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4 聖ポルテクスの洗礼

ウォルトの町からわずか離れた北東部。水の守護神を信仰しているという聖ポルテクス教会は、癒暗たちが思っていたより小ぢんまりとした教会だった。しかし教会の建物自体はともかく、木の柵で囲まれた敷地は広く、信者たちが通う教会と、その隣には教会が管理しているらしい畑、その後方に修道院と孤児院を兼ねた大きな建物が控えている。


敷地を囲う柵に沿うようにして花が植えられており、おそらく魔獣や野獣を近付けない効果を持つケモノナシという花だ。敷地の背後には例の水龍が降臨したと語られる山がそびえ立っている。町から教会まではなにもない草原が広がっており、道がゆるやかな勾配になっていることもあり見晴らしがいい。なだらかな一本道を登りながら、教会の前の草原を走り回って遊ぶ子どもたちの姿を確認できた。皆カイトたちと同じくらいか、彼らより幼い年頃ばかりだ。


教会の前にたどりつくとアマネは子どもたちに服を着替えるように告げ、子どもたちは素直な返事を返しながら孤児院のほうへ駆けて行った。畑仕事をしていた女性たちのうちの一人が、横を走り抜ける子どもたちに気付いて顔をあげ、次に癒暗たちを引き連れたアマネを見る。修道服ではない。畑仕事のための作業着なのだろう。


アマネが頭を下げると、その修道女は近くにいた別の若い修道女に一声かけてから畑を出てこちらへやってくる。年齢はアマネよりも――というより、この場から確認できる誰よりも年配だろう。四十は超えていると見たがまだまだ活力のある力強い印象で、立ち姿も歩く姿勢もキビキビとして洗練されている。一朝一夕で身につく気品、気迫ではない。


「アマネさん、今日はずいぶんと子どもたちがやんちゃをしたようですね」


「あー、その……はい、まあ、いろいろとありまして……」


苦笑まじりに頭を掻くアマネに、前置きはさておき――という目で彼女を見据え、女性は静かに告げる。


「……厨房のシスターから聞きましたよ。また昼食をつまみ食いしたのですって?」


「げげっ、そ、それはぁ……」


「まったくあなたという人は昔から。お行儀が悪い、はしたないと何度同じことを言えばわかるのですか。私の仕事はあなたを叱ることではありませんよ? 私はあなたのお母さんではないのですからね」


「す、すみませぇん……おなかがすいちゃって、つい……」


「まったく、まるで食べさせていない子みたいに食い意地が張って……あなたももう修道女の端くれなのですから、みっともない真似はおよしなさい。第一、いつもあれだけたくさんおかわりをしているのに、どうしてそんなにおなかがすくのですか」


「いやあ、食べ盛りで……」


「次に同じことがあれば神父さまに言いつけますからね。……それで、そちらの方々は?」


「あ、えと、神父さまがおっしゃっていた、例の……あの、子どもたちの事件を調べにいらした方々です」


初老の女性は、じっとたしかめるように癒暗たちを見る。訝しみ、怪しむような、あるいはただ単純に声をかけるために間をあけただけか。勤勉で厳格そうな女性だ。一瞬の沈黙に気圧された白とリアは学の背後に隠れてしまい、カナも態度にこそ出さないものの人知れず身構える。普段は人見知りなどしないはずの学と癒暗も、その清廉な気迫に言葉が喉につかえる感覚をおぼえた。端的に、どこか気の抜けない緊張感のある人だ。


「みなさん、こちらは当院の院長を務めておられる、シスターミラです」


アマネの紹介に癒暗たちはぺこりと会釈するだけだったが、この場で唯一、龍華だけがその高潔な気配に圧されることなく、自然な動作で流れるように深く頭を下げた。


「ロワリアギルド第二軍所属、鈴鳴龍華。不肖ながら、一統を代表しご挨拶申し上げます」


初手の口上は独特な発音こそそのままだが、言葉遣いは大幅に矯正されている。アマネが目をぱちくりさせて龍華を見た。無理もないだろう。直前までなにを言っているかいまいちよくわからない印象だった男が、自主的に立ち振る舞いを正せば急に化けるのだ。癒暗はとうに慣れたものだが、カナたちは毎度のようにおどろかされている。


