31話 騎士を殺したくない。後で問題になるから
噴き出した水飛沫が地面に落ちると、それは濁流のように全てを飲み込み、逃げるカインに襲いかかる。
背に迫る水はただの水じゃない。魔法で生み出された水だ。もし巻き込まれれば、別の魔法で身柄を拘束されてしまう。
捕まるわけにはいかなかった。
背後から水が迫るのを感じつつ、右に、左にと道を変えながら走っていく。
それを追いかけるように、水は生きているかのようにカインの後を追いかける。
道にあるごみや物、人を巻き込みながら水はカインに迫り、貧民街に辿り着いた。
裏路地から出ると貧民街で、少しばかり大きなスペースがあった。そこには何もなく、振り向くと追いかけていた水が裏路地から出た途端魔法が解かれたのか巻き込んでいた物、人が水から解放される。
水から抜け出て、呼吸ができなくて咳き込む人達は悲鳴を上げるように慌てて逃げ出す。
巻き込まれるのは誰だって御免だ。
出てきた裏路地を警戒する。
そこから騎士がやってくるはず。しかし、人の気配を感じ取ることができず、どこに消えた? と疑問が浮かんだ時、殺気を感じた。
その場から即座に動く。
首筋に剣先が通り抜ける。
避けつつ振り向くと、水の魔法で流れた水から剣が伸びていた。
離れると伸びた剣は徐々に上に登っていき、水の中から人が頭、身体と浮いてくる。
影魔法で言う影移動、その水魔法といった所か?
まさか、こんな手段で近づいてくるとは。
魔法の中でも難易度の高い移動系。魔法を教わる騎士ならば出来るのは当然といえるが、魔力の消費も大きいしそこまでして追って来るとは思わなかった。
近づかれはしたが、ここは貧民街。逃げる場所は一杯あるし隠れる所も豊富。
なんとか逃げ切ることができる、そう思った時、後ろで誰かが着地する音が聞こえた。
目線を送ると、寡黙な騎士がいる。
空に氷の道が見える。あれで空から近づいてきたのだろう。
くそっ! どうする!? 逃げるにしても、二人を振り切らないといけない。
無傷の状態では厳しいし、殺すと余計にめんどくさくなる。
どうしたものか……。
悩んでいるが、騎士達は待ってくれない。
男装の騎士は距離を詰めた。彼女の剣は細く、長く、斬るというより突く事を目的とした剣のように見える。
一撃、二撃、三撃、と神速の突きに襲われた。
その全てが急所を外し、一時的だが身動きを封じるためのものだ。
避ける。避ける。避ける。
一撃、二撃、と避けて致命傷を狙っていない攻撃だと分かると、攻撃してくる箇所に推測がつくため避けるのは簡単だった。
突きを避け、剣で弾き、防戦一方だが苦しくはない。
問題は、後ろの男だ。
寡黙な騎士は男装の騎士との戦いをじっくりと眺め、戦いに参加するように見えない。
どちからといえば、観戦しているようだ。
今は一対一で互角やや劣勢という状態だが、寡黙な騎士が加わればこの状況は一変する。
離れて魔法を使いたい所だが……。
距離を離そうとするが、男装の騎士は一定の距離を保ったままつかず離れずを維持している。
牽制するが、それも無意味。
水の魔法が盾となり、受け止めて威力を殺す。
このままじゃ拉致が──。
「大体分かった。殺すか」
その言葉が後ろから聞こえた。
ついに寡黙な騎士も参戦するようだ。
男装の騎士の攻撃を捌きつつ、寡黙な騎士の方に目を向けると氷の魔法を発動させていた。
周りに氷柱を生み出し、発射する。
それは急所を狙い、避ければ男装の騎士に当たってしまう。
お構いなしか!
男装の騎士に牽制を放って離れ、急いで振り向き氷柱を全て叩き落とす。
足を斬られた、脇腹を斬られた。背後から突きだ。
ただの牽制じゃ、そこまで効果がなかったらしい。
後ろからの突きに少しばかり態勢を崩し、その隙を寡黙な騎士は狙う。
左から右への薙ぎ払い。狙っているのは首だ。
男装の騎士とは違い、殺す気満々らしい。
くそ!
二つの剣を使って受け止める。
態勢を崩したこともあって、勢いを完全に殺すことができず吹き飛ばされた。
ゴロゴロと身体が転がり、起き上がる。
こいつ、完全に殺す気だったぞ!
