8話 救出2
暗殺者は黒いマントで身を包み、顔は猿の魔物か動物の髑髏を被っている。
特徴のある暗殺者だ。
たしか、南の砂漠にそんな暗殺者集団がいたような気がするが。
「あんた、何者だ?」
何も答えないとは思うが、試しに聞いてみる。
「言うと思うか?」
ですよね。
暗殺者の声は喉が潰れたような、しわがれている。
老人、というわけじゃないはず。意図的に潰しているはずだ。
早く、終わらせたいな。フィルとの件もあるし。
「こっちは二人だ。数が多い以上、殺すことはもう不可能だぞ」
というか、俺が敵対している時点で絶対に殺させたりすることはさせない。
慢心とかではない。
ただ、相手からすれば慢心だと思われたのか不敵な笑みを漏らす。
「殺す事は不可能、か」
どこからともなく、暗殺者の右手に黒塗りのナイフが握られている。
「ならばもう死なない、ということでいいんだな?」
ナイフが左の壁に向かって投げられる。
そのまま壁にぶつかるはずだがナイフは壁に触れた途端、水に物が落ちたように波紋が壁に小さい範囲で広がり、ナイフは壁に吸い込まれてしまった。
「ああ、死なないよ」
というか、今の影魔法だよな? なんとなくだけど、何がしたいか分かるな。
あ、肉をまだ食べてなかった。
買った肉串を食べつつ、しゃがむ。
すると、頭上にナイフが通り過ぎていく。
左の壁から右の壁に。
やっぱりね。影移動の類だったか。
ナイフは右の壁にぶつかると、地面に落ちた。
肉串を食べ終え、壁に当たって落ちたナイフを拾う。
毒は塗られていないみたいだが、影移動のせいで奇襲性は高い。
魔法はイメージよって、その数が変わる。
火球をつくっても、人よっては回転していたり大きさが違ったりする。要は人の数だけ、魔法も変わる。
影魔法、影移動。自分や物を影の中から別の影に移動させる魔法。
ただし、自分の視界ではっきりと見える場所。
そして、消費する魔力がかなり大きい。
移動することができるのだ。短距離だとしても、それだけ魔力を消費する。
それに見合ったリターンがあるのだが、攻撃が分かっていれば躱すのは簡単だ。
戦闘は長い間、続けたくない。早めに終わらせたい
「まだやる?」
出来れば帰ってくれと願うが、それは叶わなかった。
「ああ。仕事が終わってないからな」
次は右手に短剣を握っている。どこから出したのやら。
こりゃあ、完全に止めるまで終わらないな。
右手に肉のなくなった串を。左手には暗殺者の投げたナイフを握る。
こりゃあ、殺さないと駄目かな? 多分、止まらないだろうし。
一度、深く息を吸って浅く吐き、意識を切り替える。
人を殺す。暗殺だ。殺すことだけを考えろ。
頭がスッキリとなる。考えることは一つ、殺すことだけ。
意識を切り替え終えた時、暗殺者もまた動き出す。
地を蹴って飛びかかる。ただ、こちらに向かって来るのではなく壁に向かってだ。
壁にぶつかると思ったが、その直前で身体の向きを変えて足を壁に着けて再び蹴る。
反対の壁に着地すると、次は地面へ。
不規則且つ徐々に速度を上げながら動く暗殺者に、普通に人間なら終えきれなくなる。
現に、後ろにいる女性が顔全体で追っているが追い切れていない。
もう人の速さではなくなっている。
強化魔法の身体強化を使ったな。
名前の通り、肉体性能を底上げする魔法。
強力であるが魔力の消費が大きく効率を考えると最低限の強化で、割合として一割の強化だ。
強敵ならその差は誤差かもしれないが、接戦する相手なら有能ではあるが。
身体強化した暗殺者の動きを、目で追えていた。
今攻撃しても当たらないし、カウンターで狙うか。
確実に倒すため、相手が手を出してくるのを刻々と待つ。
着地を狙っている時、暗殺者は壁を蹴ってこちらに向かって飛び出してくる。
短剣の刃先は、こちらを狙っていた。
空中で狙うか!
足が地面に着いていないということは、空中で別の方向に飛ぶことはできない。
横に移動して躱す。
このまま、着地する所を狙えば確実に倒せる。
魔法で無理矢理着地しても、隙は生じる。負けはない。
確実に短剣の間合いの外から外れた。
が、マントの裾から影が右腕を覆うように伸びていく。
影の手が代わりに短剣を握り、関節が二つあるかのように腕が二度も曲がって方向を修正。胸目掛けて迫る。
こいつ!!