ミラ院長も龍華に合わせて深くお辞儀をする。


「これはご丁寧に。まだお若いながらもたいへん素晴らしい。美しい姿勢に揺らがぬ目線、まっすぐな声色。アマネさん、あなたは彼から礼儀作法のなんたるかを一から教わるとよろしい」


「い、い、いや、あなたさっきまでそんなじゃなかったじゃない!」


「そら挨拶くらいきちっとしんといかんやろ……」


「挨拶だけはほんとにね」


「挨拶以外なに言ってっかわかんねえもんな」


白とカナがうしろでひそひそ言っているが、龍華はとくに気にしない様子で癒暗の肩をとんと押した。癒暗は龍華に代わってアマネのときと同じようにギルド員たちを簡単に紹介していく。平常通りの龍華とアマネのおかげで初見の緊張はとっくにほぐれていた。


「神父さまからお話は伺っております。まさかこのようにお若い調査隊がおいでになるとは思いもよりませんでしたが。どうぞ(わたくし)どもには気を張らず、楽になさってください」


「ほないっこ聞きたいんやけど、神父さん今どこおらはんねやろか」


「なんです?」


「神父さんは今どこにいるの? いろいろ話したいことがあるんだけど」


癒暗がすかさず通訳する。


「あいにく神父さまはお出かけになられています。夕方までにはお戻りになる予定ですので、それまで今しばらくお待ちください」


「そっか。それならしょうがないね」


「あ、それじゃあ先に施設の中を案内するわ。みんなしばらく一緒に暮らすみたいだし、あらかじめ知っておいたほうがいいでしょう」


「それもそーだね」


「では、案内はこちらのシスターアマネに一任します。アマネさん、失礼のないようお願いしますよ」


「はい、シスター」


ミラはもう一度深々と頭を下げると、畑のほうへ戻っていった。そこからはアマネの案内に従って教会や修道院の中を細かく見てまわり、施設内の日用的な説明を受けていく。院内は修道女や子どもたちの私室の他に、修道女たちが講師となって子どもたちに勉強を教えるための教室などもあり、案内が必要な場所も多かった。


「そして最後に、ここが礼拝室です。教会は主に信者の方が利用される場所なので、私たち修道女は教会じゃなくて修道院内にあるこの部屋でお祈りするのよ。お祈りは朝と夜の二回。もちろんそれ以外でも自主的にお祈りする方はたくさんいます」


「教会のほうは使わないんですか?」


「基本的にはね。でも使っちゃダメってわけじゃないわ。日々のお勤めの合間にお祈りするわけだから、たくさんお祈りしたい人だと、いちいち修道院まで戻るのは手間でしょ? 教会のほうが近いならそっちでお祈りする人もいるし、自分の部屋でお祈りする人もいるわ。ぶっちゃけ、お祈りに時間と場所はあまり関係ありません。心がこもっていればそれでいいの」


「そういう決まりごとに厳しい修道院もあるみたいだけど、ここはそこまで厳しくないんだね」


「まあね。だって見習いとはいえ私みたいなのが修道女やれてるくらいだもの。あ、でも院長は怒ると本当に怖いから、自由にするにしても叱られない範囲でね?」


アマネが声をひそめながら忠告する。癒暗は先ほどのシスターミラの第一印象を思い返して肩をすくめた。


「たしかに、僕さっきは柄にもなくちょっと緊張しちゃった」


「俺も眠くなってきてたのが飛んだよ」


「私はなんてゆーか、アリアと初めて会ったときのこと思い出しちゃった」


「ああたしかに。オレもあいつと初対面のときはあのおばさん見たときと同じような感覚になったな……急に人見知りになるっていうか」


「アリア?」


知らない名前にアマネが首をかしげる。リアが説明した。


「あ、えっと、アリアさんは僕たちと同じギルドに所属しているシスターさんです」


「へえ、あなたたちの施設にも修道女がいるのね」


「歳はアマネと同じくらいだけど、性格は正反対って感じだな」


「院長みたいなオーラがあるってことは相当まじめな信徒ね。私と同じくらいなら十八から二十歳ってとこかな? 私は十九歳だから」


「なら同い年だよー。まじめなこととオーラ? があることって関係あるの?」


白の問いに癒暗が答える。


「修道院での修業っていうのは、信仰によって光属性系の能力を得て、それを維持して能力を強めていくことでね。能力の強さっていうのはこの場合、信仰心の強さや心の清さってことなんだ。光属性系が他の属性系能力とは勝手が違うってことは知ってる? 強い信心を持つ人は、その信心がその人の気迫や気配として表れるんだよ。清廉な心には清廉な気が宿るってこと。さっきの院長さんやアリアみたいにね。まあ緊張するのは最初だけで、すぐ慣れるよ」


