Preface
最近の天気は晴れときどきガラス(正確に言えば有機系太陽光パネルの残骸)であった。
地球に最接近した小惑星が太陽フレアによって軌道をわずかに変え、逸れるはずだったものが日本へ落ちることになってしまったからだ。
最悪の事態を想定して待機していた宇宙自衛隊は対処に苦慮し、辛うじて小惑星にロケットで乗り付け内部を爆破して真っ二つにはしたものの、後ろの部分が爆発でブレーキをかけられてしまいそのまま日本へ向かってきたというのが事の顛末である。
政府はミニミニ理事会や国際連合宇宙局といった国際組織、意富斗能地神ら八百万の神々の忠告を無視して、そのまま日本上空の天蓋集光板に小惑星の破片を衝突させて事態の解決を図った。
結果として小惑星は地表に到達する前に粉々になったものの、代償として衝撃で電磁気を帯びた天蓋集光板の破片が空中へ飛散し、電磁気を失うまで漂った後に地表へ落下してくるという雅な事故を引き起こしている。(実に煌びやかであり、これを境に観光資源となった)
政府としては明治から展開されている集光板の改修に度々頭を悩ませており、今回の一件は彼らにとってまさに恵みの雨とも言えるものだったのだろう。
法律上、地震や台風などの天災における施設・設備などの損壊は財務局から満額の補助金が出る仕組みとなっており、政府は財務局上部組織の大蔵省と示しを合わせて事前に地方自治体へ国庫の金を全て臨時予算として振り分けることで国の金庫を空にし、無から多額の金を生み出すことに成功した。
法律で決められた事は覆せない。
どこからともなく現れた莫大な金はいつの間にか国庫の中に納まっていた。
天蓋集光板は技術の進歩で安上がりに作られるようになっている。
しかしながら、解体して処分をするとなると明治時代のものでは費用があまりにもかかりすぎた。それこそ新しい時代の集光板を七十セット用意できるほどには、である。
だからこそ今回の件は政府にとっては都合の良いイベントだったのだ――代わりにガラス片が降り注ぐようになったとしても。
「国家転覆しようかなぁ~~~~」
思わず出た大あくびとともに伸びをした私は、道行く人々の鉄製の傘を見下ろしながらすっかりぬるくなったカフェオレを飲み干した。
空になったカップを道に投げると、安物のアルミ製傘に直撃してパイプオルガンのように優美で壮大な音を奏でる。
「ヤバイ!! 降ってきた!!」
突如として慌ただしくなった下界の様子に噴出した私はしばらくソファで漏れ出る笑みをこらえていたが、何かの破片が天井へ突き刺さったのが視界の端に入って一気に冷静になった。
恐る恐る窓の下を見ると、砕けたカップの破片をうちで雇っているメイドが回収して私の部屋へ投擲しているではないか。
耳を掠めて最後の破片が天井に突き刺さる。
メイドと目が合った。
「ご主人様~、他の方へ迷惑をかけてはいけませんよ~」
にこやかな表情でこちらに声をかけてきたメイドに手を縦にして謝罪のジェスチャーを送ると、彼女は親指を下に向けてから屋敷の中へ戻っていった。
他のメイドならば首を刎ねられていたかもしれないが、彼女は一番優しいから平気だろう。
ふと机の上に置いてあった手紙に意識が向く。
福岡府から届けられたその手紙は府章の封蝋がしてあり、いまだその封は開けられていない。
ずっと避け続けていた問題に意識が向いた時点で負けだと思った私は、ついに観念して手紙の封を切るのであった。