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1 触発機雷は未だ幼く

「というわけで、今回はこのメンバーで任務に行ってきてもらいます」


司令室に集まった七人に、開口一番のん気な声でそう伝えるのはギルド長の來坂礼らいさかれいだ。独特な色合いの青髪に穏やかな紫の瞳。空色の軍服を着崩した童顔の男は今しがた起きたばかりだ。その場に集ったギルド員たちは互いの顔を見合わせると、ロアに瓜二つな美青年に向きなおった。


「すっごいメンツだねぇ?」


眠そうな目をこすりながら語彙なさげに感想を述べるのは竹咲学たけさかまなぶ。ゆったりとしたローブのようにも見えるオーバーサイズのパーカーの襟元からは、その下に着ているワイシャツとネクタイが覗いており、ラフなのかフォーマルなのかいまいち判別のつかない装いだ。学の身体には彼以外にもうひとつの意識が同時に存在する、いわゆる二重人格に近い状態で、きちんとしたい学と楽にしたいもう一人の意見がぶつかり合った結果の妥協案がその服装らしい。彼が常日頃から眠そうにしているのも、二人で同じ肉体を共有することによる身体への負担が大きいためだ。


天風癒暗あまかぜゆあんはあくびをしている学の隣で左目に着けた眼帯の上からまぶたを掻きながら、たしかにと頷いた。あらためて集められたメンバーを見渡してみる。まず癒暗自身と今にも舟をこぎだしそうな学。ふてくされたような顔でじっと座っているリン・ヴェスワテル。リンが任務に出ること自体はそこまで珍しくはないのだが、今まで一緒になったことはなかったので、癒暗にはそこが既に新鮮だった。


それから集団の前のほうで仁王立ちで話を聞いている輪廻りんねカナと、反対にうしろのほうで不安そうにうつむく兄のリア。強気で男勝りな妹に、弱気でしとやかな兄という、容姿もそうだがお互いの性別を取り違えて生まれてきたような兄妹だ。リアの前にはブツブツとなにか指折り数えている藍那白あいなはくがいる。荷物に加えるべき物品を確認しているようだ。外見年齢だけで言えば十二歳のリンに加えて、最年少である十一歳の白をはじめ、メンバーの過半数は十代前半でそろえられている。


そして今回の年長者にあたる最後の一人、右手に黒手袋を着けた和装束の男。癒暗の義理の兄である鈴鳴龍華すずなりりゅうかがここにいることが、なによりのおどろきだった。龍華はロワリア国内にある唯一の神社、鈴鳴神社の神主だ。ここのギルド員ではあるものの、普段は神社での仕事をこなしながら、その裏手にある屋敷で暮らしている。龍華が任務に出ていたのは数年前までの話で、近年では日を跨ぐような任務に出ることはなく、日帰りで任せられるものばかりで、そもそも任務自体が滅多にまわってこない。


鈴鳴神社の運営のためにも、神社を無人にしてはならないというのが鈴鳴家の決まりらしく、基本的には龍華か、彼の実妹であり癒暗の許嫁である玲華れいかが常に神社にいる。癒暗や双子の兄の柴闇が留守を任されることもなくはないが、今では神社を守るのは龍華と玲華、任務に出るのは癒暗と柴闇という役割分担だと思っていたのだ。学の言葉も大半は彼を示してのものだろう。龍華は神主としての神社にいる間に着ている――常に神社にいるのでもはや普段着の――和装束のままで礼に尋ねた。


「任務はええんけど、柴闇やのうてえんか? 指揮はあいつしかうまかろ?」


白が龍華を見上げながら頭の上に疑問符を浮かべている。彼の独特な発音と言葉遣いにも礼はとくに困る様子はない。


「リンがどうしても火力の高いギルド員がほしいって言って」


「まあ……火力はそら高かろな……」


「いや別にボケたんじゃなくて……戦力としてね、リンは柴闇と勇來を推薦してたらしいけど、勇來は別の任務があるし、ロアがウォルトに柴闇はやめといたほうがいいってさ。あとジオが念のために龍華がいたほうがいいって。今回のメンバー編成に俺はほとんど関わってないよ」