「ふーん。アマネには全然ないのにな」


「今はなくたって、これからよ、これから。それで、まあ院長はあんな感じで怖いけど、でも私が生まれる前からここにいた超古株だから、ここのことはなんでも知ってると思うし頼りになると思うわ。……にしても癒暗くん、修道士じゃないのにくわしいわね? 光属性系の能力のことって日頃から宗教に触れてない人だと知らない人のほうが多いのに」


「えっ、そ、そうかな」


「あと龍華くんも。二人ともさっき礼拝室に入るときにお辞儀したり、もしかして二人ともどこかの信徒だったりする? ロワリアから来たってことは……え、っと……ごめんなさい、ロワリアってどのあたり?」


「南大陸の端っこです」


「南大陸といえば……風の守護神さまのお膝元だったわね。あ、でも他のところって、このあたりほど信仰に熱心じゃないんだっけ?」


「ロワリアに教会はないな。ああ、でも一応ラウには祠があったような……」


「そーだね。こっちじゃお祈りする人はお家でするか、だいたい祠の前で手を合わせてるよ。あそこさ、外に祠がぽんって置いてあるけど、ちっちゃい礼拝堂とか作ってそこに置けばいいのにねー」


「そ、そんなにいい加減なの?」


「ええ加減っちゅうか、なんやろな。俺らんとこの神さんはこう、他の神さんよかよっぽど人間なんよ。あんま神さま神さまっちゅうておだてられんのも苦手やし、祠でも置いとくさけ、お参りすんねったらここで勝手にしといてやー、ちゅうて」


「ロワリアがそんな感じっていうだけで、まあこのあたりほどじゃないにしても、レスペルとか他の国にはちゃんと教会も聖堂もあるよ。でも僕たちは、その……」


「人並みに敬う気持ちはあんねやけど信徒っちゅうほどやないし、光属性系がどうのこうのは単純に知識として知っとるだけじゃな。あとお辞儀はあれやしょ、道場やら偉い人の部屋やら入るんに礼すんのと(おんな)しやて、気にせんでええよ」


「そうなの?」


「教会も修道院も俺らにゃなんてない場所やけど、お()はんらからすりゃ神聖な場所やさけ。信者やのうても敬意は払うもんやろ。郷に入りては……っちゅうのとはちと(ちゃ)うか?」


「ほへー……育ちがいいってこういうことかしら。知識に礼儀にって、二人とも、もしかして結構いいとこのお家で育ってたりするの?」


「んはは。そないに見えるっちゅうことは今んとこ順調やな」


「そうそう、僕はただの一般市民だよ。でも龍華を見て育ってるから、行動がちょっとうつってるところはあるのかも?」


そのとき、礼拝室の外から一人の修道女がアマネに声をかけた。ミラだ。畑の世話が終わったのか、今はアマネと同じ修道服を着ている。


「シスターアマネ。神父さまがお戻りになられましたよ」


「あ、はーい。じゃあみんな、神父さまへのご挨拶に行きましょうか」


アマネとミラのあとに続いて歩いていく中、カナが癒暗の背中を小突いて小声で問いかけた。


「……なあ癒暗。お前と龍華の素性って隠したほうがいいのか? 神社とかの……」


「え? うーん……どうだろうなあ。このあたりの宗教観がよくわかってないから、まずは伏せておくほうが無難だと思ったんだけど。あと鈴鳴はともかく、天風がそのへんちょっとややこしくて……説明すると長くなるから、またあとでちゃんと話すよ。とりあえず念のため僕の素性は隠しててほしいかな」


「ふーん。潰れたあとも実家に振りまわされるなんて、変な家に生まれると大変だな」


「そうなんだよねえ。もう、ほんとに勘弁してほしいよ。なんか兄者の宗教嫌いもしょうがない気がしてくる」


やってきたのは正面玄関からすぐ右手側にある、応接室か談話室のような様相の部屋だった。質素だが清潔感があり、使い込まれた家具の古びた様子もレトロな院内では味に思えてくる。


