63話 王女開放戦3
地下へ続く階段を静かに降りていく。何度も続く同じ光景に一瞬幻覚でずっと同じ地下を下り続けているのではないか思っていると、扉が見えてきた。
開けると、その隙間から鼻を塞ぎたくなるほどの腐敗臭が漏れだし、思わず開けるのを躊躇する。
これは……。
意を決して扉を完全に開けると、風船の中の空気が漏れるように、匂いの濁流がカインに襲い掛かる。
その匂いがあまりにも臭すぎて、鼻呼吸から口呼吸に切り替え、一度目の呼吸で何か得体の知れない何かが入ってくるような感覚に、思わずえずいてしまう。
しかし、口の中から吐き出されるものは胃酸だけで口の中が焼けたような酸味が広がる。
殺し屋だからといって、この匂いに慣れることはない。
中は牢屋だ。二つの牢屋が壁の両側にあり、まっすぐ進めばまた扉があった。
ここにはフィラルシア様はおらず、先に進めばいるはずだ。
牢屋の片方はもぬけの殻で、もう一つの牢屋があまりにも悲惨すぎる。
中に空いたスペースがない、というほどに死体が積み重なっていて、まるで地獄だ。
牢屋を通り過ぎて扉に向かおうとすると、死体の詰まった牢屋で動きがある。
誰か生きている人が? という僅かな淡い希望が生まれる。しかし、それはすぐに砕け散った。
「ア゛ア゛ッ」
掠れたような声を漏らすのは死体。
牢屋の中から鉄格子を掴み、押す。鉄格子は頑丈らしく、壊れるような事はない。
「怨念が死体に乗り移って魔物となるか」
ゾンビ、リビングデッド、そう呼ばれる魔物はいる。
ただ、こんな街中で見たことなど一度もない。
薄気味悪い。カインの直感がそう囁く。
早くこれを終わらせないと。諸悪の根源を潰すために、カインは奥の扉を開けた。
中は石造りの部屋。ドーム状の部屋で天井が高く見上げても見えない。
明かりが部屋の中にある机の上にある魔石のランプしかなく、他にあるのはベッドという質素な部屋だ。
そのベッドの縁にフィラルシア様が座っていた。
彼女はカインが入って来た事に喜び、立ち上がって駆け出そうとするが動く間もなく止められる。
首筋に剣先を添えられて。
ベッドの隣に、レストがいる。
「ようやく来たか、影の王。待ちわびたぞ」
「そんなに待たせたか? それはすまない。しかし二日? 三日ぶりくらいだろう? そんなに俺に会いたかったか?」
「ああ、会いたかったさ。ようやくこの手で貴様を殺せるからな」
それほどの憎しみ、前騎士団長を殺した事がここまで根を張っている事に驚くことはない。
分かっていた事だ。イリスイス様だってその一人、ただ静かに受け止めるしかなかった。
「前騎士団長のフォードルを殺した事がそんなに憎いか?」
「いや、全然」
その言葉に受け止めようとしたカインは、驚きを隠しきれなかった。
騎士団から恨まれることなど、これ一つぐらいしかない。
なのにそれを否定され、どうしてこの男がここまで憎しみを込めているのか、それが分からなかった。
「なら、何故俺を憎しむ? その憎しみはどこから来る?」
「簡単ですよ。あなたがいなければ、今の私はいなかった。平和な私しかいなかった」
それは理想論に近かった。元の原因は大臣の行いが発端ではあるが、それが意識しだしたのは大臣の息子であり前騎士団長のフォードルが死んだ事から始まる。
カインが暗殺しなければ、もしかしらレストは今も大臣の事を尊敬していたかもしれない。
彼の言葉を聞き、カインは思わずため息を吐いてしまう。
「なんだそれは、くだらない」
呆れてしまい言葉も出ないが、煽るために敢えて言う。
レストはカインの言葉にムッと顔に皺を寄せる。
釣れた、とレストの反応を見てカインはそう思った。
「だってそうだろ? お前の言っている事は所詮幻想。俺がいなくても今のお前になっているさ」
レストの反応、そして大臣の家だというのに差し向けられた手先。彼らと少しばかり会話したが、その時言ったのはこの先に用があるという事。
その先にいるのはレスト、彼しかいない。
大臣からも見捨てられ、もしくは捨てたのどちらかだが、今ではなくてもいつかは今のような関係になっているはずだ。
「うるさいッ!!」
顔を真っ赤にしたレストが声を荒げた。
それはまるで、現実を見ない子供のような印象を与える。
レストも心の奥底では、もしかしたら気づいているのかもしれない。
もしくは、そういう可能性に憧れがあったのかも。
「事実を言ったまでだ。それに、お前を分かっているはずだろ? いずれこうなる運命だと」
「黙れ、黙れ! 黙れェェェー!!」
まるで子供だ。身体の大きな子供。
あれも過酷な人生を送ったのだろう、だから夢を見る。
今の酷い現実から逃げるように、夢のような妄想をしてしまう。
それだったらいいな、と良い部分だけを見て悪い部分を想像しない。
だから、レストの言う平和な私は飽きれるしかなかった。
「お前を殺す、もう殺す」
レストは魔法を発動させた。
空気がひんやりと、冷気を含んだと思うと彼の周りの石の床から氷の騎士が何体も生まれてくる。
騎士は剣を持ち、斬られれば普通に怪我をするだろう。
「お前達、暗殺者は数の利には弱いよな」
確かに、暗殺者は弱い。一対一ならまだしも、複数だと骨が折れる。
これが騎士のように魔力の量が十分にあればいいのだが、あまりない。それはカインも一緒だ。
ただ、相手が捨て身であったり隠し技を持っているなら話は別だが。
床から伸びる影から黒い刃が氷の騎士達の一体に襲い掛かり、上半身を斬り落とす。
「は?」
その出来事にレストは思わず変な声が漏れる。
カインの今までそのような技、知らないし見たこともなかったからだ。
「舐めるなよ、糞野郎。一度負けて、こっちが何の準備もせずに来た、そう思うか?」
カインの後ろで影がゆらゆらと立体的に動き、そこから触手のような物まで動いているのが分かる。
「かかってこい、こっちは一応最強の暗殺者だったんだ。てめえをぶち殺してやる」
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