逃げたいが……。
二人の騎士に囲まれ、逃げれる自信がない。
もしこれが夜ならなんとかなったかもしれないが、昼で相手は二人、こちらの味方はおらず万事休すだ。
最悪一人を影魔法で拘束してここを逃げるか? もう貧民街にいるのはばれたし、この町にはもういられない。
逃げる算段を立てるが、二人の騎士の包囲が徐々に狭まりつつあった。
優位な状況だからこそ、心の余裕があるのだろう。
それに、相手は殺す気はないらしい。寡黙な騎士は違うようだが。
一先ず、殺気全開の寡黙な騎士を黙らせるか。
影魔法を使おうとするが、一人の男が飛び出してきたことで動きが思わず止まる。
「おいおい、中々面白い事になっているじゃないか!」
武男だ。
鎧に槍。兜は着けておらず、戦士という言葉を体現したような男。
騎士の前で守るように、壁になるように、道を阻む。
よく知っている男だ。最近はこちらの理由で会うことはなかった。
しかし、それまで一緒に戦ってきた。忘れるはずがない。
「ライアン!? どうしてここに?」
「どうしてかって? あれだけ派手に暴れてたら来るに決まってるだろ」
そんなに暴れてたか? いや、最初の水飛沫で知らせたのか。となると、他の騎士が来るのも時間の問題か。
「ライアン、頼みがある」
「大体は分かるさ。言いたいことはあるが、まずはここを抜けてからだ!!」
ライアンが寡黙な騎士に襲い掛かる。カインと違って躊躇しない槍の連撃に、寡黙な騎士は防戦一方となる。
そもそも、暗殺者であるカインが騎士と正面から戦うだけで不利な状態であり、二対一という状況なら尚の事。
生きていること自体が奇跡だ。
ライアンが寡黙な騎士を足止めしてくれている。
おかげでこちらも男装の騎士に集中できる!
殺す気はないが、拘束のために動く。
今まで防衛のために動いてきたカインが、初めて攻勢に出た。
剣を大振りに、頭を狙う。
顔狙いに男装の騎士は思わず防いだ。防ぐのは、分かっていた。
その間に左足を影縛りで拘束、身動きを封じる。
しかし、それだけでは剣や魔法で拘束を解かれる。さらに手を打つ必要があった。
拘束した左足を足場に飛び、回し蹴りを側頭部に叩き込む。
蹴りの衝撃が脳を揺らし、倒れ込んだ男装の騎士は立ち上がろうとするが身体が言う事を聞かない。
時間稼ぎは済ませた。あとは逃げるだけ。
逃げようとするカインに、男装の騎士はぼやける視界で別の場所を見ていた。
「分かってますよ」
一人の男はずっと見ていた。
そもそも、今回の作戦には色々と思うことがある。
一人の暗殺者、最強の暗殺者と謳われた影の王をたった三人で捕獲するなどどれだけの犠牲を払うか。
それを支持したのが大臣で騎士団長じゃないのもおかしい。
大臣に命令権はない。あるのは王と騎士団長ぐらいだ。
騎士団長も渋々という感じだったし、大臣が王を通して圧力をかけたのだおる。
まったく、嫌になる。
騎士達が手分けして探し、貧民街に当たりをつけ、金を払って情報を得てようやく見つけた。
暗殺者風情、正面からの戦いで二人の騎士がいれば十分。
しかし、さらに安全のためにもう一人。別の所に置く。
それが俺、という訳だ。
まあ、安全な所から戦えるのだから文句は言うまい。
矢を番え、狙いを定める。
風の魔法で逃げても追いかける。逃がしはしない。
当たれば毒で身動きを封じ、捕獲。作戦に失敗はしない。
そもそも、影の王は殺す気が皆無なのに二人で戦ってまだ生きているほうがおかしい。
どうして早期決着をつけないのか。
まあ、愚痴はいい。長ったらしく言うのは悪い癖だ。
さあ、仕事をしよう。
風の魔法を発動し、矢を──。
「矢を射ったら、斬るよ?」
背筋が凍った。
ここは建物の屋上で、人が近づけば気づく。
なのに今まで人の気配を感じず、矢を射ろうとしたら気配を露にした。
おばけがいるの今なら信じることができるだろう。
ギギギッと壊れた機械のように首を動かし、声のしたほうに動かす。
そこにいるのは剣を帯刀している赤毛の少女。
ただの少女ではない。彼女は冒険者の中でも一握りしか存在しないAランクの冒険者、フォーリン。
離れているならまだしも、この近距離まで近づかれてはどうしようもできない。
それでも、斬るかという選択肢が脳を過る。
「剣や短剣を握るような素振りを見せたら、斬るよ?」
思考も読まれている。これはもうどうしようもできない。
「分かった、降参だ」
手を挙げて、戦う素振りがないことを示す。
「そう……」
それが分かるや、フォーリンは戦場の方に意識を向ける。
彼女の中には既に狙撃手の騎士の存在は頭にない。
ただ、もし動けば容赦なく斬る。既に告知して、それで動くのだから斬られる覚悟があるということだ。
戦場は今、寡黙の騎士と戦っているライアン。そして、逃げようとするカイン。
そんなカインを男装の騎士が魔法で、なんとか時間を稼いでいる。
そんな騎士が時折、こちらに目線を向けている。
もしかしたら、援護を期待しているのかもしれない。いや、そうだろう。
残念、私がもう掌握しちゃいました。
そもそも、ライアンと別行動したのも誰かが狙っているかも? という小さな疑問が出たから。
明確な理由もなく、その場の思い付き。
案の定いた。
これでカインは逃げれるはず。
ただ、少し心残りなのはライアンが別れの言葉を告げずにカインと離れる事。
出会いと別れは紙一重。それでも別れの言葉はあっていいはず。
心残りになってしまう。
しかし、ライアンは言葉を告げないことを選択した。
そのことを私は言わない。ライアンが選択したことだ。
この思いを胸にそっと仕舞うだけ。
戦いが終わるのを見ていると、一人の良く知る男が走って戦場に近づいているのが見えた。
「あれは……」
嫌な予感がした。いつも怒られるような、そんな気がした。
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