思いがけない招待状
夏の気配が残る窓辺で、メレニアは薔薇を形取る濃い紫色をハンカチに刺していた。恋しい人の瞳の色だ。ハンカチの色は、この国で認可された魔法使いが着るマントの灰色。チャコールグレーよりは明るく、鼠色よりは黒が強い。
薔薇に陰を付ける為に選んだ灰色は、リチャード・ストリングスの髪と同じ。銀に近い、青みがかった灰色だ。
メレニアは刺繍が得意ではないから、ゆっくり丁寧に刺して行く。数針進めては空を見上げたり、庭にそよぐ草を眺めたりしている。
(自分で小鳥に変身出来ればなあ)
馬よりは、不審がられずに外出が出来そうである。
(だけど、会いたいのは私だけだろうな)
ため息を吐き、また手元の紫に目を落とす。
首もとには、紅い輪っかの形をした石が提がっていた。石の中で、刺繍に使われるメインの紫とそっくりな色が揺れる。灰色マントの魔法使いリチャード・ストリングスの魔力である。
父ミルレイク子爵ギドン・フィランが、薬草で燻す秘術によって強化してくれた御守りだ。
リチャードは、「家に着くまで」と言っていたが、メレニアが外す筈はない。その様子に父は心配しながらも、黙って見守る態度を取った。母ヘイリー・フィランも、黙って見守る派であった。
(リチャード様は、ずいぶん信頼の置ける方なのだわ)
彼は、薬草については父の弟子だと言っていた。リチャードから貰った石を渡して、父に強化を頼んだときは、
「凄い大物に助けられたんだな。レニー、お前はなんと言う強運の持ち主なんだ」
と、驚いていた。
(私なんかが想ってはいけないような、立派なお方かも知れない)
薔薇を刺す手が止まる。ごく小さな刺繍だが、一週間程かかっていた。難しい図案ではなく、いちいち針を休めるからだ。
進まぬ針を布に預けて、ぼんやりと空を眺めていると、リリーが薄荷色の封筒を持ってきた。
「お嬢様、王宮夜会のご案内が」
「まあ、どうしましょう」
メレニアは、目下外出禁止である。しかし、王宮夜会は招待されれば断れない。毎回、夜会準備室という国の組織が、参加者を決めて招く。エスコート役も、国が選定する。いわば、強制参加の公式行事だ。
家族ごとではなく、個人宛に案内状が届くのだ。今回フィラン家からは、メレニアだけが呼ばれた。
「あら」
封を切って、メレニアは頬を染める。
「まさか?」
「そのまさかよ!」
「まあ、よかったですね」
国選エスコート役は、リチャード・ストリングスだった。カードに印刷された肩書きは、魔法卿。灰色マントの中でも、最高ランクの魔法使い達に与えられるものだった。
「どうしましょう」
「夜会は、ひと月後ですね。ドレスを仕立てませんと」
「どんな?どんなドレスなら失礼がないかしら?」
メレニアは、パニックである。歳上で、エリートで、命の恩人。隣に立つのに、粗相があっては大変だ。
そこへまた、別の手紙が届けられた。
「ええっ、リチャード・ストリングス様からだわ」
「お嬢様、落ち着いて。手を切らないように」
慌てすぎて、ペーパーナイフを握るメレニアの手は小刻みに震えている。
「すーっはーっ」
途中で深呼吸。
「読むわよっ。リリー、心して聞くのよっ」
「え、よろしいのてすか?」
「そ、そうね、1人で読むわ」
次回、エスコート
よろしくお願い致します