4.大精霊の叫び
学園をサボり、ベラとオールトは西へ向かった。
王国の西側にある〈火吹き山〉へ住む大精霊フレムと会うためだ。
この精霊は気性が荒く、いつも叫んでいるものだから、声がやたらと大きい。
聖女の素質がある者なら、麓からだって叫びを聞くことができるぐらいだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ベラ……休憩しようよ……」
「また? さっき休んだばかりなのに」
「君と違って、俺はインドア派なんだよ……ねえ、待ってよー……速すぎ……」
二人は登山道の大岩に腰かけて、わずかな休息を取った。
白煙がどこからか流れてきて、硫黄の臭いが鼻をつく。
「別に、私についてくる必要なんてないのに」
「でも、俺は君についていきたいんだよ。駄目?」
「駄目じゃないけど。何でわざわざついてくるの?」
「そりゃ、君のことが好きだからさ」
ベラが呆れたようにオールトを見た。
「そういうやり口、ウィリアムみたい。騙されないって言ったでしょ?」
「違うよ。本当に好きなんだ」
「え? これって告白? なら、もう少しムードが欲しいものだけど……」
ここは薄く火山灰の積もった死の山だ。ロマンチックの欠片もない。
「あれ? まだ俺って告白してなかった?」
「してなかった」
「……な、無かったことにしよう。後でやり直すから」
「あなた、すごい根性してるね」
ベラは少しだけ、告白を受けるべきかどうか考えた。
断ろう、という答えが出た。彼は何かを隠している。
その秘密を自分から打ち明けてくれないかぎり、彼は信用することができない。
「あ、あはは。なんだか急に体力が戻ってきたな。出発しよっか」
空元気でオールトが歩きだし、すぐにまた根を上げた。
仕方がないので、ベラは彼を背負うことにした。
彼の身長は、やや低めだ。体重も軽く、背負えないほどではない。
「す、すまん。ここまで足手まといになるなんて。俺、今、めっちゃかっこ悪いな」
「そうね。普通、こういうのって男女逆じゃない?」
「だよねー」
歩いていると、すう、とオールトが鼻から息を吸い込む音がした。
「いい匂いがするう……幸せ……」
「あなた、ほんとにすごい根性してるね」
背中に役立たずを背負ったベラが、力強い歩みで山頂へと到達する。
火口の中で溶岩がぼこぼこと沸き立ち、噴き出した炎が人の形を取った。
これが大精霊フレムだろう。
オールトが背中から降りて、フレムと向き合う。
……二人は無言でポーズを取ったり表情を変えたりしている。
まるでパントマイムだ。
精霊の声が聞こえていないせいで、シュールな光景が広がっていた。
大精霊フレムが大きく炎を吹き上げて、びりびりと空気が震えた。
何かを叫んでいるのだろう。
それでも、ベラの耳には声が聞こえてこない。
「……帰ろうか」
ベラの様子に気付いたオールトが言った。
大精霊フレムの姿が乱れ、火山の中へと戻っていく。
「無駄足だったわ」
「そんなことないよ。君と一緒に山登りが出来て、楽しかった」
「背負われる側は気楽でいいかもしれないけど、私は大変だったのに」
「ご、ごめんって。下りはちゃんと自分の足で歩くよ」
オールトは下山中、ずっと歩き通した。
彼がフラフラしている様子を見かねたベラが手を貸そうとしたが、それでもオールトは無駄な意地を張って一人で歩こうとした。
案の定、足を滑らせて落ちかけ、危ないところでベラが彼の手を掴む。
「……ありがとう」
腕の一本だけで吊られているオールトが、ベラのことを見上げた。
「ベラ……好きだ」
「……あなたは助けられてドキドキしてるのかもしれないけど、私の側にロマンチックな要素はゼロだよ?」
ベラがずるずると力任せにオールトを引き上げる。
幼少期からありとあらゆる精霊の悪戯に巻き込まれてきた彼女は、極めてタフなのだ。
「た、確かに。よし、これも無かったことにしよう。またやり直すから」
「あなた、ほんと……すごいね、そういうところ」
ふっ、とベラの顔に笑みがにじんだ。
「あ。笑ってくれた! 君の笑顔を見れるなんて、いつぶりだろう?」
「笑った? 私が?」
そのとき、遠くから”イチャイチャしやがってええええ!”という叫び声が聞こえた。
それは大精霊フレムの声だ。
「……聞こえた。精霊の声が」
聞こえるのは大精霊の叫び声だけで、細かい精霊の声は聞こえてこない。
それでも大きな一歩だ。
「良かった! 本当によかったよ、少しでも聞こえるようになったなら後は時間の問題だ! ちょっとづつ能力を戻していこう、ベラ!」
自分のことのように喜んでいるオールトの気持ちに、嘘は混じっていない。
彼女はもう一度、告白を受けるべきかどうか考えてみた。
結論は出せなかった。