部屋の真ん中には燭台の乗った大きなテーブルがあり、それを囲むように椅子が配置されている。奥には暖炉があるが、まだ火はついていない。暖かな光が差し込む窓際で、ガラスに手を触れながら外を眺める男が一人。


年齢は二十代後半から三十代前半といったところか。黒い髪は長く背中まで伸び、薄い青の瞳にはどこか哀愁が漂っている。白く清潔な服は丈が長く、外出用のものなのか、深い青のマントを羽織ったままだ。細身だが長身で、アマネの言っていたとおり優しそうな面立ちだが、中性的で、なおかつあまり力仕事には向いていなさそうな印象だ。ミラに同じく清廉な気配をまとっているのが離れていても伝わってくる。


「神父さま、ギルドの方々をお連れしました」


ミラが声をかけると神父は窓から目線を移してこちらを向き、一度深く頭を下げた。左耳には十字架の耳飾りが揺れており、神父ということを差し引いても華奢な顔つきによく似合う。


「この度は遠いところをはるばるご足労いただき、まことにありがとうございます。私は聖ポルテクス教会の神父を務めております、グレイスと申します」


穏やかに微笑むグレイス神父にギルド員一同も頭を下げる。龍華がひととおり全員の紹介を済ませてからすぐに本題に移った。


「教会の子らも行方不明やっちゅう話はアマネから聞いとる。そのへんのくわしい話と、教会(ここ)以外での行方不明者についてなんか知っとったら教えてくれんか」


「ええ、もちろんです。教会からの行方不明者は、セイくん、サクマさん、ノーマくんの三人です。仲良しの三人組で、彼らはいつも一緒でした。……ああ、名簿に写真がありますから、のちほどご覧になってください」


「三人で遊びに行ったきり帰ってこないって聞いたけど、そのときの行き先はわかる? いつもどこで遊んでたとか」


癒暗の問いにグレイスは物憂げな表情で目を伏せた。


「いえ……とても元気な子たちで、いつも外で遊んでいたのですが、行き先は毎日のように変わっていたようで、いつもの遊び場と呼べる場所はなかったように認識しております。やはり子どもと大人では超えられない壁があり、行き先や遊びの内容を教えてくれないこともままありましたが、今までのウォルトは本当に治安のいい町で、セレイア国などとは違って子どもたちだけでの外出にもさしたる危険はありませんでした。内緒話を無理に聞き出すのもよくないかと思って、普段はとくに言及してこなかったのですが……それがこんな形で仇になるとは。私がもう少し厳しく子どもたちの動向を把握していれば防げたことなのかもしれませんね」


「そ、そんな……神父さまのせいではありませんよ!」


「アマネさんの言うとおりです。日々の安寧に胡座をかき、子どもたちへの注意喚起を怠った我々修道女全員の責任であり、ひいては院長たる(わたくし)の監督不行き届きと言えるでしょう」


「い、院長まで……」


「ねー、他の子どもたちなら、その子たちが普段どこでどんな遊びしてたのか知ってるかなあ?」


自責の応酬が始まりそうな気配を察してか、白が遮るように問う。グレイスは首を縦にも横にも振れず有耶無耶に斜めを向いた。


「どうでしょうか……三人が帰らないと知ってすぐに、誰か行き先に心当たりはないかと子どもたちに尋ねてみたのですが……アマネさん、あれから子どもたちからなにか報告は?」


「いえ……私にはなにも」


「そうですか。現状、子どもたちに最も近しいのはあなたですから、なにかあれば子どもたちもあなたになら話してくれると思います」


「はい。私のほうからもまたみんなに聞いてみます」


「町でおらんなった子らは?」


「私が把握している限りでは、今のところ四人が行方不明らしいです。まだ大きな騒ぎにはなっていないようですが、それは時間の問題でしょう」


「これ以上被害が拡大する前に対処しないとね」


「警備隊にも通報していますから、近日中に近くの部隊が捜査に来てくださるかと」


「じゃあ、警備隊の人が来たらそっちに合流する……ということでいいんでしょうか」


「そーだね、噂のエレスビノ部隊かな? それともセレイアのほうかな」


「おそらくセレイア国領でウォルトに一番近いニトスでしょう。森を挟んだ向こう側にある町で、セレイア国から人手が派遣される際はいつもニトス部隊の方々がいらっしゃいます」


