婚約者に処刑された令嬢は、時を超えて復讐する
「シエナ・リリアーナ、反逆罪により死刑に処す!」 冷たい声が、広場に木霊する。私は、混乱と絶望の中で、粗末な処刑台に立たされていた。
群衆の中には、私を憐れむ目や、非難する目もある。
しかし、私は何も悪いことはしていない。
全ては、婚約者であるカイルの策略なのだ。
「私は、あなたに とって、所詮不要な存在だったのね…」私は、かすれた声で呟く。 カイルは、群衆の前では悲しみに暮れた表情を見せながら、私に近づくと、耳元で囁いた。
「愚かなシエナ。お前の力が、私の邪魔になると思わなかったのか?生まれながらにして稀なる魔力を持つお前は、私の野望の脅威だったのだ」
カイルの言葉に、私は愕然とする。私が持つ強大な魔力が、彼の野望の障害になっていたのだ。しかし、私はその力を人々のために使うつもりだった。
「お前は私の思い通りにはならない。だから、消えてもらうしかないのだ。さらばだ、シエナ」
カイルの合図で、刃が下ろされる。
鋭い痛みが、私の体を貫く。
視界が徐々に暗くなっていく中、私は心の中で誓う。
「いつか…必ず…あなたに復讐するわ…」
次に目覚めた時、見慣れない天井が目に入った。
「ここは…?」
反射的に身体を起こすと、そこには見覚えのある私の部屋があった。だが、何かが違う。鏡に映る私の姿は、まるで10歳の頃の私のようだ。 そこへ、侍女が入ってきた。
「お嬢様、おはようございます。今日は、お嬢様のお誕生日ですね。もうすぐ11歳に…」
「11歳…?では、私は7年前に戻ったというの…?」
事態を飲み込めずにいると、突然前世の記憶がよみがえってきた。
「そうだ、カイルに裏切られて処刑されたんだわ…。この7年前に戻ったということは、彼を倒すチャンスを与えられたってことね!」
私の心は、復讐の炎に燃え上がっていた。
「絶対に、カイルを倒してみせる…!そのためにも、もっと魔法の力を高めなくては…」
私は、リリア王国一の魔法学院に入学した。
魔法学院での授業中、私は他の生徒たちとは一線を画した才能を見せつけていた。
「シエナ、その呪文は上級魔法だよ。まだ習ってないはずだけど…」先生が驚きの眼差しを向ける。
「え?そうなんですか?なんとなくできちゃいました」私は無邪気に答える。
周りの生徒たちは、度肝を抜かれた様子で私を見つめていた。
「さすが天才だ…」「シエナはやっぱり別格だね…」そんな囁き声が教室に広がる。
私は我ながら、自分の力に驚いていた。まるで生まれながらにして魔法を操るために生を受けたかのように、呪文を唱えるだけで思うがままに魔力を扱えるのだ。
しかし、私にとってはまだこれでも満足できなかった。
「ねえ、シエナ。あの魔法の呪文、覚えられた?」親友のサラが話しかけてくる。
「もちろん。でも、これじゃまだまだ足りないわ。もっと強力な魔法を学ばないと…」
「そんなに頑張って、一体何のため?」サラが不思議そうに尋ねる。
「私には、達成しなければならない目的があるの…」
言葉を濁す私に、リリアは首を傾げた。 私は、強大な魔力を身につけるため、昼夜を問わず勉学に励んだ。 いつかカイルを打ち倒すその日まで。復讐の炎は、私の心を焦がし続ける。
時は流れ、私は17歳になっていた。リリア王国の公爵令嬢として、優雅な日々を送っている。表向きは。だが私の心は、未だ復讐心で燃え上がっていた。
「お嬢様、オルセド王国からお客様がお見えです」
メイドの言葉に、私は顔を上げる。 現れたのは、あの裏切り者カイルだった。
「初めまして、シエナ。噂通り、いえ、噂以上の美しさですね」
前世で最後に会ったのは、あの忌まわしい処刑の日。それから7年。彼の姿を見るのは、今世では初めてだった。 私は、平然を装いながら、カイルを見据える。
「カイル王子。お会いできて光栄です」
「シエナ。君も知っての通り、我が国とリリア王国の関係は良好だ。そこで、両国の絆をより強固なものにするため、君との婚約を果たしたいと思っている」
「婚約ですって…?」
「そう。君なら、申し分のない妃になってくれるはずだ。国王である父上も、そう考えている。もちろん、君の意思も尊重する。検討してほしい」
