憑き物
白宮が掠れた声で問いかける。
「今の、何だったんだ?」
「何って?」
「ほら、蛇とか重い空気とか……色々あっただろ、見えてなかったのか」
「なんだ、見えているの。ひょっとしてアナタも同業者?」
「同業者ってなんだよ。どういうことだ?」
「憑き物筋よ。知らないの?」
「知らないけど。憑き物ってことは、その蛇にとり憑かれてるってことか?」
「そうよ。この子たちは家に富を持ってくるけれど、人の恨みや憎しみの感情をエサにして生活しているから、定期的にこうして恨みを集めて食べさせてあげなきゃいけないの」
神橋の目は真っ直ぐで、嘘を言っているようには見えなかった。白宮はため息をついた。
「そんなこと、本気で信じてるのか? 科学が発達した、この時代に?」
「信じたくなければ信じなくていいわ。私だって、他人に信じてもらおうとは思わないもの」
神橋が教室の端に歩いていって、壁に張られていた古い御札を剥がす。白宮は無言で彼女の様子を見ていた。非現実的な状況なのに、彼女の美しさは損なわれていない。むしろ、不思議なことの中心にいて動じていないことで、以前よりも神秘的に見えている。
「……どうかした?」
御札を剥がし終えた彼女は、怪訝そうな顔で白宮を見た。白宮はそこで初めて自分が彼女に見とれていたことに気づいて、慌てた様子で口を開いた。
「その、ごめん。神橋さんがすごく綺麗だったから、無意識に目で追ってた。失礼だったよな」
「……? 綺麗だった? 私が?」
神橋は目を丸くした。白宮は真剣な表情で頷いた。
「うん。神橋さんは元から美人だったけど、不思議なことに関わって堂々としてるように見えたから余計にそう思えたのかも。昔から、こんなことをしてたの?」
「……アナタには関係ないでしょ。憑き物のことも知らないし、たまたま見えるだけの一般人なんだから、早くお家に帰りなさい。じゃないと巻き込まれるわよ」
「巻き込まれるって、何に……」
外で大きな物音がして、建物全体が揺れた。神橋が鋭い目つきになって窓から外を見る。
「遅かったわね」
白宮は何が起きたのか分からないまま、神橋と同じように窓から外を見た。外は真っ暗で、空には星も月も見えない。窓から見える駐輪場に誰かがいた。その人物が教室を見上げて手を伸ばす。その手の先から大量に、小さな黒いイタチのような生き物が現れた。イタチは壁を伝って、教室の窓まで登ってくる。白宮は驚いて窓から離れたが、神橋は動揺した様子もなく教室の中央に集まっていた蛇たちを呼んだ。