深刻な症状
とある小さな会社の社長。彼は社屋の裏にて、火をつけようとしたタバコを指に挟んだまま、頭痛の者がそうするように手を頭にやり唸っていた。
だが、頭痛ではない。いや、なくはないが、どちらかと言えば痛むのは胃のほうか。呑み込んだ悩みの種は根を張り彼を苦しめていた。
その様子を見るに見かねた社員が彼に駆け寄る。
「あの、社長。大丈夫ですか……?」
「ん、ああ……だいじょう……いや、すまん、少し愚痴らせてくれるか?」
「ええ、もちろん。あの、もしかしてですけど彼のことですか?」
「ああ、そうだとも……彼だ。彼だよ!」
「うおっ、大きな声……」
「ああ、すまんな。他に人は、彼はいないか?」
「ええ、もう帰りました」
「もう!? だってまだ、ああいい。今に始まったことじゃない。ふぅ……よし、それで彼なんだが」
「ええ、僕と同期の、ですね」
「そうだ……はぁぁぁぁぁぁーあ! あぁぁっ!」
「相当、溜まっているみたいですねぇ……」
「溜まるよ! ストレス! こっちが病気になりそうなんだ! パワハラに気を付けなきゃならないこの時代だし、君もそうだが、うちみたいな小さな会社にとって貴重な新入社員だから優しくとは言ってももうほんと、はぁぁぁぁぁ……」
「ああ、彼は――」
「いや! 君の言おうとしていることもわかる。仕方がないと。時代だと。だがまあ、聞いてくれ。酷いんだ。ああ、そうだな。一から振り返ろうか。
ある日、私が彼の行動を少しだぞ、少し注意したら突然彼は『自分はトックティティック症です』と申告してきた。私が『それはなんだい?』と聞き返すと彼は信じられないといった顔で、こう捲し立ててきたんだ!
『しゃ、社長! 私が驚いているのは社長がトックティティック症をご存じないことではありません! ええ、国内では数件、海外でもそう多くはない珍しい症例ですので! ですが、う、うぅぅ、病に苦しむ、わ、わたくしめに、ま、まさか、それを、く、く、詳しく話せと、そう仰る目が、あ、あ、あ信じられないのでございます!』と」
「よく、事細かに覚えておいでで……」
「あぁぁぁぁ! 夢に何度も出てくるからね! しかもその注意した理由というのは、業務中にスマートフォンでゲームしていたからだ! こっそり机の下でな! 休憩時間かと一瞬自分を疑ったよ!」
「お、落ち着いてください! どうどうどう……」
「ふぅぅぅ、それでそうだ、あまりの気迫で仰け反った私は一先ず、彼を落ち着かせようとした。
『わ、私はそんな目はしていないよ。大丈夫だから落ちつ』と、落ち着いてと言い切る前に彼はまたしても目を剥き顔を真っ赤にして捲し立ててきたんだ。
『わ、私はそう感じたのです! 社長はそれをも否定なさるのですか!? ああ、そうでしょうとも! わたくしが悪いのです! 病気である私が! どうぞ責めてください! 難病にかかった不出来な私をどうぞ罵ってください!』と。難病と聞いたら私も何も言えなくなるじゃないか。すると彼はさらにこう言ったのだ。
『あ、あ、あ、あ、突然黙った上にその顔、空気感染を恐れているのですね! しゃ、社長はわ、私が保菌者だと! そう仰りたいのですね! ええ、目を見ればわかりますとも! あ、あ、あああぁぁぁひどい! これは、人にうつるものじゃないのに! 病気だと偏見で差別を!」』
「あの、社長」
「『さ、差別なんて人聞きが悪い……わ、私はそんな意識などないよ』と私が言うと、彼は怯えた顔して『む、無意識で差別を……』『いや、私は』『尊敬する社長が、こ、ここんなことって……』『いや、だから私はだね』『悲しい……私はただただ悲しいです。あぁ……死にたい。遺書には社長のお名前を……』」
「社長、あのですね」
「まあ、待ってくれ。話はまだまだあるんだ。だが、そうだな。少し省略しよう。その後、私は彼を宥め続け、それでようやく話は私が彼に対し、もっと優しく接するということで落ち着いたんだが……。
はぁぁぁぁ……それでも彼が仕事でミスをすると一言言わなければならないだろう?
だがその度にいや、私が少し強い言葉を使おうものなら、その病気のことを持ち出したりさらには『今日はエメヒッヒ症で……』『ヒンゲル豆症候群』だの併発しただのなんだの他の病気まであると私に言って」
「あの社長」
「残業はお断り。最近は傷病手当も検討してくれと。あれには担当の医師の証明が必要なのだが、彼はそれをプライバシーの侵害だとか言ってとにかく、休みと手当金を、とああぁ、胃が、痛い……」
「社長、彼の病気ですが……」
「ん? なんだ? え、ま、まさか君も何か……」
「いや、そんなに怯えないでくださいよ。僕も彼と同じ、ここ地元の者でして、高校も同じで」
「え、そうなの?」
「で、彼は昔から我々の間では有名なんですが……」
「まあ、難病ならそうだよなぁ……」
「いえ、彼は造語症です」