5話 冒険者
ローリッヒ王国の王都、レルベン。
中央に位置するこの王都は外側に大きな外壁で囲まれている。
町よりも遥かに大きい王都は、まず外壁からスケールが違う。
レルベンの五メートルの外壁の実に四倍、二十メートルの高さがある。
それほど高ければ造るのに対して人力であればかなりの労力を要する。しかし、この世界には魔法があるのだ。
魔法を使えば、高い所でも物を飛ばすことができたり重い物を持ち上げることもできる。だが、それは逆も然り。
中途半端な高さの外壁であれば、山なりの攻撃で軽々と飛び越える。
さらに翼の持つ魔物なら飛ぶこともできるため、外壁は高くなければならない。
町の北に位置する場所に、大きな白亜の城がある。その南に庶民が暮らす下町があり、城と下町の間に貴族が住む貴族街が存在している。
この国の周りは南に魔物の住まう大森林があり、さらにその奥へ進めばザスタン共和国がある。西はラドリア魔導国がある。
危険があるとすれば、一番目に森。二番目に帝国だ。
森に住む魔物は当然危険。そして、帝国は良からぬ噂がある。
外敵に事欠かないこの国はそれ故に外壁が頑丈だ。
王都に行くまで約一ヶ月ほどかかった。
その一ヶ月でワイバーンみたいなイレギュラーな魔物が出てくるようなことはなく、平穏そのものだ。
出てきた魔物も四人で対応できる程度で、暇なため魔法使いに色々と助言をしたりした。
前回、神官を庇って怪我をしたため立ち回りや立ち位置なんかを教える。
ただこちらは元暗殺者であり、魔法使いではない。魔法使いの事何一つ知らない。
しかし分かることがある。それは魔法使いを殺す時にどこにいると嫌なのかという事。
前職の事を活かして、彼に色々教えた。
ついでに、急所の突き方なんかも教えたため、自衛はできるはずだ。
着いた時には、太陽が真上に登ろうとしていた。
王都に入るときはライレンと一緒で銀貨を支払って中に入る。
レルベンは人が多い。
それが初めに見た印象だ。
今まで色んな町に赴いた事がある。
ただ、その時は仕事で人を殺していた。感情というものが邪魔だった。
だから何も考えず、無感情で生活を送る。
しかし今はどうだ!
殺しをやめた、ただそれだけでこの世界が色褪せて見える。
買い物をしている。子供と笑う母親。彼女と買い物をしている彼氏。
見回せば色々な感情が世界にあるのだと知る。
それは長い間失ってきたものだ。その失ってきた物を時間をかけてでも獲得していこう。
町を見渡している間に、四人の冒険者パーティーと商人が話をして依頼を終了。
こちらに寄ってくるのにカインはようやっと気づく。
「お世話になりました」
商人は頭を下げる。
いえいえこちらこそ、とカインもお礼を言う。
冒険者ではないのに一緒に行動したことに感謝を述べつつ、商人は去っていく。
そして残ったのは、冒険者達だ。
「カインはこれからどうする?」
ふむ、と顎に手を置いて考える。
何をしたいか、というのは既に決めてある。転職だ、就職だ。
ただ、その間にお金を稼ぐ必要があるので冒険者にならないといけない。
少しばかり答えを出すのに時間がかかってしまい悩んでいると、
「もしよければ冒険者になって俺のパーティーに入ってほしい」
戦士の願望であった。馬車を護衛する中で、出した答えだろう。
その言葉を言ってくれるのは嬉しい。
だが、ずっと冒険者をしている訳ではないのだ。
少し危険があってもいい。命を散らさないような仕事に就きたい。
答えは決まっていた。
「冒険者にはなろうと思う。ただ、自分のペースでやりたいんだ。すまない」
冒険者をやり続けるなら、一緒にパーティーを組んでも良かったと思う。だが、転職するのだから時々パーティーに参加すのるは逆に迷惑をかけるかもしれない。
それを聞き、戦士は悲しそうなそれでいて隠すような表情をする。
「そうか、それはしょうがないな。すまない」
「いや、こちらこそ俺の事を誘ってくれてありがとう」
感謝しかない。こんな俺を誘ってくれて。
善意で必要としてくれたのは、これが初めてだ。悪意で必要とされたのはもうコリゴリだ。
「パーティーは組めないけど、俺も冒険者をやるんだ。暇なときだったら手伝うよ」
「本当か!? 助かるよ」
悲しみを隠すような表情から一転して喜びを戦士は漏らす。
「それじゃあ、冒険者ギルドまで案内してやるよ。場所が分からないだろう?」
嬉しさのあまりか冒険者ギルドを案内してくれるらしい。
少し早口だ。
案内してくれるのは非常に助かる。王都レルベンで仕事をしたことはある。
冒険者ギルドがどこにあるか記憶に残っているが、鮮明に覚えているわけではない。
迷うかもしれなかったのだ。非常に助かる。
冒険者ギルドは中央の手前に位置する場所にあった。
石造りの二階建て。民家より二回り三回りほど大きい。
中に入ると、正面に横長の受付。肩ほどまでの仕切りがある。
受付には眉目秀麗な男女が仕事しているのが見える。冒険者ギルドにとって受付とは顔だ。
誰だって美男美女と話すほうが嬉しいし、楽しい。
中は酒場。冒険者が酒を飲み、食べたり雑談したりする場。
流石に利益を上げていく上で依頼だけだと儲からないのだろう。
酒場は簡易、もしくは併設しているのかもしれない。
ギルドが大きくないとできないだろう。流石王都、といった所だ。
受付の右端に二階に続く階段があり、二階がどうなっているのかは一階からでは分からない。
戦士が中に入っていくのを見て、その後を追う。
受付は昼時ということもあって、ほぼほぼ並んでいない。
四人のパーティーが受付に行って護衛の依頼の話をし、カインも別の受付で冒険者の登録を行うことにする。
その直前にそういえば、と気づく。
冒険者の登録した時の証、どこにやった?
