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Lot.2 人狩り

「どこから手をつけようか」


 平皿に盛り付けられた白米を手にした菜箸で堪能しながら、"半端者"は傍に控えていたメイドを流し見る。

 彼女は手にしていた鉄製の鞭を主人の口に思いっきり叩きつけた。


「食事中に喋ってはいけませんよ~」


 彼女はその優しげな表情に反さず人一倍礼儀に厳しいため、"半端者"は恐れながらも彼女をフランチェスカ同様に重宝していた。

 黒髪にぼさぼさパーマのフランチェスカとは違い、手に取らずともわかるほど滑らかな腰までのブロンドを揺らす彼女は、この屋敷で一番正しいメイドである。

 黙って頷いた主人に満足し、定位置に戻ったメイド──サリーは、少し考える素振りをしてから自身の見解を述べた。


「やはりまずは東新町に行ってみるのが良いのではないでしょうか?」

「それはもちろん」


 バチン! と鞭が飛ぶ。


「愛宕神社に寄られたとお聞きしましたが、伊邪那美命(イザナミ様)伊邪那岐命(いざなぎ様)は何も仰られなかったんですか?」

「御二柱様とも八雲神社に出張で不在だった。火之迦具土神(カグチツ様)は居たけど──戦以外のことじゃあね。『大変やね』とは言われたけど」


 バチン! と鞭が飛ぶ。


「ごちそうさま。とりあえず寝ながら効率の良い方法を考えてみる」

「そうされてください。お風呂の支度はできております」


 たらこ唇のままに退出した"半端者"を見送り、皿を引きながらサリーはふと懐中時計に目をやる。

 既に時刻は深夜の一時を回っており、普段なら狩りを終えたフランチェスカが酒をたかりに厨房へ現れているはずである。

 ところが、今日はそういう気配が微塵も無い。


『サリー!』


 と、腰に下げていた無線機に当のフランチェスカから通信が入った。

 声の様子に苛立ちを感じ取ったサリーは、()()も視野に入れつつ応答する。


「今日は帰りが遅いですね」

『旦那から客人を呼んだとか聞いたか?』

「いいえ、何も」

『あ、そ』

「何かありましたか?」

『狼の中に人間が紛れてただけだ』


 どうやら自分の主人は思ったより面倒事を抱えて戻ってきたかもしれない。

 サリーは下げた皿を厨房の粉砕機に入れると、自身の装備を点検するために武器の保管庫へ赴くのだった。



──────────────────────────────────────



 過去、ニホンオオカミは頭数が激減したことから日本政府によって保護対象に指定されていた時期がある。

 今となってはその真逆──狩猟対象ではあるが。


 増えすぎた原因にも色々あった。

 言ってしまえば保護が手厚すぎたという事ではあるのだが、絶滅寸前になっては回復するという事を幾度となく繰り返した結果、世界への実在性が高まって生き物としての存在指数がこれほど飛びぬけて大きくなってしまったのは例が無い。

 お陰で世界がニホンオオカミの絶滅を許さなくなり、一定の頭数から数が減らないようになってしまった。


 そうなると困るのは農家である。

 何せ山中の動物は(天狗や鬼がいる山を除いて)ニホンオオカミが狩りつくしてしまうので、自然腹を満たすために人里へ降りてくることになるからだ。

 雑食の彼らは木も鉄も食べるが野菜も食べる。

 集団で下りてきては畑を荒らす害獣と成り果てた狼に対してできる対策は、夜中に待ち構えて彼らを殺戮することだけであった。


『今』


 パン、と乾いた音と共に視界の先で一頭の狼が倒れる。

 微光暗視装置(スターライトスコープ)赤外線可視化装置インフレッドレシーバー赤外熱映像化装置(サーマルビジョン)の載った鎖閂式小銃(スプリングフィールド)を下ろし、フランチェスカはレーザーポインターを左の方に振る。

 後方にいるメイドが指示のある方向へ赤外線投光器(プロジェクター)を向け直した。

 改めて左の方へ銃を向け直すと、跳ね返ってきた赤外線で照準器(スコープ)内に獲物が露わになる。


『十三……右から』

『十三、右から。了解』

 

 毎晩こうして農家の敷地で狼狩りをするのが自分の役割だと理解してはいたものの、フランチェスカはこれまで数え切れないほど仕留めてきた狼に飽き飽きしていた。

 同じ獲物を同じやり方で、毎日毎日。生業とするにはあまりにも単調が過ぎる。

 農家は必死かもしれないが、それならなぜ今の時代にわざわざ農業などやっているのか。フランチェスカには全く理解が及ばないでいた。


 とはいえ、自分は雇われの身で、雇い主の意向には従わなくてはならない。

 でなければ明日からの食い扶持が無いのだから、不満を感じつつもそれは言わないでいた。


 銃声に仲間が倒れ、一度は慌てたように走っていく狼も、しばらくすると畑を荒らすために戻ってくる。

 もう一人の狙撃手となるべく同時に撃って手間を減らしながら、彼女は今夜の仕事を終えようとしていた。

 

「……増えた?」


 残っていた狼は十三匹。見過ごしていても数匹のはずだが、先ほどから撃っても撃ってもどこからか狼が現れていた。

 向かいの山側から、背の高い草の合間にちらちらと熱源が映る。


『フランチェスカ?』

『少し待て』


 相方に射撃を止めさせ、フランチェスカは少しの間考え込んだ。

 狼は基本的に三十から六十程度の範囲で山から下りてきて、そこから減ることも増えることも基本的にはない。今までそういった例外を聞いたことはなかった。

 数え間違えていなければ、今夜は既に六十匹以上も狼を仕留めているのに絶える気配が無いのはどういう訳か。

 

 まさか、と思いフランチェスカがレーザーポインターで右の方を指してみると、向けられた方向からも赤外線が帰ってきて複数の標的を赤外熱映像化装置(サーマルビジョン)に映し出していた。

 明らかな異常事態なのは明白であったが、さりとてこのまま手をこまねいている訳にもいかない。


『予備も出して左に向けろ』


 後方のメイドにもう一台の赤外線投光器(プロジェクター)を出す様に指示し、フランチェスカは改めて狼の動向を照準器越しに観察する。


(……ん?)


 よくよく見ていれば、増えたそれらは狼にしては一回り大きく、動きもどこかぎこちない。

 無理やり四足歩行をしているような、そういった動きだった。

 今の照準器では拡大するにしても限界の倍率であったため、フランチェスカは仲間に援護を命じて獲物に対する距離を縮めていく。

 

 そうして五十メートルほどまで接近した時──ようやくそれが四つん這いになっている人間であることがわかった。

 


 

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