2人の色
伯爵邸のお茶会がお開きとなり、車寄せで迎えの馬車を待つ。リリーは今回仲良くなった他家の侍女から、有益な情報を得たらしい。
「虹色の光がお嬢様を襲ったあとで、逃げ去った男がいたらしいんです」
「リリー、危ないから探そうなんて思わないでね」
メレニアは、釘を刺す。灰色マントの魔法使いリチャード・ストリングスによれば、虹色の魔法使いは凶悪な誘拐犯だ。どうせ人違いなのだし、そっとしておいたほうがよい。
「あの時見た人がいるなら、巡回騎士さんが捜査してるわよ」
「本当に捜査して下さってるんでしょうか」
「仕事ですもの。あとは、任せておきましょうよ」
「あのあと、子爵家には、事情を聞きにも来なかったんですよ」
「リリーがしっかり話してくれたからよ」
「そうでしょうか」
リリーは、納得出来ず口をへの字に曲げて押し黙る。
「それより、リリー。帰りに手芸店に寄りたいんだけど」
「あら、珍しいですね」
「ちょっと刺繍してみたい気分なのよ」
メレニアは、伯爵邸のバラ園で見た濃い紫色のバラを刺してみたくなったのだ。
刺繍は得意ではないが、教養程度の腕前はある。自分で使う程度の出来映えなら、難なく仕上げられるだろう。
路肩に馬車を停め、手芸店に入る。フィラン家は、商人を呼ぶ程ではない。気軽にあちこち出掛けている。メレニアの地味顔も手伝って、街をうろうろしても注目は浴びないし。
(まあ、ぴったりの色)
メインの濃い紫色は、すぐに決まった。他には、紫のグラデーションと、陰影用に灰色。数ある灰色から、リチャードの髪の色を選ぶ。
(茎と葉、それと棘)
メレニアの瞳に似た深緑をメインに、髪の色に近い栗色も手にする。
(やだ、寄り添うみたいね)
店員さんに選んだ糸を出してもらうトレーを見て、気恥ずかしくなるメレニア。頬が微かに上気している。
様子を伺っていたリリーが、ぎょっとしたようにトレーを見た。
「どうしたの?リリー?」
「あ、いえ。どなたかへの贈り物ですか?」
「私のよ?今日のお庭で、素敵なバラを見たものだから」
「そのような色合いがお好きでしたか?」
リリーは、疑わしそうに聞いてくる。メレニアが好むバラは、つい先頃まで、紅茶色の小振りな花を咲かせるツルバラだった。
「やあね、特に意味なんかないわよ」
メレニアは、耳まで赤い。
「お嬢様。逃げた男の髪は灰色、眼は濃い紫色だったそうですが?」
「ええっ?なにそれ?誤解よ、酷いわ!リチャード・ストリングス様は、命の恩人だわ」
一息に言い切って、メレニアは、はっと口を押さえる。
特に口止めはされていないが、あまり話題にしない方が良さそうだと思った。どこで誰が聞いているか解らない。
王太子の婚約者を狙った犯人に、人違いの件が伝わってしまうかも。更に、虹色の魔法を解ける存在を知られるのも不味いのでは。そうメレニアは、考えたのだ。
「それと、これで、お願いします」
そして、誤魔化すように灰色のハンカチを加えて、お会計を頼む。ハンカチの灰色は、魔法使いのマントの色だった。
リリーが聞いた目撃証言では、逃げ去った男は、マントを着ていた。それも、この国で認可を受けた魔法使いに支給される、灰色のマントだと言う。
(あとで必ずお話を伺いますからね)
リリーは、初恋に浮かれた主人を呆れたように眺めるのだった。
次回、翼あるもの
よろしくお願い致します