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稀代の悪女〜卒業パーティーで断罪しようとした時点で、貴方は詰んでいたんですよ〜

作者: にょん
掲載日:2023/04/09

「ルイーズ。お前との婚約破棄をここに宣言する!」

 とある学園の卒業パーティー。宴も終盤に差し掛かった頃に、第一王子のヨシュアが高らかに叫んだ。会場は一人の女性を囲みながら一瞬にして静まり返った。

 ルイーズと呼ばれたその女性は落ち着いた様子で口元に扇子をやると静かにヨシュアに目配せをした。

「ヨシュア様。ここは卒業生の晴れの場ですよ?何をお騒ぎになっているのかしら」

 眉一つ身じろぎせぬその姿に、ヨシュアの目は釣り上がる。その背にはおどおどと怯えた様子の女生徒が隠れていた。ルイーズはそれを見て、「ああ」と納得したようにため息をついた。

「なるほど。そこの平民に何かを吹き込まれたのですね」

「平民とはなんだ!ユリカはお前にそのようにしていじめられてきたことを勇気をもって告発してくれたんだ。国母となろう者が出自ごときで他人を陥れようなど言語道断!!ユリカ。お前がされたことを皆に言ってやれ!」

 ユリカは、ヨシュアの腕を掴んだまま、震えた声で「はい」と呟いた。ユリカは平民の出であったが、才覚を買われ、学園に編入してきた特待生であった。

「ルイーズ様に……陰口を言われたり、私物を壊されたりいたしました。叩かれたこともあります」 

 ユリカはわっと、声をあげて泣いた。

 ざわざわとする会場で、ヨシュアは勝ち誇ったように笑っていた。

「しらばっくれても無駄だぞ。証拠もある」

 ヨシュアが手に持った書類の束をルイーズに投げつける。書類がその体にぶつかり、ひらひらとあたりに散らばる。だが、彼女はどこ吹く風というように澄ましたままで、その表情を崩すことはなかった。

「ええ、こんなもの用意しなくても事実ですもの。否定のしようがないですわ」

 書類の一つを踏みつけて、ルイーズはため息をついた。あまりに飄々としたルイーズの態度が、腑に落ちなかったのか、ヨシュアはたじろいだように一歩その場を動く。

「なぜ、そんな酷いことをした?」

「殿下こそ、なぜ私にこんなに酷いことをするんですか?」

「は?俺が何をしたって言うんだ!」

 ヨシュアが声をあらげると、ルイーズは呆れたようにため息をついた。

「私は幼い頃から王命により、厳しい妃教育を受けてきました。子供らしいことなどなにもできず、食事や趣味、友達でさえも好きなものを自ら選ぶことができなかったんです」

「この国の国母となるためなら当たり前だろう」

「まぁ!酷い。それなのに、貴方は私と婚約破棄するのでしょ?私の生きてきた十八年間を無駄にしろとおっしゃるのですか」

「そうだ。俺はお前のようなものを愛することはできない。俺は、ユリカと恋に落ちたのだ。彼女と結婚する」

 ざわめく会場の中で、ヨシュアはユリカの手を取る。ユリカも頬を染め、満更でもない様子で、彼に抱きついた。

「ルイーズ様には申し訳ないです。でも、私たち、愛し合ってしまったんです」

 ユリカはヨシュアの腕の中で、震えながら、ルイーズをしっかりと見つめた。

「……貴方が謝る必要はないです。貴方はヨシュア様の婚約者でもなんでもない。今はまだ、ただのお手つきではないですか。全ては自制できないヨシュア様に責任があります。それに別に私は、ユリカさんを側室にお迎えになってもよろしいと思いますよ」

「は?」

 顔を顰めるヨシュアの顔を見て、ユリカは必死で首を降る。

「嫌です、側室なんて!私……ヨシュア様が私以外を見るなんて耐えられません」

「そ、そうだ!それにそうだとしてもユリカを虐げたお前なんぞ、そばにおけるか!俺だってお前のような女を愛せるものか。どうあかがいても国母の地位にしがみつきたいのか?浅ましい女だな」

 ヨシュアはしがみつくユリカを嬉しそうに抱きしめ、ルイーズには嘲笑を送った。

「……そもそも、王族の婚姻に必要なのは愛だの恋だのではなく、国益になるか否かです。平民を妻にしたところで、この国にはなんのメリットもありませんよ?国益を害するものを排除しようとするのは婚約者として当然の責務だと思います」

「うるさい!昔から国益国益と……、そういうところが昔から俺は嫌いだったのだ。婚約者?笑わせるな。俺の婚約者はこれよりユリカだけだ。お前は、未来の俺の花嫁を傷つけたのだ。よって死罪を言い渡す!」