「ほお?」


小首をかしげる龍華をよそに、白が小さく笑った。カナがそちらを見る。


「支部長がテキトーに決めたんじゃないなら逆に安心じゃない?」


「それな」


「言うねえ。俺だって別にいつもテキトーに決めてるわけじゃないんだぞ? まあそれで、先方からの編成条件を満たしてる白、リア、カナと、大半が未成年の編成だと調査自体に不都合が出るだろうから、十六歳以上で手の空いていた学と、あと……癒暗もいたほうがいいなと思って」


「え、僕まさか龍華の通訳のためだけに呼ばれた?」


「……、……あはは」


「なんで笑うの?」


窓際から様子を見ていたロアが口を挟む。


「通訳係もそうだけど、それだけというわけじゃない。癒暗は空を飛べるだけあって機動力が高いからね、それに防衛面でも治癒を使える君は貴重だ。今回の任務に戦闘が発生するかどうかはわからないが、リンの精神衛生面を優先させてもらった。私情を挟んだのはたしかだ、すまない」


「え、いや、ロアが謝るほどのことじゃないっていうか……まあ別に不満があるわけじゃないからいいんだけどさ。いざとなればリンを連れて戦線離脱しろってことでしょ? 別にいいよ、リン一人守るくらい」


「セレイアからはウォルトでの滞在期間中は教会を頼るように助言があったけど、活動拠点をどうするかは君たちの好きにしていい」


「はーい、教会って泊まれるのー?」


「あのあたりは孤児院を併設している教会も多いからだろう。そこを頼るもよし、近くに宿をとるもよし、ということだ。宿がよければこちらで手配しておくよ」


「孤児院っちゅうてもなあ、白らはまだ子どもらに紛れ込めるやろけど、俺と癒暗と学は厳しいんとちゃうか」


「詳しい状況とかもわからないし……一応、教会で厄介になる前提で向かって、詳しいことは現地で決めてもいいんじゃない?」


癒暗の言葉にカナが頷く。


「そうだな、オレはなんなら野宿でもいいぜ」


「俺はどこでも寝れるよお」


たくましいというより無計画というのだろう。礼は苦笑している。


「それじゃあ、解散。みんなそれぞれしっかり準備しておくこと」



*



「ロアがリンに任務を割り当てるのはときどきあることだが、毎回嫌がられるのによく飽きないな。今回はそんなにリンが必要なのか」


癒暗たちが去ったあとの司令室で郁夜が問う。ロアはコーヒーをひと口すすってから膝元に目を落とした。


「彼女を同行させる利点はあるさ。でも一番はこれ以上の平和ボケを防止するためだね。彼女、もともと戦闘や緊迫した場面というものに弱いけど、大戦が終わって、このギルドができて、以降は本当にただ毎日なにもせず遊び歩いているだけだからさ」


「たしかに普段から菓子食ってたり遊んでたりしてるところしか見てないが」


「亡国とは他国に下り、国家としての資格と役割を放棄、あるいは譲渡した国家だ。存在そのものは国家に変わりないけど、責務というものがない。リン以外にも亡国の化身はいるけど、みんなすることがなくて暇してるようだ」


「そのリン以外の他の亡国連中はどうしてるんだ。全員がリンと同じ状況……なわけでもないだろう」


「支配元の国家から指示を受けて素性を隠しながら各地に潜入したり、事件や事故の調査に向かったり、あるいは国もなにも関係なく、ごく普通の人間として人々にまぎれながら生活している者もいる。どうあれほとんどの亡国はなにかの仕事をしているよ」


「遊んでいるのはリンだけか」


「そう思ってもいい。だからまあ、せめて他の亡国に出くわして『最近はどうしてるの?』って聞かれたとき、よどみなく答えられる程度にはギルドのことも手伝わせておかないとね」


礼は小さく笑った。


「それはリンだけじゃなくロアの沽券にもかかわってくることだし、リンを任務に行かせるのは賛成だなあ。たまには身体を動かしておかないと……って、それは俺自身にも言えることか。俺も久々になんかの任務とか行こうかな。なあ郁、また昔みたいに一緒にさ」


「お前と俺が一緒に出たら、その間の指揮は誰が執るんだよ」


「たまにはいいんじゃないかい? 郁も礼も、せっかく鍛えたのに使わずに放置しすぎると刃が錆びるよ。とにかく、リンの場合は私から言わないと、君たちの指示じゃ絶対に行かないだろ、あの子」