完全に忘れていた。これは正直に話すべきだろう。
「今日はどういったご用件で?」
並んだ受付にいる女性はほんわかした可愛らしい声だ。
ゆるふわなセミロングなピンクの髪。ニコニコと純真さのある笑顔。
服の上からでも太っている訳でも細すぎる訳じゃないが、少しばかり豊満な胸が目立つ。
外見だけ見れば、非常に魅力的な女性だ。
「冒険者の登録をしに来たんですけど、昔登録したんですけど大丈夫ですか?」
「その時のギルドカードはありますか?」
「すいません。なくしました」
「その場合、また初めからとなりますけど」
「大丈夫です」
冒険者やっていた時もそんなに続けていなかった。
昔のを引き続いでも、初めと変わりないのだから問題はない。
「では今から登録を行いますね。お金が必要になりますが大丈夫ですか?」
「いくらです?」
「小銀貨一枚です」
その程度なら大丈夫だな。
懐からお金の入った袋から銀貨を一枚取り出して渡した。
「それでは、この紙に必要事項の記入をお願いします」
長方形の小さな紙を受付の上に置き、そう言って受付の女性が離れていく。
紙に記入しないといけない所は名前。そして使う武器や戦闘で役に立つ特技。
名前、武器はすんなりと書く。だが、特技が少しばかり書くのに悩む。
ここで暗殺、と能天気に書けば怪しまれる。だから暗殺に培った技術を書くのが無難。
斥候と書いた。
特技を書くのに少しばかり時間がかかり、その間に受付の女性が抱えるほどの大きさの水晶を持ってくる。
水晶の下には土台があり、受付の上に置いても転がり落ちはしない。
「これに手で触れてもらってもいいですか?」
なんだろうか、と疑問に思い浮かべながらも手で触れる。
すると、淡い光が水晶から漏れて何やら黒い模様が出てきて文字のような形となった。
それが何なのか、全く読み取れない。
文字のように見える。しかし、まるで読み取らせないという意思があるように読めないのだ。
その文字を見て、受付の女性は先程記入した紙に書いていく。
「これはなんです?」
「使える魔法だったり、潜在的に秘めている魔法が分かるんですよ」
え……それは……。
黙るしかなかった。
まさか、こんな形でバレるとは予想にも思っていなかった。昔は、こんな水晶玉はない。
冒険者をやめていた間に開発されたのだろう。
そんなカインの思いを露知らず、受付の女性は記入した紙の内容を口頭で教える。
「使える魔法は二つ。それは知っていますか?」
「……ああ」
動揺を押し殺す。
ここで黙ってはいけない。声を上擦らせるわけにはいかない。
もしバレれば、冒険者を続けることはできないかもしれないからだ。
「そうなんですね。なら、教えなくていいですね」
記入した紙を受付の女性が後ろに持っていく。
バレる。が、もうしょうがない。暗殺者だとばれたらばれたで、どうにかなるだろうと楽観的に考えることにした。
離れていった受付の女性はすぐに戻ってくる。
「これ、どうぞ」
銀色の金属、鉄の認識票。紐で通されたそれはコインを細長くしたようなものだ。
「認識票です。これが冒険者としての証明となるのでなくさないでくださいね」
「はい」
認識票を受け取り、首から掛ける。
これで冒険者となった。あまり実感はないが、頑張っていこうと誓う。
余談ではあるが、冒険者の登録の時に記入した紙を後日、冒険者ギルドの上の人間に見つかってしまい、影の王だとばれてしまうのは後日のお話。
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