 会場は、再び静まり返る。扇子の向こうでルイーズの口元が笑った。

「未来の花嫁?それは私ですよね」

「は?聞こえなかったのか。俺はお前と婚約破棄すると言ったんだ」

「ええ、でも私はまだ婚約破棄の書類にサインするなどの手続きをとっていません。私の両親や貴方のお父様……。陛下は知っているのかしら」

「それは……。だが、ユリカは素晴らしい女性だ!父上だって認めてくれる!お前の愚行を知れば父上だって!!」


「愚行を働いてるのはどちらだ」


 響いた声に、ヨシュアの動きが止まる。ガタンと大きな音を立て、会場のドアが開く。そこに立っていたのは、多くの従者を携えたこの国の王。ヨシュアの父親であった。

 皆が頭を下げ、王のために道を開ける。王はゆっくりとヨシュアたちの前に歩み寄った。

「父上……。なぜ」

「なぜとは?この学園の卒業パーティで祝辞を述べることは周知の事実だが」

 ヨシュアは焦ったようにしばらく口をわなわなさせていたが、思いついたようにユリカの肩をつかみ、ぐいっと御前に差し出した。

「父上……っ!ユリカは心優しい素晴らしい女性です!ル、ルイーズはユリカに酷いイジメをしていました。そんな女は国母に相応しくない!だから婚約破棄をして……」

 王は長い髭を撫でながらひとしきり息子の話を聞いてきた。そして響き渡るような大きなため息をついた。

「すまない、ルイーズ嬢。うちの馬鹿息子には王となるための教育がまるで足りなかったようだ」

 ルイーズは頭を深く下げ、「はい」と短く答えた。

「父上……?」

「心優しければ、マナーも教養、知識がなくとも国母が務まると?先ほどからこの娘。私の前だと言うのに頭一つ下げはしない」

 ユリカは「申し訳ございません!」と叫ぶと跪いて頭を下げた。

「いや、いい。息子にあのように前に出されれば呆けてしまうものだろう」

「ちっ、父上……。マナーや教養なんてこれから身につければいいじゃないか」

「ふむ、一理ある。平民だから国母にできないなんてことはない。ましてやこの王立学園を卒業するのだ。なにかしらの才覚はあるのだろう」

 王の言葉に、ユリカの顔がぱあっと明るくなる。しかし王はすぐに「だが……」とよく響く声で付け加えた。

「だが、今までに平民の出が国母になったことはない。それはどんなに後付けで教育したとしても、産まれたときから血が滲むような努力を重ねて学んできたものには叶わないからだ」

 ヨシュアは言葉に詰まるが、もにょもにょと少しずつ言葉を紡いでいく。

「でも、平民をいじめるような女は……」

「お前の母はよく、陰口を言われているな。「お前は次の愚王を産んだ」と、だが、お前の母はその程度で私に泣きついたりはしない。倍にして返しているようだ」

 押し黙るヨシュアに王は深くため息をついた。

「お前は愚かすぎた……お前の粗が見えぬよう、この学園では様々な者に助けてもらっていたが、全て無駄に終わったな。それも気づかなかっただろう。ここまで皆の頑張りを無駄にするとは。皆すまなかった」

 王が頭を下げると会場は今までで一番のざわめきが起こる。しかしその中で何人かは頭を下げたまま、微動だにしていなかった。ルイーズもそんな一人であった。

「ルイーズ嬢。君には特に迷惑をかけた」

「いえ…陛下のせいではこざいません」

 王の声かけに、ルイーズは首をふる。

「なんだ!何を言っているんだ!」

 一人ざわめきのなかで喚くヨシュアにルイーズは向き直ると頭を上げた。

「ヨシュア様。本来ここは出自の関係なく、国の将来に有益となる才能を持つものが集められた学校です。この学校を卒業できるということは将来国を担っていく方々。貴方が国を治める時に力になってくれる方々だったのです。貴方がどう思おうと、正式な手続きを踏まない限り私は貴方の婚約者です。皆様を前に自分の不貞を高らかに宣言し、あまつさえ裁判もなしに処刑を言い渡すなど言語道断。皆さんに浅はかな治世ごっこを見せつけたんです。愚政以外のなにものでもありません。それを未来の家臣たちに見られたのです。頭のいい彼らです。この国の未来に大いに失望したでしょう」