「それもそうだな……にしても、リンに少し甘いんじゃないか。いざとなれば助けに行く約束をしていただろ」


「妥協案だよ、先にああ言っておくと案外こなしてくれるんだ。それに毎回そう言って送り出しているけど、まだ救援要請が入ったことはない。あくまで最終手段であることは彼女も理解しているさ。別にリンだけじゃなく、君たちだってしていいんだぜ? 私がなんのために、日中ずっとここで待機していると思ってるんだい」


「ロアが出なきゃいけないほどの事件が起きてないっていうのはいいことだよ」


「まあ、私がリンに甘いというのも否定はできないけれどね。彼女はどうも、肉体の年齢に精神が引っ張られすぎている。国家として誕生後、すぐに亡国となって私の傘下に入ったというのも原因のひとつだろう。なにかを守るために一人で戦う、矢面に立って耐える、国家として民草を保護するという経験をほとんどせずにここまできた。ロワリアがリワンを吸収したことによってその機会を奪われたと言ってもいい」


「そういえば聞いたことなかったけど、なんでロワリアはリワンを領地にしたんだ?」


「セレイアが我が国への侵攻のための切り札としてリワンに目をつけたからさ。ここは南大陸の最西端だ。外界に出るには必ずリワンを通らなければならない。だからセレイア国がリワン国を支配すれば、それだけでロワリア国は窮地に追いやられるだろう。この国を守るためではあったけど、リワンだって当時のセレイアに下っていればロクな目に合わなかったはずだ。最終的にそれを決めたのはリン本人だけどね」


当時のことはよく覚えている。そのころのセレイア国による他国の支配とは、すなわち暴力。ただ力にものを言わせた単純かつ強大な暴力でしかない。よそから来た異国の者から唐突な支配を宣言されれば、そこに住まう民は当然反発する。なのですべての反乱を暴力で鎮めた。土地と人とを蹂躙し、従わなければ命が危ないという危機感を根底に植え付け、恐怖によって支配する。現在ではその残虐性もなりをひそめているものの、当時のセレイアとはそういう国家だった。


だからこそリワンの地に化身が顕れ、建国の知らせを受けたロアは自国のことよりもリワン国の未来を案じていた。無論、保身も考えていた。リワン国がセレイアの手中に収まればロワリア国の存続も危ぶまれる。だがそれ以上に、目の前で一方的におこなわれようとしていた暴虐を見過ごせなかった。ロア一人への嫌がらせのために、関係のない国家ひとつに恐怖と怨嗟をまき散らそうとしていたあの男から、リワン国を守らなければならないと強く感じた。


「……正直、どちらも恐怖だっただろう。国家として誕生したばかりで戦いの知識も技術もなく、判断力も、救援の伝手もない。当時の彼女にできたのは、どちらの恐怖を選ぶかという理不尽を受け入れることだけだった」


もともとロワリアとリワンの間にはそれほど積極的な交流はなかった。なので選択を迫られたリンにも、その地に住まう民草も、ロワリアをよく知らなかった。ロワリアとリワンのお互いへの認識といえば、ロワリアから他国へ向かうための通り道にリワンという村があるという、それだけだった。


リンにしてみればセレイア国もロワリア国も、突如として服従を迫った未知なる支配者でしかない。だが一国ひとりではどうにもできない状況に追いやられ、存続のためにはどちらか一方へ逃げなければならない。どちらを選べばよいかの判断材料などないに等しく、ただ、これまでロワリアがリワンの害になったことはないという事実があり、そしてあの男セレイアにだけは下ってはいけないという本能的な危機感があった。


結果として、リンはロアを選んだ。あのときのことは今でもよく覚えている。


無論のこと、リンがどちらを選んだとしてもセレイアには関係がない。両方まとめてねじ伏せて、力任せに屈服させればいいだけなのだから。その戦いでセレイアが撤退を選んだのは、ロア自身が前回よりも戦いの腕を上げていたというのも理由のひとつだったが、リワン国の化身が想定以上の力を保有していたことも大きかっただろう。