「へえ、近場からなのか。てっきりエレスビノかセレイア部隊の、なんかどっかのでっかい本部とかから来るのかと思ってたぜ」


「セレイア部隊の本拠地――と言いますか、西大陸に配置された部隊を総括する大陸本部は、都市部セレイアのすぐ隣のフェレクという領地にあり、ここからだとかなり遠いですからね」


「な、なんかややこしいですね、警備隊って」


「支部本部とか大陸本部とかよくわかんないよねー。なにそれどう違うの? ってカンジ」


リアと白はお互いに頷き合っている。学が話を進めた。


「俺たちはしばらくここでお世話になるって話になってるはずだけど、子どもたちにはなんて言おうか?」


「留学生ってことでいいんじゃないか? っていうかもうそう思われてるんじゃねえの?」


「ねー神父さん、ここの子どもたちって普段どんな生活してるの?」


白の質問にグレイスは薄く笑みを返す。


「そうですね、詳しいタイムスケジュールは追ってご説明しますが、朝と夜にお祈りの時間があること以外は、みなさんとあまり変わらないのかもしれません。日中は当院の二階で学習の時間があり、その日のお勉強が終わってから夕方の五時まで自由時間になっています」


今日(きょうわ)は授業なかったんか?」


「今日は午前だけだったのよ。あなたたちのところにもそういうのがあるかしら?」


「うん、ギルドでも最低限の学習が義務になってるよ。僕も龍華も今はもう教える側だけど」


「つっても、五軍はともかくオレたちは任務の合間に勉強することになるからな。教材が配布されたあとはほとんど自習で、毎日……でもないけど課題と、定期試験と、ときどき何人かでそろっての座学があるだけだ」


「私たちは実技のほうが重要だもんね。……じゃ、私とカナリアは普通にみんなにまざって動くけど、龍華たちはどうする?」


「僕は連絡係としていつでも出られるように身軽でいないと。龍華は修道士ってことでいいんじゃない?」


「せやなあ。宿のほう戻るんでもええけど、ここにおるんやったら俺も癒暗も変装したしかええか。ほやけど修道士がおらんっちゅうことは、男モンの修道服もないんとちゃうんか?」


「僕はシスター服でもいいよ」


「お(まん)はええんか知らんけど俺が困るんやわ」


「一応、男性用の修道服は何着か余っていますよ。私が以前に着ていたものなので少し古いですが……ああそれと、サイズが少し大きいかもしれませんね」


「そらおおきによ。丈はわがであんじょうするさけ気にしんで」


「はい?」


「龍華は裁縫とか得意だから、サイズは自分でなんとかするよ。ハサミとか針とか入れちゃって大丈夫?」


「もちろんです。ではすぐにお持ちしますね」


「そういえば、さっきの子は結局ここには来ないの?」


アマネが思い出したように尋ねる。リンのことだ。リアが頷いた。


「は、はい。今回は拠点をふたつに分けて、連絡を取りながら、とくに重要な話し合いをする場合は向こうで、という予定になってます。他の子たちにも聞こえるところで、あまり物騒な話をするのもなんですから……」


「ところで学はどうするんだ? 体のこともあるし、こういうところでの集団生活は正直厳しいだろ」


「そうだねえ、俺も自分でそう思うよお」


「学くん、体がどうかしたの?」


「あー……えーっと……うーん……」


学はどう答えたものか逡巡している。龍華が横から口を挟んだ。


「重度の睡眠障害やな。夜寝てんのは当然やけど、朝は起きられんし、日中も起きてんのか寝てんのかわからんようなやっちゃ。今日(きょうわ)は調子ええけどな」


「えっとごめんなさい、そういうご病気なのかしら?」


「みたいなものだね。だから努力とか根性でどうにかできるものじゃないんだ。でも優秀なのはたしかだよ」


「昨日はほとんど丸一日寝てたよね。ウォルトに来るのが遅れたのもね、学がどーしても予定の時間に起きられなかったの。でもね、頭はいいんだよ」


「ごめんねえ、俺も起きてたいんだけど……」


「いいよー、学のせいじゃないし、だからってちーちゃんのせいでもないし。そういう体になっちゃったんだからしょうがないよ」


「白ちゃんは優しいねえ。迷惑かけても悪いし、俺は宿のほうに戻ってようか?」


「向こうは向こうで朝になったら叩き起こされそうだけどな」


「怖いねえ」


「難儀なこっちゃなあ」

次回は明日、十三時に投稿します。

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