婚約の話を持ち出すとは、何を企んでいるのか。だが、これは復讐のチャンス。そう考えた私は、承諾の意を示した。
「はい。喜んでお受けいたします」 こうして私は、カイルと共にオルセド王国へと向かった。
そして宮殿に到着すると、一人の青年が出迎えてくれた。
「初めまして、シエナ様。私はルーカスと申します。王宮魔導師を務めております」
ルーカス。誠実な瞳を持つ好青年だ。その透明な眼差しに、私は一瞬で心を奪われた。
「ルーカス様、よろしくお願いします」
「シエナ様こそ、よろしくお願いします。しばらくの間、よきお話し相手になれたら幸いです」 ルーカスの申し出に、私は喜んで頷いた。
宮殿内を案内してもらいながら、二人の会話も弾む。
「シエナ様は魔法学院で素晴らしい成績を修められたと伺っています。その才能を、我が国のためにも発揮していただけたら」
「ありがとうございます。微力ながら、お役に立てるよう頑張ります」 ルーカスと過ごす時間は、とても心地良いものだった。
だが、そんなある日。
「シエナ、こちらへ」 カイルに呼び出された私は、怪しげな地下室へと案内される。
「ここには、古代から伝わる禁断の魔法書が眠っている。私はこれを手に入れ、『暗黒の魔法』を習得した。この力があれば、あの厄介なフィオーレ王国も簡単に滅ぼせるはずだ」
「『暗黒の魔法』だなんて…。それで、一体何をするおつもりなの?」
「君の力を借りたいのだ。君の純粋な魔力があれば、儀式は成功するだろう。そうすれば、フィオーレ王国を呑み込み、私の理想とする世界が実現する…!」
カイルの恐ろしい野望を知り、私は愕然とする。
「私の魔力を、そんなことに使うなんて…許せない!」 その時、地下室の扉が開く音がした。
「シエナ様!そこにいらしたんですね」 現れたのは、ルーカスだった。
「あなたは…私の話を、聞いていたのか?」カイルが目を剥く。
「ええ。全て聞かせていただきました。とんでもない悪事を企んでいたのですね、カイル様」ルーカスの言葉に、カイルは激昂する。
「ルーカス、お前もシエナと結託しているのか!」
「い、いえ、私は…」
「わかった。ならば、お前たちには消えてもらう!」カイルが魔法を放とうとした瞬間、私は反射的にルーカスの前に立ちはだかった。 激しい魔法の衝突。吹き飛ばされた私たちは、なんとか地下室から脱出する。
「すみません、シエナ様。私のせいで…」
「謝ることはないわ。ルーカス。あなたのおかげで、私はカイルの企みに気づけた。これは、私たち二人で阻止するしかない」私は、ルーカスの手を握る。
「シエナ様…」 瞳を潤ませるルーカス。その時、確かに私の心に強い決意が芽生えるのを感じた。 たとえ命を懸けても、カイルの野望は阻止しなければならない。 そう心に誓った私だった。
「いよいよ、決戦の時…!」 ルーカスと幾度も作戦を練った末、私たちはカイルの元へ乗り込んでいた。
「愚かだね、シエナ。私の力が、どれほどのものか知らないようだ」 神殿の最深部。そこでカイルが不敵な笑みを浮かべている。
「もう後戻りはできない。『暗黒の魔法』の儀式は、すぐそこまで迫っているのだ!」
「そんなことさせない!」 私は、全身に魔力を込める。するとルーカスも、隣で私の手を握った。
「皆の想い、皆の祈り。その力を、私に!」 二人の魔力が共鳴し合い、強大なオーラが神殿内に充満する。
「なっ…!?この力は…!」 予想外の展開に、カイルは驚愕する。
「諦めなさい、カイル!あなたの悪事の数々、もう隠せはしないわ。私が目撃してきたのよ。村を焼き、人々を苦しめる様を!」
「くっ…感づかれていたとはな…」
「今ここで、全てを終わらせる!」 私は渾身の魔法を、カイルに叩き込む。
「ぐわああああっ!」 凄まじい光が神殿内を包み込み、やがて収まると、そこにはもうカイルの姿はなかった。 「やった…私たちの勝利だわ…!」 勝利に酔いしれる間もなく、突如ルーカスが苦悶の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちた。 「ルーカス!しっかりして!」 私は、ルーカスを抱きかかえる。よく見ると、彼の胸から血が滲んでいる。
