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3話 逃走

 追ってくる気配はない。よし!

 森の中を全力疾走。まずは森を出なくては、そうしなければ話が済まない。

 ここ辺りは慣れた道。自分の庭のように走り、森を抜け出ることができた。

 外は広い。僅かばかりの草原、そして街道。

 まずは街を目指すべきだろう。この辺りで一番近い町はどこだったか。

 仕事の時しか外に出ないし、移動も全て任せていたから町は分からない。

 

 街道を歩いて行けばどうにかなるだろう、という楽観しながら街道を歩いていく。

 日は空高く上り、昼前に影の国から移動したため今頃昼時だろう。

 少し運動したため、お腹が減った。食べ物は何も持ってきていない。

 どうしたものか、と考えていると遠くで馬車の集団が見えた。

 乗せてもらおうと考え、馬車が通るのを待つ。

 

「すみません。次の町まで乗せてもらえませんか?」


「構わないよ。乗りな」


 馬車の御者をしていた若い男は気さくに答えた。

 ご厚意に感謝し、荷台の後ろに乗せてもらう。荷台は雨風を凌ぐために帆が張られており、上と左右にある。

 中は木の箱や樽が詰まっていて、座ることができた。

 さらに、一つだけだがパンまで貰ってしまった。貰ったのには、理由がある。

 

 今、馬車は街道を移動して町に向かっているが、魔物を襲ってくることもあって冒険者に依頼を出して護衛してもらっている最中だ。

 冒険者は、簡単に言えば何でも屋。依頼の内容にあった報酬を出すことで彼らは依頼を受ける。

 その依頼を受けた冒険者なのだが、四人パーティーの内一人が負傷してしまったようで、その代わりをやることにした。

 

 パーティーは両手剣を持つ男の戦士と、槍と大きな盾を持つ女の騎士。シスターが着るような白い服を身に包む女神官に、古き良き魔法使いの恰好をしている少年。

 

 報酬として、移動は馬車に乗る事。そして食事であるパンを一つ貰うという条件付き。

 案外、デメリットしかないように思えるが魔物が出てこなければ戦わなくていいのだ。

 魔物が出ないことを祈るばかりである。

 

「僕の代わりにすみません」


 魔法使いの少年が謝る。

 利き腕である右手を魔物に殴られ、腫れて杖が握れないらしい。

 杖がなければ魔法が使えないらしく、魔法使いは貴重な攻撃役。いなくなった場合の代わりがいないほど。

 

「怪我をしたんだからしょうがない」


 彼も隣に座り、申し訳なさそうな顔をしてペコリと頭を下げて謝っている。

 後衛である彼が負傷したのだ、何かしら理由があるはず。前衛が間抜けなのか、それとも別の要因か。

 

「流石にあの数のゴブリンを捌くのは無理だった。ごめんな、怪我をさせて」


 馬車の周りを同じ速度で歩く戦士が顔の前に右手を伸ばして謝る。

 前衛二人に後衛二人。後衛の一人は回復してくれる。このパーティーで怪我をしたというのなら、それだけ数が多かった、もしくは強い個体がいたのかもしれない。

 それでも、魔法使いの彼が代わりに盾になったのには何か理由があるはずだ。


「ごめんなさい。私がドン臭いせいで」


 馬車のすぐ後ろ、女神官が謝る。

 少年よりもまだ年若い少女で、彼女はもの凄く落ち込みながらも謝る。その周りにはどんよりとした空気が彼女一人の周りだけにあり、酷く落ち込んでいるが分かった。

 彼女を守って負傷した、というのがすぐに理解する。

 ただ、彼女は神官。傷を治療するスキルがあるはずだ。何故魔法使いを治療しないのだろうか? 疑問がでてくる。

 

「すみません。私がまだ未熟なばかりに魔法がもう使えなくなってしまって……」


 魔法が何度も使えるほど、魔力が多くないようだ。

 魔力を多くするには何度も魔法を使うのが一番だ。運動と一緒。体力を増やすためには身体を動かさなければならない。

 ただ、それを考えても魔法使いや神官というのは貴重だ。未熟だと分かっていても、強くなってもらうためにそこら辺を考慮したのだろう。

 どんよりとした空気で謝る女神官に、魔法使いは顔を赤くしながらあわあわさして手を激しく動かしている。

 

「うんうん、大丈夫。気にしてないよ。そもそも僕がちゃんと守り切れば良かったんだし」


 慌てるようにフォローするのを見て、そこまで慌てなくていいだろうにという言葉が浮かんで気づく。

 ああ、そうか。彼、好きなんだ。あの子の事。

 そう思えるとなんだか親が子を見るような温かい気持ちになる。

 

 戦士の方に顔を向けると、こちらの考えに気づいたのか頷く。

 やはり、そうらしい。

 彼は気づいていないと思っているようだが、ばれている。

 二人が何やら謝り合戦しているのを見て、和む。ペコペコ、二人は謝っている状況だ。

 

 何というか、今ここがのどかで平和な世界だと錯覚してしまう。

 そう、どこか平和な世界だと思ってしまっていた。自分が一番分かっているのに、ここは弱者は死ぬ世界だと。

 