限りなく未熟。絶対的な安定、技の熟達などには程遠い、浅く弱い力。未知の可能性。ビギナーズラックとでも言うのだろうか。ロワリアにとってもセレイアにとっても、リン・ヴェスワテルに関する情報の一切を得ておらず、それが功を奏した。ロワリアは新たな領地と戦力を獲得し、一方でセレイアは新たな情報を獲得して戦略的撤退と相成ったのだ。


それからというもの、ロアはリンを鍛えることに心血を注いだ。いつまたセレイアが攻めてくるかわからない。ロア自身も今まで以上に強くなる必要があり、リンに対しても同じように厳しい鍛錬を積ませた。泣こうが喚こうが構わず、引きずりまわしてでも鍛えさせた。戦闘技術は育っただろう。しかし彼女の精神は何百年経とうと子どものままだった。戦士として己を鍛える機会は腐るほどあっても、国家として、人としての成長の機会は既に失っていたのだ。


リンは自分を過小評価しているだけで、間違いなく強くなった。あとは戦地においても堂々たる佇まいで冷静に物事を判断できるだけの胆力さえあれば、百戦錬磨の国家として戦えるはず。彼女を弱くしているのはそこだ。磨かれたのは技術のみで、それを扱える心が伴っていないために絶対の極致へ至れない。国家は肉体の年齢が十代から三十代までの間のどこかで停止するものなのだが、肉体の年齢に精神が多少の左右を受ける現象は珍しくなく、むしろほとんどの国家はそうだ。リンの場合はそれが完全に仇となっている。先に述べたとおり、亡国という、国家の責務から解放されている身であることも、精神的な成熟を望めない大きな理由のひとつだ。


大戦時代にはリンも嫌々だったとはいえロアやジオとともに戦地を駆け抜けていたはずだが、戦乱が終わりを迎えて平和が訪れてからはご覧の有り様だ。今では毎日なにをするでもなく暇を持て余し、遊び歩いているだけの見た目どおりの十二歳。昔よりもさらに臆病が増した気がする。


「リンが戦いを嫌うのは、自分自身の能力を制御できていないということも理由にある。一応、個人的な鍛錬は今も積んでいるようだけど、あの子は本番に弱いからね。実戦では目に見えるほどの成果を得られていない」


「リンの能力……たしか、雷属性だったか」


「あー、あの広範囲無差別バリバリ攻撃なあ、昔見たことある」


礼が思い出したように言う。ロアは苦笑いを浮かべながら弁明した。


「あれでも昔より制御できるようになってはいるんだよ。感情が昂ぶりすぎると火花が出ちゃったり、狙いをしぼりきれず攻撃が広範囲に飛散するのも相変わらずだけど、いつからか味方に当てるようなことは起きなくなったし……」


「ってことは……昔はあれに味方も巻き込んでたってことか」


郁夜の指摘に、ロアの隣に座ったまま黙っていたジオがため息をつく。


「過去に一度、祖国に直撃を浴びせそうになったことがある」


礼と郁夜が反応して彼を見た。ジオはちらりと二人を見てから静かに続ける。


「そのときは、たまたまそばにいたベアドルフ……ベアム亡国の化身が祖国を庇った」


ベアム亡国はセレイア国の配下にある領地だ。


「べアムの化身は大丈夫だったのか?」


「アドルには絶対的な再生力があるからね、無事だったよ。全身にひどい火傷を負っていたけど、ショックで気絶しただけで後遺症も傷跡もなく息災だ」


「全身大火傷したけど気絶しただけ……?」


それは無事とは言えないし、火傷を負っている時点で気絶しただけ(・・)では済んでいない。ジオが続ける。


「リンはその一件がトラウマになっているらしい。以降は味方に当てることもなくなったが、能力を発動するたびに身体が震えている」


「つまりトラウマが技の上達につながったということか。へえ、なるほど、へえ……」


「祖国、……祖国」


「ロア、さすがにそれは荒療治すぎるよ?」


「まだなにも言ってないだろう」


「使えるって思っただろ。精神力も鍛えられて一石二鳥じゃないよ、リンのメンタルがズタボロになるだけだからそれ。おい郁、これのどこがリンを甘やかしてるんだ?」


郁夜は頭を抱えた。


「……俺の気のせいだったみたいだ」

次回は明日、十三時に投稿します。

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