予想外、想定外だ。
まさか、あの状態から攻めて来るとは。それに、この魔法は見たことないし使ったこともない。魔法を応用して、調整したのかもしれない。
「影魔法。影縛り」
こちらも使わせてもらう。
自身の影から幾つもの細長い帯が暗殺者の影の腕に伸び、縛って身動きを封じた。
影魔法は自身の影だ。それ故に、自分と繋がっている。
隙が生まれた。それを見逃すほど甘くない。
串とナイフ。両手に持つそれを暗殺者目掛けて投擲する。
縛られた影の腕のせいで動けずに隙のあった暗殺者だが、ガクンッ! と動きが規制されているかのように途端に地面へ落ちていく。
影縛りで縛られていたのに、どうして急な移動を!?
視界を広げれば、すぐに分かった。暗殺者のマントの裾から伸びていた影の腕がなくなっているのだ。
そのせいで、暗殺者は影の腕で握っていた短剣を落としていた。
魔法を解除したか。
それならば、影縛りで縛られなくなって動けるようになったのも分かる。
こちらも影縛りを解除し、右手首の腕輪に触れた。
これで決める。
「隠密魔法。起動」
暗殺者は投擲した串、そしてナイフをいつの間にか握った短剣で弾き、地に落ちている所だ。
意識はそちらに向けられている。
一足、二足。この一瞬に意識を集中させろ。
一撃で決める!!
間合いに入ったのは、一瞬だ。
そこまで近づけば暗殺者もこちらに気づく。
「いつの間に!?」
驚愕の声。なのに対し、動揺を見せずに迎撃する素振りを見せていた。
ああ、強いな。
突然の奇襲にここまで動けるのは、それだけの修羅場を熟しているということだ。だからこそ、ここで殺すのは正解だ。
短剣と魔法刃がぶつかり合う。魔力で構成された魔法刃は、量産された武器ならばバターのように斬り落とす。
だが、その形を保っているということは業物だという証。
長くなるな。
戦いの長期化が読めた。だからこそ、猛烈に攻めた。
魔法刃を使いつつ、徒手空拳を組み込む。
隠密魔法があるからこそ、正面から殺し合いに長けている。それだけの自負はある。
魔法刃だけならばまだしも徒手空拳も混ざれば、暗殺者は捌けなくなっていく。左腕、そして足と生傷を増やして、斬り飛ばした。
終いだ。
足を斬り飛ばしたことでバランスを崩した暗殺者。隙のある胴を斬り飛ばした。
血が吹き、上半身と下半身が真っ二つ。ぼとり、と上半身が地に落ちる。
「くく、お前の魔法、隠密魔法だな」
身体が真っ二つになったというのに、暗殺者は饒舌に喋り出す。
死の寸前で痛みがなくなったのかもしれない。
だがそれ以上に、喋らせたくはなかった。
後ろの女性に聞かれたくなかった。が、それは対処するのがあまりにも遅い。
「影の王がどうしてここにいる? まあ、いい。俺はもう、死んだ身だからな」
力の入らない残った腕、右腕で顔を隠す猿顔の髑髏に触れる。
パカッ、と簡単に外れた。それはもう呆気ないほどに。
外れた途端、暗殺者は青い炎に飲み込まれた。
魔法道具だ。顔を隠す髑髏は、証拠を隠滅するためのものでもある。
自分で死んでおいて、こっちに爆弾を残してきやがった。
ため息が漏れる。
右手首の腕輪を解除して振り向くと、女性がどこからか出した杖を持って警戒していた。
杖は女性の身体と同じくらいの長さ。頂点には風の精霊が象られていて、高価なのが一瞬で分かる。
「あなたは本当に影の王?」
「ああ。確かに俺は周りからそう呼ばれていた」
否定したい。しかし、事実だ。
嘘を言ってもあとでそれがバレれば問題になる。信用がなくなる。
それなら正直に行こう。
「どうしてこの国に?」
「殺しがいやになった。影の国にいれば、ずっと殺しを強要されるからな」
「今回は殺したのに?」
さっきの暗殺者だろう。
少しおかしくて、笑いそうになる。
「おかしいことを言うな。俺は不殺主義者じゃないぞ? 相手が殺そうとするんだ。なら、こっちだって殺されないためにも殺そうとするだろ」
本音だ。紛れもなく。
暗殺者が下がっていたなら、殺しはしなかった。
だが、あっちは二度も殺そうとした。一度は投擲。二度目は刺突。なら殺すだろう。
俺の答えに満足したのか、女性は警戒を僅かに解いた。
これなら、こっちも質問できるか。
「次はこっちが質問するけど、お姉さんはどうして暗殺者に襲われたの?」
暗殺者としてスイッチが、徐々に戻っていく。
その初めに口調が少しばかり柔らかくなる。
「私が魔法学院の学院長をしているからだと思う」
「魔法学院の学院長?」
脳内で冒険ギルドのギルドマスターと魔法学院の学院長の間に、=で結び合う。
これは、いけるか?
「城で王族と会ったことある?」
「何度か」
押し気味の質問に女性、学院長が怪訝な態度を露にする。
いきなり変な質問をしたのだ。そりゃあそうなるはずだ。
「助けたお礼で、少し協力してほしいことがあるんだけど」
これでフィルの案件が解決できる、と内心安堵の息が漏れる。
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