灰色マントの魔法使い
緑色をしたビロード張りの椅子に腰掛け、メレニアは灰色マントの魔法使いを思い出していた。
(感謝しかないわ)
虹色の光に包まれて、メレニアは馬になってしまった。栗色の毛はともかく、深緑の瞳は馬としては怪しい。
メレニアは、姿はよく見えないのに何故か自分は馬なのだと解った。感覚は人と馬と半々位。倒れたリリーを心配しながら、目の前に広がるなだらかな起伏を思い切り駆けたいとも思う。
馬になって余り間を置かず、灰色マントの魔法使いがやって来た。18、9だろうか。メレニアより少し年上のようだ。
がっしりと体格のよいその男は、長い脚でひらりとメレニアに跨がった。サラサラの灰色髪に濃い紫の瞳だ。やや厳つい顔立ちを不機嫌そうに歪めている。
「出口へ走れ」
魔法使いは、囁く。怒ったような口調だが、何故か頼もしく聞こえた。メレニアは、信じてみることにした。
公園を出ると、
「真っ直ぐ」
「次の角を左」
「3つ先の角は右」
等と指示をだし、最後は町外れの小さな家に着いた。
煉瓦造りの質素な家だ。小さな前庭に薬草が生えている。緑に塗られた低い木の柵が、片開きの木戸で途切れている。木戸は、柵と同じ緑色だ。
魔法使いの男はメレニアから降りると、木戸を開けて庭に入った。
「入れよ」
メレニアは、躊躇する。
「ほら、さっさとしな」
魔法使いは、一旦入っていた庭からわざわざ道に戻って、優しくメレニアの背中を叩く。声は、相変わらず怒っているみたいなのに。大きくてゴツゴツした手から、武骨な魔力が滲み出る。
メレニアは泣きたいような気持ちになって、素直に庭へと脚を進めた。魔法使いの不器用な優しさが、馬になってしまった胸に染み入るのを感じた。
木戸が閉まると魔法が発動した。外から中の様子が解らなくなる。
紫色をした魔法使いの眼が、馬になったメレニアの瞳を真っ直ぐに射抜く。メレニアは、その真剣な眼差しにドキリと胸が高鳴った。
「なっ、えっ?いや」
魔法使いが施した何かしらの魔法によって人の姿に戻ったメレニアは、いつも通り隣国の王女に瓜二つ。
「他人の空似です。魔質も違うでしょう?」
「確かに」
「あの、私、メレニア・フィランと申します。薬草卿ミルレイク子爵家の娘です。この度は、お救い頂き感謝致します」
「ええっ」
魔法使いは、メレニアの姿を見たときよりも驚いた。
「あの、父をご存知で」
「お前、どこまで家のこと聞いてる?」
メレニアは、前庭の薬草にちらりと視線を走らせる。
「あなたよりは」
「そうか」
魔法使いは1つ頷くと、丁寧なお辞儀をした。
「俺は、リチャード・ストリングス。平民出身の魔法使いさ。親父さんは薬草の師匠だが、俺の本職はそっちじゃねえ」
「ええ、そうでしょうとも」
前庭の薬草は、ほんの趣味程度に見受けられた。
「虹色野郎の事は、親父さんにちゃんと相談するんだぞ?」
「あの魔法を使った人に、お心当たりがあるのですか?」
「ああ。その筋じゃ有名な誘拐屋だよ。動物にして拐うのさ」
メルニアはぞっとする。リチャードがあと一息遅ければ、虹色魔法の誘拐犯に連れていかれていただろう。
「王女様に間違われたのでしょうね」
「だろうな」
誘拐先で人違いとバレたら、きっと殺されていた。
「本当に、危ないところを、ありがとうございました」
「いいよ。それより、ちゃんと御守り持ち歩けよ」
「はい。父に相談します」
「それがいいぜ」
ミルレイク子爵家の家業は、只の薬草栽培ではない。特殊な薬草を採取・栽培して、様々な魔法の効果を産み出すのだ。そのなかには、魔法を弾く御守りもある。これは、とても強力だ。
秘術とされる力を受け継ぐフィラン家は、表向き、地味な薬草栽培業の子爵であった。
フィラン家が秘術を継ぐ家だと知りながら、薬草は趣味程度。才能を買われて、一族に招かれた者では無い筈だ。
つまり、リチャード・ストリングスも、ただの魔法使いでは無い。
次回、バラ園のお茶会
よろしくお願い致します




