初めての変身
そのご令嬢は、王太子の婚約者に似ていた。他人の空似である。たまたま、16歳という年齢も同じ。
彼女はただの子爵令嬢だ。そこそこの魔力があって、それなりに魔法が使える。極々平凡な国民なのである。
王太子の婚約者は、隣国の王女だ。輿入れ準備で、既にこの国の王宮で暮らしている。栗色の直毛に、深緑の瞳。その容姿は十人並みなのだが、魔法の力が破格だった。
彼女の能力を狙って、様々な国や組織が襲撃する。警護騎士には日常と化した状況だが、一般貴族には知られていない。当然、王女に似た『そっくりご令嬢』も、そんな危険は知らなかった。
魔質と呼ばれる魔力の性質が、王女と彼女では全く違う。それで、特に狙われることもなく、平和に過ごしてきた。
その日、そっくりご令嬢メレニア・フィランは、侍女を1人連れて公園に来ていた。乳兄弟で、姉のような侍女で、名前はリリーと言う。広々とした芝生の公園では、貴族も平民も思い思いに過ごしている。この国は、ふんわりした階級意識しかない。
芝生の周囲には、踏み固められた道がある。騎乗のまま入れるため、巡回中の騎士がゆったりと馬を歩ませる姿も散見される。全体が緩やかな丘のようになっていて、か弱いご令嬢にはよい運動になった。
「少しお休みになられますか?」
メレニアが額の汗を拭いていると、リリーが声をかけてくる。
「そうね」
ふうーっと息を吐き出して、2人は脚を止めた。
と、その時。
虹色の光が、メレニアに向かって降り注いだ。
「お嬢様!」
抱きつこうとしたリリーが、光に弾き飛ばされる。リリーは、そのまま気を失ってしまった。
近くにいた人が、リリーに歩み寄る。倒れた侍女の側には、一頭の栗毛の馬が立っていた。
倒れた侍女を休憩所に運ぼうと、数人の人が集まってきた。そこへ、灰色マントの魔法使いが小走りで駆け寄った。
誰もが魔法を使えるが、特別に上手な人々を魔法使いと呼んでいる。彼等は各国から認可を受けていて、国ごとに違う色のマントが与えられる。この国では、灰色マントを着用しているのだ。
魔法使いは無言で裸馬に飛び乗ると、颯爽と走り去った。集まった善意の人々は、倒れた人の同行者が知らせに走ったのだろうと考えた。
しかし、魔法使いは戻らなかった。関係ない人だったのだろうと、人々はそのまま忘れた。
侍女は、目を覚ますと辺りを見回す。
「お嬢様を、見ませんでしたか?」
リリーは蒼くなって聞いて回るが、誰も知らない。巡回中の騎士に届けると、詰所まで案内された。
一通りの手続きが住むと、リリーは1人で屋敷に戻った。詰所は公園の近くにあった為、迷う事はなかった。だが、付き添いもなくただ帰されて、冷たくされたような気持ちがした。
(本当に探してくださるのかしら?届け出の記録を付けたら終わりじゃないの?)
なんともやりきれない心を抱きながら、子爵家に事の顛末を報告した。まだ陽も高かったので、手分けして探しに行こう、と、すぐに決まった。
そこへ、呼び鈴が鳴った。
「お嬢様~!!」
「ごめんなさい、はぐれてしまって」
扉を開けると、メレニアが1人で立っていた。
「よくぞご無事で」
「着替えるわね」
「はいっ」
リリーを伴い、メレニアは自室へと下がる。ゆったりとしたドレスに着替えると、リリーに礼を言う。
「ありがとう。少し休むわ」
「本当に、何ともございませんか?」
「ええ。大丈夫よ。心配性ね」
「あの虹色の光は、何だったのでしょう」
「悪戯じゃない?さ、もう忘れて」
リリーは、不満そうにしながら部屋を出ていった。
残されたメレニアは、灰色マントの魔法使いを独り思い出していた。
次回、灰色マントの魔法使い
よろしくお願い致します