7.ざまあっ!
ステンドグラスを背負った玉座の間へと、国の主要人物が一堂に会していた。
長々とした儀式の数々が粛々とこなされ、ウィリアムの口角が上がっていく。
あともうすぐで、玉座は彼のものだ。
今朝、ウィリアムは部下たちに牢屋の様子を確かめさせた。
二人とも牢屋の中だ。万が一あの後すぐに脱走したとしても、もう間に合わない。
儀式が終わったあとに遅れてきて何を言ったところで、王となったウィリアムの権力ならばどうにでも調理できる。
そして、アマンダとウィリアムが愛を誓い合う場面になった。
これは結婚式と王位継承式をまとめた儀式だ。
婚姻を誓ったすぐ直後に、王位継承の儀式が始まる。
「ウィリアム・ノーマン。あなたはアマンダ・ローフェンブルクを愛すると誓いますか?」
「誓う」
「アマンダ・ローフェンブルク。あなたはウィリアム・ノーマンを愛すると誓いますか?」
「誓わないわ」
場がざわめく。
「なんだと?」
ウィリアムが敵意をあらわにしてアマンダを睨む。
それから、彼はすぐさまアマンダの父親を目で探し、反応を確認した。
ローフェンブルク家の当主は今にも失神しそうだ。家ぐるみの策略ではない。
「何を考えている?」
「だって、そうでしょう? あなたはものすごい悪人よ? 愛し合っているはずだった聖女候補のベラを、聖女になれなかった瞬間に捨てたじゃない? それに、あなたの政敵ばかりが不自然に死んでいっているじゃない。あなたの仕業でしょ?」
ざわめきが大きくなった。
ウィリアムへ喧嘩を売るなど無謀の極みだ。
今では、暗殺を恐れて誰も彼には逆らわない。
「心外だ。言いがかりはよしてもらおう」
「言いがかりなんかじゃないわよ。誰だって分かる事実だわ」
「証拠はあるのか?」
「……ええ、あるわよ。あと数時間ほど時間を貰えれば、それを示してみせるわ」
その瞬間、ウィリアムは察した。
牢屋からの脱走。ヘンリーが来ている。ここへ。
アマンダはその計画を知っていて、時間を稼いでいる。
実際、ウィリアムが読んだアマンダの記憶の中に、ベラが”第一王子を止める計画がある”と漏らしているシーンがあった。
……だが、それは間違いだ。
アマンダは具体的な計画を知らない。禁術でウィリアムに記憶を読まれることを恐れて、大精霊オルディンはアマンダに何も知らせていない。
ただ、アマンダはベラを信じた。
あの田舎娘なら、誘拐されようが牢屋ぐらいぶち破って出てくるだろうと信じた。
そして、自らの命を賭けての無謀な時間稼ぎに出たのだ。
「……冗談ではない! 付き合っていられるか! 結婚式はここで中断とし、王位継承式に移る!」
「ウィリアム」
老いて声を発するにも一苦労な様子の国王が、首を振った。
「時間をあげたまえ」
「……父上。それ以上喋ろうものなら、お体に障りますよ。今すぐにでも」
焦ったウィリアムが、露骨に国王を脅す。
さすがにそれは、と青い顔のローフェンブルク家当主が声を上げた。
これが最後のチャンスだと悟り、反ウィリアム派が証拠を出させろと叫ぶ。
「チッ。進行は遅らせない! 証拠があるというなら、王位継承式が終わる前に示してみせろ!」
ウィリアムは強引に儀式を進めた。異様な空気の中、王位継承式が行われていく。
反ウィリアム派の貴族が集まり、アマンダを囲んだ。
「それで、証拠というのは」
「ないわよ」
「……!?」
ついにローフェンブルク家当主の当主が失神する。
打つ手なし。ついに国王が王冠を脱いだ。
王冠がウィリアムに渡った瞬間をもって、国王の座は移る。
「結局、五分ほどしか稼げなかったわね。……でも、足りるんじゃないかしら」
「何の話なんだ?」
「ベラの話よ。あの子ね、ものすごい健脚なの。成人男性を背負って山を登れるくらい」
震える手で国王が王冠を差し出し、ウィリアムが受け取る。
……その瞬間。
玉座の背後にあるステンドグラスが、盛大に割れた。
「ちょっと待ったっ!」
降り注ぐガラスの破片と共に、一人の娘が玉座の間へと降り立った。
”悪訳令嬢”ベラ・エテメナキである。
「あなたって、本当に田舎娘よね!」
「今の私のどこに田舎娘要素が!?」
「え、衛兵! そいつを殺せ!」
王冠を取り落したウィリアムが叫ぶ。
「駄目よ! 私の言っていた証拠は、彼女のことなのよ!」
衛兵たちの動きが止まった。
全員の視線を受けながら、ベラがゆっくり喋りだす。
「……私は、第一王子ウィリアムによって誘拐されて、牢屋に閉じ込められた。そして、私の向かいの牢屋に、第二王子ヘンリーが閉じ込められていた。間違いなく、そこにいるクズの仕業だと、私は証言する」
「う、嘘吐きめ! この私に婚約を破棄されたのが、そんなに憎いか!」
「憎い? 馬鹿言わないでよ。あんたと結婚なんて冗談じゃない」
「しょ、諸君! こいつは”悪訳令嬢”のベラだ! 既に、精霊の声を聞けると嘘を吐き私に取り入った過去がある! こいつの言葉に信頼性はない!」
「よくもまあ、そこまで嘘を重ねられるね」
ウィリアム派の貴族たちが目を見合わせる。
彼らの大半が、反ウィリアム派の貴族たちのところへ合流した。
「ま、待て! 何故だ!? 私は権益を約束したじゃないか! 私を援護しろ!」
「当たり前でしょ? 他人を使い捨ててきた男なんて、誰も助けたがらない。自業自得ってやつだよ。もうそろそろ、あんたに捨てられた側の気持ちも分かってきた?」
「ぐ……ぐぐぐ……っ!」
顔を醜く歪めたウィリアムが、拳を握りしめた。
「ただで済むと思うな……! 俺が王になった暁には、貴様ら全員処刑してやる……!」
「まだ王になれると思ってるの?」
「……なれるとも!」
ウィリアムが地面に落ちた王冠を拾い上げようとした。
瞬間、横から駆け込んだベラが横から王冠をかっさらう。
「残念でした」
「え、衛兵! その娘は王家の所有物を盗んだ! 反逆者だ! 処刑しろ!」
衛兵たちは槍を構えた。
その切っ先は、ベラではなくウィリアムの方を向いている。
「な……何を! お前らも反逆罪だぞ! 私は! 私は王子だ、命令を聞け!」
「僕が許す。そいつに槍を向けろ。僕を誘拐した罪で有罪だ」
入り口から現れた第二王子ヘンリーが、そう指示を出した。
わずかに残っていたウィリアム派の貴族も、そっと立ち位置を変えようとする。
「それと。そこの貴族共。僕の誘拐に共謀したな。調べはついている、降伏しろ」
「な、何故だ……私の策謀は、完璧だったはずなのに……出てこれるはずが……」
これで、完全に決着がついた。
ウィリアムの味方は誰もいない。