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閑話 イリスイスの願い

 イリスイスにとって、師であるフォードルはとても優しい存在であった。

 強面な顔つきをしているが、こちらの事を思いやり優しく教えてくれた。そんな師が殺される。

 

 殺した暗殺者。それが憎くて憎くて仕方ない。

 その暗殺者はいつしか影の王と呼ばれ、私はその影の王を倒したいという願望が心の内に生まれる。

 しかし、出会うことは叶わず。さらに姉であるリーフェレールからフォードルのしてきた悪行の数々を聞かされた。

 

 信じられなかった。信じられる訳がない。優しかったあのフォードルがそんなことを。

 姉上であるリーフェレールは嘘をつかない。だから疑うこともできず、そんな時に影の王から教育を受けるという話になった。

 丁度良いとばかりのタイミング。頭の中で怨念のように居座り続ける師匠のフォードルを打ち払うために、その師を殺した影の王を倒して怨念を打ち払う。

 

 いい加減、死人から悩まされる日々は卒業しないといけない。




 影の王、カインは引き受けてくれた。

 外にある室内用の鍛錬場を利用する。

 雨が降った時など使うことはあるのだ。中は基本武器や防具などの物置にもなっていて、今回の仕合にも貢献するはず。

 が、今日は青天。使われることはないはずだ。それに、騎士団長には事前にお願いをしておいた。

 

 あとは護衛の騎士達を離しさえすれば、存分に力を振るえる。

 影の王が現れて以来、騎士達が活気づき始めた。

 姉上から師の悪事を聞いた事であまり信用できなくなり、騎士の言う言葉全てが嘘の塊のように思えてきている。

 だから影の王とは一対一で戦いたい。騎士を除いて。

 

「感謝します。私と戦ってもらえて」


「いいですよ。それがイリスイス様の願いで、何かしらの考えがあっての事ですよね」


 カインは壁際の方に向かって歩いていく。その先にあるのは、武器が樽の中に入っている。

 

「戦う以上、殺してしまわないようにしないと」


 足元の影からもこもこと色んな物が飛び出してくる。

 魔法で収納していた物に違いない。

 そこに左右の腰にある鞘と腕輪も外し、完全に武装を解除した。

 そして、樽の中にある武器を適当に物色している。

 

 武器はどれも先を潰されているため相手を斬り殺す、なんてことはないが本気で殴りかかれば撲殺できる。そのため、注意が必要だ。

 

「これと……うん、そうしよう」


 右手だけで掴んだ物は剣一本だけ。

 それを持って正面まで近づき、構える。

 右半身を前に出し、左半身を後ろに。左半身を意図的に隠していた。

 何か隠しているのは必然。他に武器を持っている?

 

 この戦いにルールなんてものはない。

 強いて言うならば、殺してはいけないということだけだ。

 だから別に武器は一つだけという縛りもないため、二つ目を取った可能性の方が大きい。

 

 影の王と呼ばれる最強と謳われた暗殺者と戦える、こんな機会は滅多にない。

 そのせいか身体が興奮で、楽しくてワクワクしてしまう。

 

「戦いの合図とかどうする?」


 興奮している最中、カインから声を掛けられる。

 ずっと見合い続けたためだ。

 

「そんなものないですよ」


「なら、こちらから先に行かせてもらうよ」


 カインが飛び出した。

 間合いまであと十歩ほど。近づくのは一瞬。

 一番警戒するのは右手の剣だが、それよりも恐ろしいのは隠している左半身。その手に握られている物だ。

 警戒していると、左手から何かを投げてきた。

 

 それはナイフだ。

 刃先を潰されているとはいえ、当たれば痛みを伴う。

 当たるわけにはいかない。

 投擲したナイフは神速、というほど速いわけではない。

 剣でナイフを斬り払うと、カインの姿がなくなっていた。

 

 消えた!? どこに!

 探そうとするが、瞬時に思考が別の考えを生み出した。

 暗殺者が姿を隠した時、見失ったということはそれはもう死の宣告。殺されるまで、幾ばくか、ということ。

 カインが持っていた武器は右手に剣。そして投擲したナイフだけ。

 剣ということは近づいて来る。

 

 もし投擲してもいいように、対応もしないといけない。

 そこまで答えを導き出すのに、カインを見失ってから約一秒から二秒ほど。

 魔法を発現する。

 

「薔薇よ!」


 自分を中心に、地面から剣の薔薇の花が咲く。

 剣の薔薇は接近を許さず、薔薇に触れた物は棘に刺さる以上の傷を負うことになる。

 薔薇は腰ほどの高さまで伸び、飛び上がればそれは隙だ。

 チッ! 後ろから舌打ちから聞こえた。

 振り向くと、そこにカインがいる。

 

 投擲したナイフを囮に背後へ近づき、不意打ちをする。

 暗殺者らしい立派な戦術だ。だが、見つかってしまった以上はもうどうすることもできない。

 下がっていくのを見て、剣の薔薇を解く。

 

 防御用の魔法ではあるのだが、こちらから近づく時に邪魔という欠点がある。

 再び、カインと向かい合う。

 

「正面から私と戦いますか?」


 暗殺者である以上、魔法も暗殺者のような不意打ちより。

 それに比べ、騎士は人を相手にするためそれなり訓練を受けている。

 騎士見習いでまだ完全に騎士になったという訳ではないが、それでも腕が負けているとは思っていない。

 だから、私のほうが有利といえた。

 

「いや、戦うわけないでしょ。貴族だよ、王族だよ。魔力も多いというのに、正面から挑んでも勝てるわけがないでしょ」


 カインの言う通り、王族は魔力の量が豊富だ。

 それは貴族の階級が高いほど多く、王族となればその魔力も豊富だ。

 魔力が豊富、というだけで戦いにおいてはそれだけ有利となる。

 正面から戦えばどちらが魔力が枯渇するか、目に見えていた。

 だから、何かしら別の手段でッ!

 

 上から何かが落ちてきて、頭にぶつかる。

 突然の衝撃、突然の出来事。カインが何かした素振りも見せなかったため、余計に混乱させる。

 何が!?

 

 カラン、と地面に落ちたそれを見る。

 木剣だ。

 稽古などで使う、木の剣。

 どうしてこれが?

 

 何故ここにある? という思考が頭の中一杯に埋め尽くした時、ようやくカインの存在を思い出す。

 カインは? しまった!

 気づいた時にはもう遅かった。

 

 音無く距離を詰めたカインの剣が喉元にまで迫っていた。

 

「降参です」


 負けを認めるしかなかった。

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