいないと何度も言っただろう!? フリージア皇女、お前に私の結婚を決める権限などない! これは内政干渉だ! 皇国の陰謀ではないか!?」
「内政干渉? バカなことをおっしゃらないで。これは貴国の王国法ですわ。まさか自国の法律をご存じありませんの? 王太子殿下ともあろうお方が?」
私の小ばかにしたような正論に絶句し、王子は『待ってくれ、そんな、ばかな』とさーっと顔を青ざめさせる。
なんて雑な責任転嫁なのかしら。そもそもの発端は王国でしょうに。
ここ数年、エルマーレ王国は、関税や入国税を、周辺国との調整もなく勝手に引き上げていた。
軍備も増強し、難民監視や盗賊対策などの名目で軍隊を国境に集中させ、頻繁に演習を行い、国境侵犯を繰り返す。まるで隣国を挑発しているかのように。
何度抗議しても、『ただの演習である。貴国を挑発する意図はない』と、木で鼻をくくったような回答が返され、しまいには『言いがかりもほどほどにしろ!』という内容の遺憾の意が書簡で届く始末。
反対に、国内の警備費は削減され、治安が悪化し、兵士がことごとく国境へ送られたせいで守る者のいなくなった街道には、盗賊や破落戸が我が物顔ではびこっていた。
各国の商人たちは、王国内での往来において盗賊対策のための費用増加に頭を悩ませ、跳ね上がった関税や入国税が財政を直撃した周辺国との緊張状態は、徐々に高まっていく。
そして是正を求めて各国が抗議を行えば、今度は難民流入による治安悪化を要因として、逆に各国がエルマーレ王国の警備費を負担するべきだと言い出した。
そもそも難民など存在もしていないのに、うその話をでっち上げたのだ。
それでも各国は戦争を回避すべく、外交交渉に力を入れる方向へ舵を切り、それぞれ王国と通商条約を結んだが、すべて履行されないまま今に至っている。
だが、諸々の対応にしびれを切らした周辺国で、エルマーレに対する開戦の機運が高まってきたことにようやく気付き、慌てた王国上層部は、皇国に各国との仲裁を兼ねた私の輿入れを打診してきた。というのが、今回の経緯だった。
私がこの国にいる限り、皇国が調整役として乗り出したということにほかならず、その間は周辺国の動きを押さえられると、王国側にはそういう思惑があった。
確かに近隣諸国を騒がせるのは得策でないことぐらい、私にもわかっている。皇国としては突っぱねることもできたはずだけれど、皇帝陛下の命で、私はこの国の王太子の婚約者になってしまったのだ。
婚約がまとまる寸前だった『彼』との何もかもを、白紙に戻されて。
怒って、泣いて、なじって、閉じこもって。理不尽に全力で抵抗したけれども、父である皇王は困り果てながらも頑として譲らなかった。
挙句の果てには、『婚約を破棄させてくればそれでいい。1年だけ我慢しろ』だなんて。
そんな私が受けた不利益を、謝罪一つで済まそうなんて、そうはさせないわ。
多分にお父様への八つ当たりも混じっているけれど。
私は再び口を開いた。
「貴賤結婚は王国法で禁じられております。周辺国もほとんどが貴賤結婚を禁じておりますわね。もし法を曲げてまで子爵令嬢を王太子妃にするならば、間違いなく周辺国の反発を招くでしょう。しかも、このように礼儀も場もわきまえることのできない頭の悪い、失礼、思考能力も判断力も政治を理解する力もない子爵令嬢を王子妃に据えるなど、国の品格を落とし、諸外国に侮られる行いにほかなりませんよ。本日は陛下の生誕を祝うパーティーですもの、諸国の要人の方々が多数いらっしゃいますから、このことは瞬く間に諸国に知られることになるでしょう」
「な、そんな馬鹿な! たかが婚約破棄で、そんな大ごとになるわけがない!」
「『たかが婚約破棄』ではないからそう申し上げているのです」
いや、大ごとでしょうよ。調整役の証明としてやってきた皇国の皇女を、諸国の要人達の前で婚約破棄するということは、すなわち皇国の仲裁を放棄したということになるのだから。
しかも、諸外国はすでにこの国への信頼がない。
本来であればこの後、一週間ほどをかけて各国の使節団との会談を行う期間が設けられている。そこで開戦のきっかけにできる王国の失態を暴いてやろうと、どこの国も準備万端で乗り込んできているというのに、自分からその口実を作ってしまうなんて、うかつなことをしたものだわ。
「フリージア様、頭が悪いなんてひどいです! わ、私がアレク様の愛を奪ってしまったからって、こんな嫌がらせはやめて! 謝ってください!」
「おだまり。見逃してやっていればつけあがって、先ほどから不敬よ。お前ごときに口を開くことを許してなどいないわ。次はないわよ」
「ひっ!」
空気を読めない子爵令嬢は、私に鋭くにらみつけられて叱責され、護衛騎士が剣の柄に手をかけたのを見て、真っ青になって震え上がった。
何を勘違いしているのか、こんな王子の愛など、私にとっては、路傍の小石よりも価値のないものだわ。
それに、いつまでたっても自分が私と対等だと勘違いしたままの、無礼で失礼で、口を開けばマウント取りに来るだけの娘なんかと口を利きたくもない。
「そっ、そういうところだフリージア! お前は売られてきた分際で、皇国の威光を笠に傲慢なふるまいを繰り返す! 優しいアメリアとは大違いだ! そういうところが我慢ならないのだ!」
「結婚後ならまだしも、結婚前ですから私は正しく『ミルナディア皇国第三皇女』ですわ。売られただの皇国の威光を笠になど、何を勘違いなさっているの? たかが辺境の小国の王子ごときに下げる頭は持ち合わせていなくてよ」
「な、なっ!? お前……お前っ!」
痛烈な侮蔑に怒りのあまり言葉をなくした王子にかまわず、私は手袋に包まれた手をすっと横に流した。
「それでは、成婚がなされなかったということで、当初の盟約通り契約解除条項に沿った賠償を請求いたしますわ。……フォンテーヌ外交官、前へ」
「契約解除条項だと!? どういうことだ!!」
私の言葉を合図に、カツカツと規則正しい靴音が響く。怒りに震える王子の前に進み出たのは、今回のパーティーのために皇国からやってきた使節団の長。
外交官であり、皇国の大公家嫡子であるクラウス・ソル・フォンテーヌ。
私が心から信頼し、ただ一人愛した人が、私を守るように立ちはだかった。
ヒーローは視線と匂わせと名前しか出てきませんでしたね笑
多分次で活躍する?と思います。