 ルイーズに言われ、ヨシュアが会場を見渡すと、皆バツが悪そうに顔を背ける。彼は焦ったようにルイーズに視線を戻した。

 しかしルイーズは王と顔を合わせており、彼女すらもう彼に視線を向けることはなかった。

「ルイーズ嬢。愚息の言う通りになるのは癪だが、君のような才女をアレに嫁がせるのは申し訳ない。君のためには婚約解消はこのまま進めようと思うのだが、どうだね」

「……お手を煩わせて申し訳ありせん」

「ではこのまま進めよう。今宵のことを聞けば、君の両親も賛成するだろう。君には必ず納得できるような新たな縁談を組もう」

「折角ですが陛下……。次期王の元婚約者なんて、誰も手を付けてくれませんわ。私は生涯一人で生きていくことになると思います」

 王は髭を触りながらかける言葉を探している。しかし何も思いつかなかっとようで、重々しく口を開いた。

「分かった。婚約破棄の慰謝料だ。望むものを言ってみろ。叶えられるものならなんでも渡す」

「では、辺境の領地一帯を私にお与えください。そこを統治する権利をいただきたいです」

「……あい分かった。だが、女が一人で生きていくには、それだけでも不十分であろう。十分な金も私から出そう」

「ありがとうございます。陛下」

 ルイーズはもう一度、王に深く頭を下げようとしたが、王はそれを制し、大きく息を吸ってから皆に向かって吐き出した。

「卒業生諸君。卒業おめでとう!君たちのような若者がいて嬉しく思う。この度は愚息が失礼をした。どうかこの国の良き未来に向かって羽ばたいていってほしい!」

 しばらくの沈黙の後拍手が沸き起こり、パーティーは活気を取り戻した。

 王は一礼をすると、従者にヨシュアを連れていくように告げる。手荒に引っ張られていくヨシュアは「不敬だ!」と叫びながら会場を後にしたが、誰も見向きはしなかった。ユリカだけが泣きながらそれを追いかけていった。

 ルイーズはそれらが出ていった扉が閉まるのを見届けてから、パーティーの輪の中に戻っていった。



 卒業パーティーから数年後。王が急死し、程なくしてヨシュアが跡を継ぐことになった。ヨシュアは戴冠式を終えると、すぐにユリカを妃として迎えた。しかし政治も金もわからぬ、愚王。右も左も分からぬまま思いつきの政治を繰り返し、国は傾いていった。ユリカは国母としての責任に押しつぶされ、すぐに心を壊し、買い物三昧の日々を送っていた。一向に国を良くすることのない愚策に、湯水の如く使われるたびに重くなる税。それらのせいで起こる飢饉や不作に疲れ果てた民は立ち上がり、国は一度、革命によって滅びた。

 国の立て直しに声をかけられたのは圧政の中でもすばらしい領地の統治を続けたルイーズであった。

「まさか、こんなに、うまくいくなんて」

 ルイーズはくすくすと笑いながら窓の外へと目をやる。

 窓の外にはよく実った黄金の稲穂がたなびいている。そこでは農民たちが笑顔で作業をしていた。ルイーズと目が合うと、皆頭をさげてからいそいそと仕事に戻っていった。

 ルイーズは幼い頃からヨシュアの愚かさに気づいていた。自分がどんなに優秀な国母であっても、この男に嫁いだ時点で革命に巻き込まれる未来しか見えない。そう考えたルイーズは自分に有利な状況で、一方的にヨシュアに自分との婚約を破棄させる方法を思いついた。自身が彼に嫌われるように振る舞うのはもちろん、適当な小娘とくっつけ、その娘を虐めるなどして一見するとヨシュアに有利な状況を作れるようにお膳立てする。

 愚かなヨシュアはまんまとルイーズの策略に陥り、卒業パーティーの日に婚約破棄を宣言してしまった。

 あの卒業パーティーに参加していた本来、国を良き方へと導くはずであった若者たちは皆、この国の未来の王に失望し、国外へ出ていった。愚かなものしか集まらなかった国政が愚王によって破綻するのは一瞬だった。

 先王からルイーズが賜った領地は国境沿いの僻地にあったが、土壌が濃く、水も豊富な不作知らずの土地であった。この土地でしか作れない貴重な公益品もあり、先王には公益品の献上や輸入輸出に関する税を納めていた。しかし、ヨシュアはそれを求めなかった。知らなかった。知ろうとしなかったからだ。だから特別な税を払うことなく、貧困に喘ぐヨシュアの圧政でもルイーズたちは豊かに暮らしていた。そんな領地の統治はルイーズにとってはあまりにも簡単であった。あとは、革命が起きた後のごたごたに紛れ、その統治を成果に国を手に入れられれば良い。

「卒業パーティーで断罪しようとした時点で、貴方は詰んでいたんですよ」

 新しい国の女帝ルイーズ。その統治は始終穏やかで、そこは安寧の国と呼ばれた。そんな王国の女帝が、実は狡猾で、稀代の悪女でもあったことに気づけた者はいなかった。

end



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― 新着の感想 ―
[一言] 「そんな王国の女帝が、実は狡猾で、稀代の悪女であったことに気付けたものは誰もいない。」 悪女?立場の違いから視点は異なると思う。
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