エスコート
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メレニアは混乱している。
ひたすら、すーっはーっ、とやっている。
「ふーっ」
ようやく落ち着いたらしく、手紙に目を走らせる。
(親愛なるミルレイク子爵令嬢。この度は、王宮夜会の参加者に選定されてしまったと聞き及び、僭越ながらエスコートを買って出ました。)
(えっ、立候補?)
国選と聞いていた、エスコート役である。リチャードが自ら申し出た喜びよりも、そちらが気になるメレニア。何か不穏な空気を嗅ぎとった。
(王太子殿下婚約者様の警護部隊には、事情を説明してあります。ご令嬢が狙われた場合、彼らは動かないとのこと。)
(仕方ないわよね。警護部隊さんは、ご婚約者様の警護係だもの)
人違いで狙われていることは、彼等には関係ない。
(夜会の衛兵は、虹色魔法に対応出来る技量がない。薬草卿にも相談の上、夜会準備室から許可を得ました)
(うええ~!これ、本当の国選エスコート役だったら、今度こそ殺されていたかも)
虹色の光は、相当に高度な魔法であるようだ。リチャード様々である。
(なんて優しい方なのかしら)
メレニアは、ますますリチャードに心を奪われるのだった。
メレニアからの返事には、水色の縁取りがあるシンプルな白いレターセットを使った。この紙には、防水と魔除けの薬草水が染み込ませてある。メレニアが出来る薬草魔法の威力など、たかが知れている。だが、水濡れを防ぎ、悪いものを運ばない程度の心遣いは出来た。
丁寧にお礼を述べ、当日の無事を祈って筆を置く。ミルレイク子爵家の三葉クローバー紋で封緘を押し、緊張しながら配達員に託す。
(変なこと書かなかったわよね?)
よく考えてから一息に書いたのだが、出してしまってから、そわそわし出した。
当日は、リチャードが迎えに来てくれた。
青みがかった灰色の髪を、オールバックにセットしている。髪型のせいで25、6歳にも見えるが、実際のところは解らない。
魔法使いの正装なので、いつもの灰色マントだ。一応、マントの下には、黒い夜会服を着ている。
(深緑に茶色の縁取り!!)
ちらりと見えたポケットチーフの色に、メレニアは目を丸くする。目線に気付いたリチャードは、やや気まずそうに口を開いた。
「夜会では、何か相手の色を身につけるものだと聞いたから、ポケットチーフに工夫したんだが。可笑しいか?」
「えっ、いえっ、嬉しいです!!」
本当は、国選エスコートにそんな決まりはない。一般の夜会での、親しい間柄に流行しているだけだ。親しいといっても、この国では親戚や友達でも色の交換は行われるので、迷惑な噂にはならないだろう。
「あ、なら良かった。夜会なんて、魔法卿特権で総て欠席してきたからな。作法が解らん。今日も護衛と思って、優雅なエスコートとやらは諦めて欲しい」
リチャードは、ほっとして饒舌になる。義務放棄に言及しているのだが、メレニアは気にしなかった。
(なんだか、可愛らしいわ)
メレニアは、にっこり微笑む。
「はい、心強いです」
それから、赤みがかったオレンジに茶色の花があしらわれたドレスの裾から、スッと靴先を出す。黒にも見える深緑のエナメル靴に、リボンで作られた小さな深紫の薔薇が飾られている。
「あの、失礼かも知れないと悩んだんですが、私も、ストリングス様のお色を身に付けさせていただきました」
「失礼なものか。慣例なのだろう?」
リチャードは、不思議そうに聞く。
メレニアは、はにかんで、
「今回のエスコートは、特別のご配慮でしたから。王宮夜会に浮かれたような心では、申し訳なくて」
と説明した。
リチャードは破顔する。厳つい顔が、幼い少年のように綻んだ。濃い紫色の眼が、柔らかくメレニアを見つめる。
(えーっ!!何?何?可愛いんですけどっ!)
メレニアも、リチャードを見つめ返してしまう。
(失礼かしら?失礼よね、私、見すぎよね?)
内心焦りながらも、眼が逸らせない。
「メレニアさんは、本当に胆が据わってるなあ」
「え?」
リチャードの口から出た言葉は、予想外のものだった。
次回、人違いの真相