 何かが頭上を通り、影が覆ってすぐに通り過ぎていく。

 影? こんな場所で影が通り過ぎる、そんな出来事あるわけがない。

 危機感知能力が全力で騒ぎ、馬車から急いで降りて、周りを確認する。

 魔物は何もいない。気のせいか? と思った時にそれは近くにいた。

 バサッバサッ、と翼をはためかせる音。

 それは背後から聞こえた。

 振り向くと、そこにいるのはワイバーンである。

 

 腕のない小さなドラゴン。腕がなく、代わりにあるのは大きな翼。

 青白い見た目で身体は小さく、人一人分かその一・五くらいの大きさ。

 見た目だけでいえば強そうには見えない。

 それでも竜種であることは間違いない。このメンバーで勝てるか分からなかった。

 

 ワイバーンの出現で、皆が緊張しているのが分かる。

 護衛の冒険者達は足が止まり、商人は暴れる馬を落ち着かせる始末。逃げ出せるだろうか、まずは馬を落ち着かせないといけない。

 そのための時間も稼ぐ必要がある。

 今は先頭にいる女騎士が注意を引いてくれるおかげで、互いに距離を保ったままだ。

 

 いつ牽制が始まるか分からない。やるなら、早めがいい。

 

「一つ聞くが、冒険者のランクはどれくらいだ?」


「ガキども二人が成り立て。俺とあいつはDランク上位だ」


 戦士が教えてくれる。あいつ、とは今ワイバーンの気を引いている女騎士だろう。

 Dランクは冒険者の中でも一番下だ。対して、ワイバーンは記憶が間違っていなければBランクだったような気がする。

 彼らで足止め、は期待できない。こちらでやるしかない。

 

 先手必勝。まずは先にこちらが仕掛ける。

 

「身動きを封じる。拘束するから攻撃を頼む!」


 走って近づき、射程内に入った。

 発動するのは隠密魔法ではなく、もう一つ使える魔法。

 影を操る影魔法だ。

 

「影縛り」


 自分の影から帯のような物が伸びてワイバーンに襲い掛かる。

 迫る影にワイバーンは咄嗟に離れようと、空高く飛び上がるが反応が遅い。

 翼、身体が、陰でグルグル巻きに拘束されて地べたに叩き落される。

 

「今の内だ。攻撃して」


 身動きを封じているなら、安全に攻撃できる。

 戦士と女騎士が武器を、剣や槍を手に襲い掛かった。

 斬りつけ、叩き、突き刺す。

 しかし、鱗が予想以上に頑丈すぎて傷一つ付かない。

 それはしょうがないと思う。

 

 ワイバーンの強さはBランク。比べて彼らのランクはD。

 たった二つの差だが、それだけの差ともいえる。

 彼らが悪いのではない。武器が悪いのだ。

 武器がワイバーンの鱗を貫通できるほどの切れ味をもってない。

 それに尽きる。

 

 このまま時間を与えれば、影縛りが解けてワイバーンが動き出す。

 現に、ワイバーンはもがいている。このままいけば、前で戦っている二人が怪我をしてしまう。

 短い付き合いではあるが、見知った人間が怪我するのを黙って見ているほど人を捨てたわけではない。

 

「二人共、下がってッ!!」


 戦士と女騎士を下がらせる。二人は指示を聞いて、すぐに下がっていく。傷つかないのを見て、判断を聞いたのだと思う。普通だったら、もう少し功を焦って遅れる。

 判断は素早く、僅かな時間で勝機を逃す。

 さあ、仕事を始めよう。

 心のスイッチをカチッ! と押す。

 

 ああ、頭がスッキリする。

 これならやれる。

 影縛りを解く。それと同時に、左手で内から外に右手首に近い腕を叩く。

 そこにあるのは、対となる腕輪だ。

 影縛りが消え、ワイバーンは即座に飛び上がろうとする。

 ワイバーンが強い理由は制空権にある。

 

 自由である空。何人も支配することのできない空。

 そして、一方的な暴力で押しつぶすことができる空。

 人間は空を飛べるわけではない。だからこそ、空を飛ぶワイバーンは強い。

 その利点を生かし、空を飛びたとうとするがあまりにも遅い。

 

 疾走する。弧を描くように。

 武器は持たず、あるのは腕輪。

 右腕の腕輪から、外に向かって反りのある魔法刃を展開している。

 

 ワイバーンがこちらを見て近づいているのに気づく。

 反応して対応しようとするが、それはあまりにも遅い。

 回転するように、ワイバーンの首目掛けて飛び込む。

 すれ違うように、右腕の刃をワイバーンの首に当ててそのまま通り過ぎていく。

 

 斬れる感触も、抵抗感も、何一つなかった。

 地面に着地し、そのまま身体が衝撃を殺しきれずに地面を擦りつけながら進むがすぐに止まる。

 振り向くと、首の失ったワイバーンがそこにいた。

 

 終わったか。

 感動も、悲壮も、安堵も、何一つない。

 ただやるべきことを当然の事をやっただけ。

 そこにあるのはごく一般的な仕事と一緒である。

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