日常に混ざる異常
普段通りの生活を送って、いつもと同じように登校する。白宮にとってその日は、何の変哲もない日常だった。教室の床に白い蛇が這っているのが見えなければ、昨日の出来事は夢だったと思っていたかもしれない。
(神橋にとっては、これが普通のことなんだろうな)
教室の隅に目を向ける。蛇の飼い主……神橋は、無表情で前を見ていた。その視線が、白宮がいる方に向けられる。2人の目が合った瞬間に、彼女はため息をついて顔を背けた。
「どうしたー? 神橋に興味があんのか?」
「ユウ」
声をかけてきたのは佐藤勇樹。隣の席の友人で、白宮の幼馴染だ。
「悪いことは言わねえ。アイツは止めとけ」
「どうしてだ? 最初に彼女の話をしてたのは、ユウの方だろ」
「そりゃあオレも、最初は期待してたけどな……。でもアイツ、いいとこの子供って感じじゃん。遊びに誘っても付き合ってくれねえし、なんつーの? 生きる世界が違うって感じで、なんか近寄りがたいんだよな」
「なるほど、確かに世界は違うかもな」
「だろ? まあ、お前もあんま深入りするなよ。面倒なことになるかもしれねえし」
「俺は大丈夫だ」
白宮はそう言って胸を張った。佐藤が安心したような顔になる。そんな彼に聞こえないように、白宮は小さな声で呟いた。
「まあ、巻き込まれてはいるけどな」
白宮は再び横目で神橋の方を見た。彼女に近寄る人間はいない。
(ユウは気のいい奴だし、誰にでも親しげに話しかける。そのユウにあそこまで言わせるなんて、神橋はいったい何をしたんだ?)
転校初日。彼女の周りには、人が集まっていた。白宮は特に彼女に話しかけるような用事も無かったので、彼らを無視して教室から出ていった。
(あの時、教室に残ってたら何か分かったのかもな。……いや、どっちでも一緒か。あの日、俺が蛇を見かけなかったら……俺だって、神橋にこんなに興味を持たなかっただろうし)
蛇が床から机に移動して、そのまま神橋の肩に乗る。神橋は蛇を乗せた状態で、次の授業で使う教科書を準備していた。
(憑きもの筋か。確か特定の家系の娘に取り憑いてて、その子が結婚した先に移住するんだったな。神橋が他人と距離を取ろうとするのは、もしかしてそれが原因なんだろうか)
白宮は手探りでカバンから教科書を取り出して、机の上に置いた。下にいた蛇が彼を見上げる。
(神橋はこういうの嫌がるかな。俺は気にしないけど)
白宮は床に手を伸ばして、蛇を拾い上げた。蛇は白宮の手の上で大人しくしている。
(やっぱり、悪いモノには思えないよな。地域によっては神様として祀ってる所もあるらしいし)
チャイムが鳴って、先生が部屋に入ってくる。白宮は蛇を机の端に乗せて教科書を開いた。少し奇妙な日常は、こうして幕を開けた。