バラ園のお茶会
次の日、メレニアは茶会に招かれていた。
同じ年頃のご令嬢がいる、伯爵家が主催だった。伯爵家のご令嬢は社交好きの姉妹で、参加者には、この国の王女までいた。
メレニアは、灰色マントの魔法使いから受けたアドバイスに従い、魔法を弾く御守りを身につけて来た。父に頼んだら、一晩で用意してくれたのだ。
今日もお伴は、リリー1人。父の御守りは、下手に護衛をつけるより安心だ。もし、お伴を増やせば、目立つ。目立てば、昨日のような事が起きやすくなるだろう。
いくら魔質が違っても、遠くからだと気付かない事もあるかも知れない。今までは無かったのだが、1度起きたのだから、用心に越したことはない。
「メレニア久しぶり」
「カメラ、元気だった?」
メレニアは、友達が多くない。同じ子爵家の数人のご令嬢と仲良くして貰っている程度だ。敵もいないが、親友もいない。伯爵家の茶会のような華やかな場は、気後れしてしまう。
知った顔に声をかけてもらって、ほっとした。
「元気よ。あなたこそ、最近お見かけしないけど」
「薬草園が忙しくて」
「あらあ、お家のお手伝い?偉いわねえ」
「そんなことないのよ。楽しくて」
それは、本当であった。メレニアに特殊な才能があるわけではないが、家の仕事はやりがいがあった。あと2,3年もすれば、秘術の手解きが始まる。努力が認められて、順調にステップアップしているのだ。
「ふうん」
カメラは、興味無さそうに余所見を始めた。つい1年くらい前までは、それなりに話が弾んだのだが。家業にかまけて、浮き世から離れてしまったかも知れない。
「カメラ」
「キャシー!」
通りかかった知らないご令嬢と、カメラはお喋りを始める。そのままメレニアには挨拶もせずに、何処かへ行ってしまった。
1人になったメレニアは、灰色マントの魔法使いを、なんとなく思い出していた。馬だったとき、軽く背中を叩いてくれた手は、心地よい魔力を纏っていた。なんだか今も、背中がじんわりと暖かい。
思わず頬を緩めながら、メレニアは、伯爵邸ご自慢のバラに眼をむける。茶会が行われているバラ園には、大小様々な品種がお行儀よく並ぶ。
(ご令嬢がたみたいだわ)
豪華な深紅のバラは、伯爵家の姉妹のようだ。ピンクで八重咲きのバラは、カメラ達可憐なご令嬢を連想させる。大輪で剣咲きの白バラは、凛としたこの国の王女を映す。
華やかなバラの足元には、ミニバラが整然と並んでいる。茶色がかったオレンジ色のミニバラは、どこかメレニア自身に似ていた。
(ふふっ、なんだか可笑しい。真面目くさっちゃって)
メイン会場から離れて、香り高い迷路を楽しむ。所々にツルバラのアーチが出迎えてくれる。アーチは、色別の区画を分けているようだ。
バラの香りを楽しみながら、そぞろ歩いていると、紫色の区画に出た。大輪の薄紫もあれば、小振りで黒に近いものもあった。どれも見事に咲き誇る。
その中に咲く1輪の小振りなバラに、メレニアの眼は吸い寄せられた。
(リチャード・ストリングス様の瞳みたいだわ)
灰色マントの魔法使いの、真剣な眼差しが甦る。魔法を解く為に覗き込んできた、真面目な眼。濃い紫色をしていた。思い出せば、胸が高鳴る。
(武骨な方だったけど、誠実で優しそうだわ)
お礼に押し掛けるのは、迷惑かも知れない。でも、もう一度会いたい。もう少し話がしてみたいと、メレニアは思うのだった。
次回、2人の色
よろしくお願い致します