「ルーカス、どうして…」
「すまない、シエナ。君を守るために、私はカイルの放った闇の魔法を受け止めてしまった…」
「そんな…バカな事して…!私のために、命を賭けるだなんて…!」 涙が止めどなく溢れ出す。
「君を…守れて…良かった…。シエナ、君を愛している…」 そう言い残し、ルーカスは静かに目を閉じた。
「ルーカス…私も、あなたを愛しています…!お願い、目を開けて…!ルーカス....!」
私の絶叫が、神殿内に木霊した。
後日、 ルーカスの葬儀が執り行われた。カイルの野望は潰えたが、代償があまりにも大きかった。 深い喪失感に暮れる私だったが、国王から呼び出しを受ける。
「シエナ。よくぞ我が国を救ってくれた。実は私も、かねてよりカイルの不審な動きに気づいていたのだ。だが、彼の力が強大過ぎて、止めることができなかった…」
「国王陛下…」
「私は、もう覚悟を決めている。この国には、もはや私ではなく新しい君主が必要だ。シエナ。その人物こそ、君しかいない。国民も、そう望んでいる」
「し、しかし…」
「実を言うと、ルーカスもそう願っていた。君なら、この国を良い方向に導いてくれると」 ルーカス…。最愛の人の言葉に、私の迷いは吹っ飛んだ。
「…わかりました。ルーカスの遺志を継ぎ、私、この国の女王になります」 こうして私は、オルセド国の女王となった。
「陛下!リリア王国との和平条約が結ばれました!」
「フィオーレ王国からも、友好の使者が来ています!」 女王となり、国の運営に奔走する日々。 かつて私の心を支配していた復讐心は影を潜め、今はただ平和な世界を築くことだけを考えている。
「ルーカス。あなたと出会えて、本当に良かった。あなたが教えてくれた愛の意味、私はこれからもずっと胸に刻んでいくわ」 窓の外を見やると、美しい虹がかかっていた。 空の上で、ルーカスが微笑んでいるような気がした。
「さあ、また今日も、頑張るわよ。私たち二人の…いえ、この国に生きる全ての人のために」 そう呟いて、私は新たな一日の始まりに向かって歩み出した。
あれから月日は流れ、オルセド国は周辺国との友好関係を築き、安定した平和を保っていた。 私もすっかり女王の務めに慣れ、国民から信頼と愛される存在となっていた。
「陛下、今日のお食事はフィオーレ王国から贈られた特産の果実を使ったデザートです」
「まあ、美味しそう。友好の証に、感謝しないとね」 ルーカスとの思い出を胸に、私は国民のために全力を尽くす毎日だった。 そんなある日、宮殿に一人の少女が訪ねてきた。
「あの、私は隣村から来ました、ティナと申します。お願いがあって参りました…!」
「ティナ。どのようなお願い事かしら?」
「私の村は今、ひどい旱魃に見舞われていて…。このままでは、村が危ないんです。どうか、お力添えをいただけませんか?」 少女の必死な訴えに、私は心を動かされた。
「わかったわ。私にできる限りのことはするつもりよ。一緒に村に行きましょう」 こうして私は、ティナの村へ向かった。 村に到着すると、そこは少女の言葉通り、酷い状況だった。
「皆さん、どうかご安心を。今より私が、この村に恵みの雨を呼び込みます!」 そう言って私は、空に向かって杖を掲げた。 集中して魔力を解き放つと、やがて空が曇り始め、村に優しい雨が降り注ぎ始める。
「雨だ!女王陛下が雨を呼んでくださったんだ!」 歓喜の声が村中に響き渡った。 その時、村人の中に見覚えのある顔を見つけた私は息をのむ。
「ルーカス…?」 雨に打たれながら微笑むその男性は、まさしくルーカスの面影があった。 近づいてみると、その男性は言った。
「陛下、初めまして。私はこの村の住人、リュークと申します。ルーカスは…私の兄です」
「え…!?」
「兄は陛下のことを、最期まで思っておりました。陛下が国を良き方向に導いてくださることを、心から信じていました」 リュークの言葉に、私の瞳からは涙があふれていた。
ルーカス、あなたの想いは、ちゃんと私に届いているわ。 今、この国は、あなたが望んだ通りの国になろうとしている。 そしてこれからも、私はあなたとの約束を胸に、女王の務めを果たし続けるわ。
雨の中、私はそう心に誓うのだった。